第159話 別の名前
リーフちゃんの唄を作ったときの私は、ウキウキな気分だったのを覚えてるよ。
ソラリス母さんとイージス父さんが家を空けて、寂しかったから作ったんだよね。
唄えば唄うほど森からどんどん友達がやってくる。
そして、やって来たリーフちゃん達が私の唄に合わせて踊ってくれるんだよ?
そんなの、楽しすぎて止まらないよね?
夢中になった私は、ソラリス母さんからお願いされてた部屋の掃除をほったらかしちゃったんだっけ。
おまけに、家じゅう枝だとか葉っぱだらけになって、叱られた記憶が……。
今となっては良い思い出なのです。
そんなリーフちゃんの唄ですが、今は遠慮することなく唄って良いはずだよね?
だってここは、私達の家じゃなくて、謂わばリーフちゃんのお家なんだもん。
ん?
友達のお家で大暴れなんて、やっちゃダメかな?
まぁ、そこらへんに落ち葉は沢山あるんだから、別に良いはずだよ。
「なんだ? 木の葉を操ってるのか?」
私達が唄い始めてすぐに、デシレさんは異変に気が付いたみたいだね。
霧の中を舞い踊りながら集まり始めた木の葉たち。
はじめましてのはずだけど、どの森のリーフちゃんも唄が好きなんだね。
ってことはエントさんも出て来てくれるんだろうけど、今はやめておいた方が良いかな。
水の鞭で真っ二つにされちゃったりしたら、かわいそうだもんね。
「このようなもので、私がやられるとでも思っているのですか?」
「今のデシレさん相手なら、この子が一番向いてるんだよ」
「くっ」
デシレさんもそろそろ気づいたみたいだね。
水の鞭の攻撃じゃ、群れて飛び回る木の葉にほとんど効き目がないってこと。
そんな感じで私がデシレさんの気を引いてるうちに、ベルザークさんは一旦退いてくれたみたいだし。
ハナちゃんも、唄いながら地面に手を当てて準備を進めてくれてます。
よしっ。それじゃああとは、もう一押しするだけかな。
「ねぇデシレさん。この唄の名前知ってるかな?」
私は唄をハナちゃんに任せて、そんな質問を投げかけました。
まぁ、デシレさんが答えを知ってるわけ無いんだけどね?
当然、彼は返事なんてしません。
自身を覆い尽くさんばかりに舞い踊ってるリーフちゃんを、無数の鞭で弾き落とすのに必死みたいだね。
「この唄はね、リーフちゃんの唄って言うんだよ」
「バカげた名前ですねっ!!」
「失礼だなぁ! 昔の私に謝ってよねっ!」
たしかに、センスがある名前とは思ってないけどさっ!
他人に言われたら、腹が立っちゃうよ。
あ、ほら、リーフちゃんもバカげたなんて言われたから、ちょっと怒っちゃったんじゃない?
木の葉の勢いが強くなったよ。
うん決めた。
センスがない名前って思ってることは、伏せておこう。
もはや外からデシレさんを視認できないくらいに、彼は葉っぱに覆われちゃったよ。
でも、まだリーフちゃんを撃ち落とすことは諦めてないみたいだね。
葉っぱの塊を貫くように、水の鞭が振り回されてるのです。
「よっぽど嫌われたみたいだねぇ。気を付けた方が良いよ、デシレさん」
聞こえてるかどうかはわかんないけど、一応忠告はしておいてあげましょう。
「リーフちゃんは、かくれんぼが得意なんだからね」
私がそう言った直後、木の葉の塊の中からデシレさんが持ってたはずの鞭の柄が飛び出してきました。
どうやら忠告は聞こえてなかったみたいです。
「どうなっている! お、お前は誰だ!?」
聞こえて来る彼の声からは、驚きが聞き取れるね。
「何が起きているのですか?」
そう言いながら歩み寄って来たベルザークさん。
詳細を説明してあげたいところだけど、その前にやってもらうことがあるかな。
「ベルザークさん、その話の前に出番が来そうだから、準備してね」
「はい! 分かりました!」
「ハナちゃんも、準備できたよね?」
「うん!」
まるで、ハナちゃんのその返事を聞いていたかのように、デシレさんを覆ってた無数の木の葉たちが一斉に散らばります。
一瞬、呆けるデシレさん。
一気に開けた視界の中に転がってる鞭の柄を見つけたらしい彼が、駆け出そうとしたその時。
ずっと準備してたハナちゃんが、大量の泥で彼の足を豪快に鷲掴んだのです。
「んなっ!?」
デシレさんの反応から察するに、ハナちゃんがこの周辺の地面に魂宿りの術をし続けてることに気付いてなかったみたいだね。
まぁ、葉っぱの塊で視界を遮断されてたから、気付きようも無かったと思うけどね。
もはや身動きの取れないデシレさんが、私を睨み付けて来るよ。
「ベルザークさん、もしかしたら鞭を持ってなくても攻撃する手段を持ってるかもしれないから、気を付けてね」
「分かりました」
デシレさんは解放者対策をしてるみたいだから、あんまり近づかない方が良いよね。
きっと、強引に私に触れようと暴れて、隙を作ろうとしたり、何か企んでる気がするのです。
そういうのはきっと、ベルザークさんには効かないからね。
彼に任せることにしましょう。
私の思惑通り、手際よくデシレさんの意識を刈り取ってくれたベルザークさん。
このまま意識を失ったデシレさんをネリネの一室に連れて上がろう。
そんなことを考えてたら、ハナちゃんが両手の泥を払い落としながら近づいてきました。
「ねぇリッタ、さっきのは何だったの?」
「リーフちゃんの唄のこと?」
「うん。前に見たのと、なんか違かった気がするよ」
「ふふふ。そりゃそうだよ。だって今日は、部屋を汚さないようにってお願いする必要が無かったんだからね」
「どういうこと?」
そのまんまの意味なんだけどさ。
まぁ、伝わんないか。
「前に、リーフちゃんの唄を初めてうたった時に、ソラリス母さんから怒られたって話はしたっけ?」
「聞いたよ」
「それじゃあ、その時にリーフちゃんの正体を知ったことも言ったっけ?」
「正体? しらない!」
言ってなかったっぽいね。
まぁ、私の中でリーフちゃんはリーフちゃんだったからなぁ。
あとから、別の名前があるなんて言われても、呼び名を変えるのは難しいよね。
当時のハナちゃんは、解放者でもなかったし。
「リーフちゃんはね、森の妖精って名前があるんだよ。母さん曰く、悪戯好きで楽しいものが好きでずる賢いけど、ちょっぴり優しい子なんだって。だから、ハナちゃんも仲良くしてあげてね」
そう言ってハナちゃんの肩を指さすと、ハナちゃんはようやく肩にちょこんと座ってる森の妖精に気が付いたみたい。
薄く透明な羽を持った小さな妖精。
この森の子は、人に近い姿になるみたい。
その身体は、沢山の葉っぱが折り重なって作られてる。
「いつの間に!?」
驚いてるハナちゃんの様子が可笑しかったのか、声を出さずにケラケラ笑う森の妖精。
「よろしくね」
ハナちゃんにそう言われて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて姿を消した森の妖精。
どっかに行ったみたいだし、これだけは伝えておかなくちゃだ。
そう思った私は、ハナちゃんに耳打ちをしました。
「気を付けてね。私が怒られた時、一緒に騒いでた子達は私を置いて逃げてっちゃったんだからね」
それを聞いたハナちゃんは、深々と頷いてデシレさんに視線を移した後、こう言ったのでした。
「うん……気を付ける」
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