第153話 水誘器
念のためにロープを伸ばしてて良かったよね。
ネリネに接近してるっぽい2つの魂を見た私は、あらかじめ決めてた通りにロープを3回引っ張りました。
これで、皆には危険が迫ってるって伝わったはずです。
それさえ伝われば、私が居なくても対処は可能でしょう。
「せっかく霧の上まで上がったんだけどなぁ~。仕方ないか」
なんて言ってみるけど、正直ありがたいです。
だって寒いんだもん。
すぐにハナちゃん号でネリネのテラスまで降りた私は、聞こえて来た声で誰がやって来たのか知ったのです。
「なんだ、キルストンさんとシルビアさんだったんだね」
「なんだって、失礼ですわね」
挨拶もそこそこに、二人は私を睨みつけてきます。
ベルザークさんや他の皆も警戒してるから、空気がピリピリしてるよぉ。
取り敢えず、ネリネの皆には落ち着くように伝えましょう。
問題は、キルストンさんとシルビアさんだね。
もしかして戦争中のこと、怒ってるのかな?
あの時は邪龍ベルガスクの相手をするために話を途中でほっぽり出しちゃったのです。
「あの時はごめんね。もしかして、話の続きをしに来たのかな? だったら、そっちのキッチンでお茶でも飲みながら」
「そんなことをしに来たわけじゃねぇ」
「そうですわ。アタシ達はもはやプルウェア聖教徒ではありませんもの」
「え? そうなの?」
問い返した私の言葉を否定しない様子から、ホントみたいだね。
そうと分かった途端、ベルザークさんが会話に入って来たのです。
「ほう。つまり邪教を抜けてリグレッタ様の元へその身を捧げに来たというコトですか?」
「ちげぇよ。このクソ坊主が」
もう!
すぐに喧嘩し始めるじゃん。
長い間戦争してたってのもあるんだろうけど、もう少し落ち着いて話せないのかな?
「ちょっとベルザークさん! 話がややこしくなるから、ここは私に任せてよ!」
「……はい」
一応、私の言うことには従ってくれるから良かった。
でも、この二人を一緒にいさせるのは危ないかもだね。
「それで。プルウェア聖教徒じゃない二人は、どうしてここに来たのかな?」
「それは、アタシから説明させてもらうわ」
「おい、シルビア」
「ごめんなさいキルストン。でも、あまり長居するのは避けた方がよいと思うの」
「長居するのは避けた方が良い? それはどういう意味っスか?」
「それはボクも気になりますね」
シルビアさんのおかげでキルストンさんの殺気が退いたからかな、カッツさんやホリー君も話に入って来たよ。
うんうん。これは良い流れだね。
皆で話をした方が、良いと思うのです。
「アタシ達がここに来た理由。それはプルウェア聖教国よりもここの方が安全でアタシ達のためになると判断したからよ」
「安全で、ためになる?」
「えぇ。だって、あなた達はこうしてプルウェア聖教国の領地に入り込んできているもの。それはつまり、あの国を壊しに向かう所なのでしょう?」
国を壊す?
シルビアさんの言ってる国って、プルウェア聖教国のことだよね?
そんなつもりは無いんだけどな。
一応否定しておこう。
そう思った私が口を開くより先に、カッツさんが言いました。
「アンタ達も、あの国が壊れるのを願ってるんスね」
「あんな国。好き好んで住んでんのは、金持ちか偽善者くらいだぜ」
「そういうアンタらは、どっちでもないってコトっスか」
「なんだ、赤バンダナ。俺達がそのどっちかに見えるってのか?」
「いいや、ぜんぜん見えないっスね」
静かにそう言ったカッツさんとキルストンさんは、なにか思う所でもあるのか互いを観察し始めたよ。
「話を戻しますわ。どんな目的かは知りませんが、オーデュ・スルスへ向かうというのならアタシ達も連れて行きなさい」
「オー……なんて?」
「オーデュ・スルス。まさか、目的地の名前さえ知らずにここまで来たのですか?」
「リグレッタ。オーデュ・スルスというのは、プルウェア聖教国の聖都のことだよ」
「そうなんだ」
さすがはホリー君。そんなことまで知ってるんだね。
そっか、聖都オーデュ・スルスかぁ。
そう言えば、ハナちゃんの記憶だとソラリス母さんは聖女って呼ばれてたんだっけ?
ってことはやっぱり、聖都オーデュ・スルスにハナちゃんの言う教会がありそうだよね。
これは1つの、良い手がかりと言えるでしょう!
まぁ、まだまだ分かって無いことの方が多いけどさ。
「つまり、シルビアさんとキルストンさんは、私達と一緒に聖都オーデュ・スルスに行きたいんだね?」
「さっきからそう言ってるじゃねぇか」
ボソッと悪態を吐くキルストンさん。
言われなくても分かってるよ!
一応、確認しただけじゃん!
なんて文句を心の中で叫んでいると、ベルザークさんが言うのです。
「……解せませんね。なぜわざわざ敵対していた我々に着いてくる必要があるのですか?」
「ですからそれは先ほども言ったように、こちらの方が安全と判断したからです」
「本当にそうなのかな?」
そんな疑問を投げかけたのは、意外にもホリー君でした。
いや、意外じゃないかな?
だって今の彼は、好奇心に駆り立てられてるような目をしてるもん。
「先ほどあなた方は、この霧の中を一直線にボクらのいるここに向けて走ってきていました。それはつまり、この霧の森を進む手立て持っているのではないですか?」
「……」
なにか、嫌なものを見せられたかのように眉をひそめたシルビアさん。
でも、ホリー君のしつこい視線に耐えかねたのか、小さくため息を吐いてスカートの中に手を突っ込んだのです。
「なっ!? なにをして」
「仕方がありませんので、手の内を一つ明かして差し上げましょう。これを知れば、あなた方もアタシ達を連れて行かざるを得ないはずですから」
慌てるホリー君を無視して、自身のスカートの中を弄るシルビアさん。
そうして彼女が取り出したのは、掌に乗るくらいのガラス球でした。
「これは水誘器という道具です」
「すいゆうき?」
中に液体が入ってるそれを握りしめた彼女は、こう続けたのです。
「えぇ。これを使うことで、この霧の森の中を迷うことなく進むことが出来るのです」
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