第155話 改良の余地あり
蜃がこの森に霧をまき散らしてるのは、狩りを有利に進める為なんだって。
視界を遮るって意味もあるんだろうけど、獲物が道に迷って衰弱するのを待つことの方が多いらしいよ。
ということは、その大きな見た目に反して戦いは苦手なんじゃないの?
なんて思ったワケだけど、どうも違うみたい。
何が違うかって?
私達は獲物じゃなくて、縄張りを荒らす同族に見えてるらしいのです。
「リッタ! また撃ってくるよ!!」
「サラマンダー! 右に!!」
「うおぉぉ!! ギリギリだったっスよ!! もう少しでテラスを掠めてたっス!」
マズいねぇ。
あんまり激しく動くと、家の中に避難してる皆が怪我しちゃうよ!
とはいえ、サラマンダーに攻撃させるのはリスキーなのです。
なぜなら、蜃は遠距離攻撃もできるみたいだからね。
地面を抉ってしまうくらいの勢いで放たれる水流をまともに受けたら、ネリネがボロボロになっちゃうよ。
それだけは避けなくちゃ。
とはいえ、全く手段が無いワケでもありません。
「ハナちゃん! 準備は良い?」
「良いよ!」
森の中をガムシャラに走るネリネの上、ハナちゃん号に乗り込んでるハナちゃんが元気よく返事をくれました。
それじゃあ、ハナちゃんにとって初めての迎撃戦を始めましょう。
「良い? 今回は風を操る事を意識してね!」
「わかった! 蜃をひっくり返せばいいんだよね?」
「そーいうこと! それじゃあ、頼んだよ!」
私が言うと同時に、ハナちゃんはテラスから飛び立ちました。
うん、やっぱり予想した通り、蜃はハナちゃん号には目もくれずに、ネリネを追いかけて来るね。
これなら、ハナちゃんが狙われたりすることなく、実戦経験を積んでもらうことが出来るのです。
こんな良い機会、中々ないからね。
皆にはちょっとの間我慢してもらいましょう。
「よし! ハナちゃんが蜃の背後に回ったようです!」
「報告ありがとう! ベルザークさん! それじゃあみんな、振動で弾き飛ばされないように、今一度シーツをしっかりと腰に巻き付けてよね!」
「左へ避けてください! もう一発きます!!」
「ひだりっ!!」
蜃の攻撃を監視してくれてるカッツさんとベルザークさんが、しっかりとシーツを巻いてるか確認する暇も無く、サラマンダーに指示を出します!
それにしてもしつこいね!
元々いた池は、もう霧の先に消えちゃってるよ。
まぁ、このまま逃げてたらまたあの池に辿り着く可能性はあるんだけどね。
「もう一発、準備してるっスよ!!」
「どっちに避ければ良い!?」
「右に避けてください!」
「りょーかい!! みぎぃ!!」
ごめんねサラマンダー!
でも、もう少しのはずだから!
もうちょっと頑張って!
サラマンダーは疲れたりしないはずだから大丈夫だとは思うけど、やっぱりぬかるんでる森の中を走るのは大変そうだよね。
これが終わったら、ハナちゃんと一緒に目一杯褒めてあげなくちゃ。
きっと、ご褒美も準備した方が良いかな?
そんなことを考えてた私は、前方から頬を撫でつける柔らかな風を感じ取りました。
「お! 掴んで来たみたいだね!」
「次は左に避けるっス」
「いえ! これはきっと」
ベルザークさんの声が聞こえた直後、ボフッっていう大きな音と共に、細かな水飛沫が頭上から降り注いできました。
「惜しい!! でも、良い感じっスよ!!」
「リグレッタ様! ハナちゃんが蜃の左半身を大きく打ち上げました!」
「でも、ひっくり返らなかったの?」
「はい。奴は器用なことに、放った水流の反動を使って体勢を整えたようです」
ホントに器用なことをするよね。
でもまぁ、これくらいじゃないとハナちゃんの練習にはならないかな?
「もう少しだよハナちゃん!! 頑張って!!」
なるべく大きく叫んだけど、聞こえたかな?
きっと聞こえてるはずだよね。
ハナちゃん、すごく耳が良いし。
そんな感じで続けて4発ほど、蜃の攻撃を避けた私達は、ついに背後からの轟音を耳にしたのです。
それは、ハナちゃんの放った暴風と、蜃がひっくり返った音が混じった音でした。
その証拠に、沢山の足をワシャワシャと動かしてる蜃が、ネリネの背後に転がってたのです。
「やった!! やったよリッタ!」
「さすがハナちゃんだね! 風の扱いにも慣れてきたかな?」
「うん! ちょっとずつ分かって来た!」
満面の笑みで嬉しそうなハナちゃん。
そんな彼女を見てるだけで、私まで嬉しくなってきちゃうねぇ。
「へへへっ。ざまあみろっス」
「リグレッタ様とハナちゃんが居れば、敵地とはいえ我々に怖いものは無いようですね」
なぜか得意げなカッツさんとベルザークさんにねぎらいの言葉を掛けた私は、取り敢えず、皆にもう終わったことを伝えてもらうことにしたよ。
ひっくり返った蜃は、ハナちゃんが風で抑えてくれてるからね。
そして少し待った後に、皆がテラスに出てきました。
なんか、ほぼ全員がフラついてるように見えるのは気のせいかな?
「ひ、酷い目に合いましたわ」
「……ボク、なんか気分が悪いよ」
「ホルバートン様。ご気分が優れないのであれば……うぷっ」
「大丈夫? 兄さん、それに、カルミアも」
な、なんか……みんな、ゴメンね。
やっぱりやめておけば良かったかな?
確かに、結構揺れたもんね。
平気そうなのは、ハリエットちゃんとキルストンさんくらいだよ。
「ごめんね、私が遅かったから」
「き、気にすんなって。オレなら平気だからさ」
そう気丈に振舞うフレイ君。
その瞬間、サラマンダーが小さく身じろぎをしたらしく、ネリネが大きく揺れました。
途端、彼の顔が一気に真っ青になって行きます。
「リッタ! たいへん!!」
「ベルザークさん!! フレイ君をお風呂場に連れてってあげて!!」
「分かりました!!」
即座に動いてくれるベルザークさん。
でも、彼を担ぎ上げるのはダメなんじゃないかな?
その後、彼ら二人に何があったのか、私は考えないようにしました。
ただ1つの事実を言うとすれば、次に二人を見てた時、どちらも服を着替えてたってことくらいかな。
あれだね、ネリネもまだまだ改良の余地がありそうだね。
揺れを吸収する部屋。
念のために、今後のやることリストに追加しておきましょう。
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