第157話 価値ある化け物
乗り越え方?
後悔しない選択?
この化け物は、どうしてそんな話をしてるんだ?
俺がコイツに対してこんな疑問を抱いたのは、今回が初めてじゃねぇ。
初めに会った時からそうだった。
死神リグレッタは、正真正銘の化け物のくせして、人間を演じてやがるんだ。
まるで、自分は無害ですよとでも言うように。
それが俺の抱いてる疑問と違和感の正体。
どれだけ甘ったれた表情を浮かべても。
どれだけ優しい手つきだったとしても。
どれだけ理性的なことを言ったとしても。
こいつは、間違いなく死神だ。
それはリグレッタ本人も、それ以外の有象無象も、必ず認める事実だろ?
それなのになぜ、こいつは人間を演じてる?
なぜ、演じる必要がある?
そんなことをして、何の意味がある?
死神リグレッタに逆らうことが出来る者は、この世界に存在しない。
文字通り、存在しねぇんだよ。
自分の命が大事であればあるほど、成り立つってワケだ。
生憎にも、この世界は大事な命で溢れかえってるからなぁ。
裏を返せば、この世界はコイツの天下ってわけだ。
やりたいことはなんだってできる。
どんな方法だって、やりたい放題だ。
簡単だよなぁ?
そのはずなんだ。
なのに、コイツはそんな選択肢は端から持っていませんってツラで言いやがったんだ。
『しっかりと受け止めて対処できるだけの実力をつける』
なんだそれ?
そんなことしなくても、なんでもできるだろ?
あのバカげた宣言でさえ、こいつなら簡単に成し遂げることが出来るはずだ。
命を奪う。
その権利を許可なく行使した者を、コイツ自身が片っ端から消していけば良い。
俺でも思いつくような簡単なこと。なぜやらない?
今もこうして、池に迷い込んでたプルウェア聖教軍の兵を、助けようとしてる。
弱肉強食の世界において、罠にかかって息絶える弱者など、助ける必要ないだろ?
まさか、弱肉強食の世界すらも、否定するつもりなのか?
「気に喰わねぇ」
「キルストン? どうかしたのですか?」
「あのガキが気に喰わねぇって言ってんだよ」
俺の言葉に、大きく頷いて見せるシルビア。
この女は、恐らく俺の考えを理解しているだろう。
そう思う根拠なんかいらねぇ。
何故って?
コイツの目が、それを物語ってるからさ。
この女と初めて会った時も、同じ目をしてた。
薄汚れた暗がりを見るために、曇った目。
そんな瞳でリグレッタを眺めていたシルビアが、小さく呟く。
「化け物のくせに……」
そうだよな?
わかるぜ。
紛うことなき化け物が、人間のマネをするなんて、ふざけてるよな。
ナメ腐ってんだ。
本気を出せば、何でもできるくせに。
わざわざ縛りをかけてやがる。
これが持ちし者の苦悩ってやつなんだろうなぁ。
ムカつくぜ。
でも、そんなムカつく奴だろうがなんだろうが、利用できるものはなんだって利用する。
少なくとも、この化け物はプルウェアや邪教よりも価値のある化け物だってことに間違いはない。
これでようやく、あのクソみたいな国の言いなりから解放されるワケだ。
あとは、利用するだけ利用して、トンズラをこけばいい。
もしかしたら、堂々と逃げ出しても追われたり縛りつけられたりはしない可能性だってある。
チョロイぜ。
「とりあえず、この池にいた人は全員かな? ハナちゃん! 他に何か見える?」
「えっとねぇ~、あっちとあっちにも居るよ! ん? あっ! リッタ! 2匹の蜃がこっちに向かって走って来てる!!」
「2匹!?」
そう叫んだリグレッタが、こっちに視線を飛ばしてきやがった。
なんだよ。
俺達に頼る必要なんてないだろ?
「蜃って2匹で襲ってきたりするの!?」
「そんなこと、知りませんわ」
「そっか。ホリー君はどう思う?」
「そうですね。もしかしたら、番なのかも?」
「それじゃあ、なるべく穏便に済ませてあげたいよね。ハナちゃん、できそう?」
「わかんない!」
「じゃあ、私が左の子をひっくりかえすから、右の子をお願いね!」
「わかった!」
「よ~し! それじゃあタイミングを合わせて……って、あれぇ?」
「ん、2匹とも、どっか行っちゃったね」
リグレッタの殺気に気付いた蜃達が、慌てて逃げ出したんだろ。
そう考えた俺は、直後、全身に嫌な鳥肌が立ったのを感じた。
原因は明確。
霧の森に似つかわしくない、乾いた破裂音が響き渡ったからだ。
「おやおや、逃げ出した軟弱者どもを駆逐しようと彷徨っていたら、まさか既にこのような場所まで来ているとは。予想外でしたね」
「この声は、デシレさん!?」
蜃よりも厄介な奴に出くわしちまったか。
だから言ったんだ。
面倒なことになるってな。
これもすべて、余計なこだわりを捨てきれず、ナメてかかったのが原因だ。
「マズいですわね」
「なに焦ってるっスか? あのデシレとか言う奴は、一度リグレッタに惨敗してるっスよ?」
赤バンダナの男が、少し得意げな表情で声を掛けてくる。
コイツは、なんでそんな得意げなんだ?
べつに、お前が勝ったわけでもなんでもないだろ?
まぁ、見た目の通り調子の良さそうなアホ面だからな、現実を理解できてねぇんだろ。
「デシレさん! もしかして道に迷ってるの? あれだったら、森の外まで乗せて行ってあげようか?」
「ちょ!? リグレッタ! どうしてそうなるんスか!!」
……本気で呆れるぜ。
現実を見れてないのは、このアホ面だけじゃないらしい。
でもまぁ、コイツはこれでこそ、本物の化け物なんだと最近理解してきた。
少し癪ではあるが、たしかに、リグレッタならあの野郎に目にもの見せることが出来るだろう。
変なこだわりに囚われたりしなければ、より確実にな。
「いちいち癪に障るガキだ……だがまぁそれで良い。こう見えて私は、隙を突くのが得意なのでね」
テラスの遥か下から聞こえて来るそんな声が、消えた瞬間。
鋭い突起物が複数、テラスの板を突き破ってきた。
無差別な攻撃。
そんな攻撃の内の1本が、リグレッタの太ももを貫いている。
「いっ」
「これで終わりではありませんよっ!!」
ヤツめ、畳みかけてくる気だな。
でも、ここはリグレッタに任せる方が良い。
化け物の相手は、化け物にやってもらうべきだろ?
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