第156話 大きな壁
蜃を撃退する術を見出した私達は、少しずつ森を進むことにしました。
周辺を警戒しながら飛び回るハナちゃんと、水誘器で進路を決定する私達。
良い役割分担だよね。
ハナちゃんにとっても、風を操る練習になるのです。
ところで、こんな危険な森の中をプルウェア聖教軍がどうやって超えてるのか、ちょっと気になるよね?
私が気にするってことは、当然、ホリー君も気になってるのです。
「プルウェア聖教軍は常にプルウェアの涙を持ち歩いているのです。それを持っていれば、蜃に襲われることはありません」
「プルウェアの涙?」
神様の涙を持ち歩いてるんだ。
なんか申し訳ないけど、趣味が悪いような気がするよ。
ベルザークさんも、同じようなことをしそうだよね……。
って、なんでこっち見てるの?
お願いされても、涙を渡したりしないからね!
「どうせ持ち歩くなら、私だったら笑ってるハナちゃんの似顔絵とかにするのになぁ」
「たしかに、体液を持ち歩くって、ちょっと気色悪いっスね」
「体液……言いたいことは分からんでもないが、さすがに言い方が悪いと思うぞカッツ」
カルミアさんの言葉に肩を竦めて見せるカッツさん。
反省とかは全然してなさそうだね。
「森の中の魔物がリグレッタを恐れるのと同じ感じなのかな。それとも、もっと別の理由があるのか? いまある情報じゃ分かんないか」
ホリー君の好奇心が刺激されたところで、私達はもう一度水誘器を使うことにしました。
そんな感じで、コツコツと進むこと数時間。
全身ビチャビチャになったハナちゃんが、前方を指さしながら降りて来たのです。
「リッタ! あっちの方に人がいるみたいだよ!」
「人?」
どれどれ、とハナちゃんが指さす方を見てみると、確かに何人かの魂が見えるね。
でも、あっちの方ってたしか……。
「あっちは池がある方角だね」
「で、どうするの? リグレッタ」
「うーん。池の周りにいるってことは、迷っちゃった人がいるってことだよね?」
「そうっスね。さっきの俺達と同じと考えるのが妥当っス」
そうと分かれば、助けに行った方が良いかな?
こんなところで何をしてたのかも気になるし。
そう思って、すぐに迷ってる人の方にサラマンダーを向かわせようとしたところで、キルストンさんが口を開きました。
「おい、まさか迷ってる奴らを探しに行くんじゃねぇだろうなぁ」
「そのつもりだよ?」
「バカかよ。そんなことをして、お前に何の得があるってんだ?」
「得? それはまぁ、会ってお話が出来たら、何か知らない話を聞けるかもしれないじゃん」
呆れたようにため息を吐いたキルストンさんは、手すりに寄りかかってた身体を起こして、一歩前に出ました。
すぐに、それ以上前に出るなと割って入ってきたベルザークさんを押しのけながら、告げるのです。
「だったら良いことを教えてやろう。軍のヤツらは今頃、散り散りになってそのあたりを逃げ回ってるか、蜃の餌食になってるところだぜ」
「散り散りに!? どうしてそんなことになってるの?」
そんな疑問に、今度はシルビアさんが答えてくれます。
「言ったでしょう? アタシ達がここに来た理由。あっちよりもこっちの方が安全だと。それは蜃への対処だけじゃなく、護神派と革神派のイザコザも含まれているのです」
「待て……つまりあの邪教に惑わされていた者達が、リグレッタ様の教えに目覚めようとしているというコトか!?」
ベルザークさんが目をキラキラさせながら言ってる。
もう、勘弁してよね。
そんな崇められても困るんだけどなぁ。
ハナちゃんも祝福の儀を思い出したのか、ちょっとうんざりしたような顔をしてる。
「テメェらもアイツらも、ただの馬鹿だってことだ。そんな馬鹿どもを探しに寄り道するなんざ時間の無駄だぜ。悪いことは言わねぇ。面倒を避けたいならこのまま進め」
「癪ではありますが、この男の言うことも尤もですリグレッタ様」
珍しいこともあるもんだね。
ベルザークさんとキルストンさんの意見が合うなんて。
でも、だからこそかな?
なんかちょっと引っ掛かっちゃうんだよね。
「ベルザークさんも、キルストンさんも。ありがとね。二人とも、私が困ったりしないように提案してくれてるんでしょ?」
「そのようなことは……」
「はぁ?」
「でも、私はもう気になっちゃってるんだよね」
「分からなかったのか? ここでまっすぐ行かなけりゃ、確実に面倒なことに巻き込まれるって言ってんだよ」
キルストンさんの言いたいことは分かるよ。
きっと、ベルザークさんも同じことを考えてるんだと思う。
でも、やっぱり譲れないかな。
最近思うんだよね。
どうして父さんや母さんが、私に色んなことを教えてくれたのか。
ずっと教わる側だったけど、ハナちゃんに色々と教えるようになって、分かったのです。
出来ることを増やしていく。
それはきっと、面倒ごとを避けれるようになるために教えてるんじゃないんだよね。
教わったこと、知ったこと、そして出来るようになったこと。
そういったものを駆使して、私は乗り越えなくちゃいけない。
そういう意味で、不死の宣言は、私に突き付けられた大きな壁なんです。
まぁ、自分で自分に突き付けたようなものだけどね。
「キルストンさん、知ってるかな? 後悔しない選択って、面倒ごとを避ける選択のことじゃないんだよ?」
「……何の話だ?」
「乗り越え方の話かな」
こんな深い霧の中で言うのも変な話だけど、少しずつ、答えが見えてきた気がしてるんだよね。
私が持ち帰らなくちゃいけない答。
それはきっと、綺麗に整えられたものじゃないんだよ。
「面倒ごととか危ないこと、そんなことが起きた時に、しっかりと受け止めて対処できるだけの実力をつける。そのための、連なる選択のことを、後悔しない選択って呼ぶんじゃないかな」
「何の話?」
「俺が知るワケねぇだろ」
シルビアさんとキルストンさんが小さく呟く中、他の皆は黙り込んでます。
空気が沈んじゃったかな?
気を取り直さなくちゃだね!
「そういうワケで! ハナちゃん! もう少し頑張れるかな?」
「うん! 任せて!」
「我々も、しっかり見張りに戻りましょう」
「そうっスね」
「……なんなんだよ、テメェら」
「急ですわね」
困惑してる二人を置いてくように、ネリネが動き出す。
目指すは蜃の罠。
ネリネが出て来たら、池の傍にいる人たちはビックリしちゃうかな?
そんな顔を見るのも、面白いかもしれないよね。
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