第151話 新しい旅
目の前にある道を、ただ真っ直ぐ進むだけなら、どんな人だって迷うことは無いはずだよね?
でもさ、森の中で道が無くて周りが霧に覆われちゃってたら、迷っちゃうのは仕方が無いと思うのです。
実際、私達は迷ってしまったんだからね。
「カッツ、そっちに何か見えるものはないか?」
「これと言って目印になりそうなものはないっスね。木と霧ばっかりで、気が狂いそうっスよ」
「完全に迷っちゃったわけね」
ネリネのテラスから周囲を見渡してみるけど、やっぱり出口っぽい場所は何も見つけることが出来ません。
困ったなぁ。
もっと慎重に進むべきだったのかもしれないよね。
霧を吸い込むことで眠りに落ちたり、襲撃を受けたりしないか警戒ばかりしてて、単純に迷っちゃうなんて。
情けない限りです。
そんな私達は今、小さな池の畔に居ます。
森の中にあるこの池は、そんなに大きい池ってワケじゃないんだけど、不思議な存在感を放ってるよね。
そのせいかな、さっきから何度も霧を抜けようと出発するんだけど、気が付いたらこの池に帰って来ちゃうのです。
不思議だよね。
まるで、水が低い場所に向かって流れてしまうみたいに、私たちはこの池に引き寄せられてるのかな?
水の補給ができる事だけは、ありがたいんだけどね。
「もう疲れちゃったから、ここらで一旦休憩する?」
「そんな悠長にしてて良いんスか? ここは敵地っスよ?」
「でも、変に歩き回ってバラバラになったり疲れちゃったらもっと危ないよね?」
そんな私の提案に、ホリー君が深々と頷いたよ。
「確かに。ここで一旦休憩をとるのは悪い手じゃないかもしれない」
「本気っスか?」
「うん。みんな、迷ってしまったって状況に慌てて気づきにくいかもしれないけど、この霧は効果的にボクたちの体力を奪ってるみたいだし」
そう言うホリー君は、小刻みに体を震わせています。
よく見たら、ハリエットちゃんとかハナちゃんも寒そうにしてるね。
そりゃそうか。
霧のせいで全身しっとりと濡れてる状態なのに、お日様の光も届かないから、体が冷えちゃってるんだよね。
せめてこの霧だけでも吹き飛ばせれば良かったんだけど。
試してみた結果、それはできないって分かったんだよね。
吹き飛ばしても、次から次に霧が増えて来るだけだったのです。
まるで意思を持ってるみたいだよね。
国を守るために誰かが霧を張ってたりするのかな?
もっと本気で、森ごと根こそぎ吹き飛ばしてしまうくらいの嵐を作りながら進めば、迷わないで済んだかもしれないけどさ。
そこまでするのはさすがにねぇ。
死神以外の新しい名前なんて、付けられたくないよ。
まぁとにかく、この霧の森を抜けるための作戦会議も兼ねて、ここは一旦足を止めましょう。
「それじゃあ、まずはお風呂を沸かそうか。みんな、身体を温めたいよね」
「ありがとうリグレッタ。助かるわ」
「ハリエット様。良いのですか?」
「どういう意味? カルミア」
「いつもは一人で入ると言って、他の者と一緒に入ることを嫌がっていたではありませんか」
そうなんだ。
王城に居た頃のハリエットちゃんって、皆とお風呂に入らなかったんだね。
「いつの話をしてるのよ! 私はもう、そんな我儘を言うような子供じゃないわ!」
「し、失礼しました!」
「確かに、初めの頃から考えると、だいぶ大人になったっスよねぇ」
そういうカッツさんの言葉には、なんか色んな意味が含まれてる気がします。
「カッツ! 貴様、姫様に向かってそのようなことを言うとは!」
「ちょっとカルミア、剣を抜くのは大げさよ!」
「し、しかしハリエット様」
「カッツはああいう奴なんだから、放っておけばいいのよ。そうよね? カッツ」
「ぐ……色んな意味で否定できないっスね」
顔を引きつらせながら冷や汗を流すカッツさん。
まぁ、ここでハリエットちゃんの言葉を否定したら、今にもカルミアさんが切りかかりそうだしね。
「自分の主に諫められるとは、情けない話だなカルミア」
「ぐっ! ベルザーク! 私に言いたい事でもあるのですか?」
「いえいえ、そう言うわけではありませんが。思慮深いハリエット様の従者として、足を引っ張らないように努めた方がよいと思いますよ? そうでなければ、途中で置いて行かれる可能性だってありますので」
「んなっ!」
「どの口がそれを言うんスか。アンタだって、しょっちゅうリグレッタに諫められてるっスよね?」
良く言ったよ、カッツさん。
ホントにその通りだよ。
ベルザークさんったら、すぐに喧嘩腰になることがあるんだから。
でも、置いて行ったりするつもりは無いからね。
だから、心配そうな顔でこっち見ないでよベルザークさん。
それじゃまるで、自覚なかったみたいにみえるからね。
「ふふふ。ベルザーク様ったら、あまりカルミアをからかわないでくださいまし」
「これは失敬。そのようなつもりはありませんので」
「ハリエット様。あの男に甘いのではありませんか?」
「そ、そんなことないわよ!」
「はいはい。ハリーのデレが炸裂したってことで、交代で見張り役をたてながら休憩に入ろう」
「ちょっと、ホリー兄さん!!」
ホリー君の言葉を機に、みんなお風呂に向かって行きました。
テラスに残ったのは、私とハナちゃん。
ハナちゃんは解放者になったばかりで、皆と一緒にお風呂に入るのはまだ避けてるんだよね。
唯一、一緒に入れるのは私だけなのです。
これが役得ってやつかな?
見張りの役目を果たすため周囲を見渡してた私は、ハナちゃんがジーッと霧を見つめてることに気が付きました。
「ハナちゃん? どうかしたの?」
「ん。ううん。何かあったわけじゃないよ。でも……」
そういうハナちゃんの瞳は、ちょっとだけ暗いきがするね。
「もしかして、まだ気にしてるの?」
「……だって、私がちゃんと覚えてたら、迷ったりしてなかったでしょ?」
やっぱり、ハナちゃんは過去にここを通った時のことをあまり覚えてないから、自分を責めてるみたい。
気にしすぎだよね?
だって、数日前とかの話じゃないんだよ?
数百年前のことを正確に覚えてる人なんて、誰も居ないんだから。
「大丈夫だよ。プルウェア聖教軍の人たちもここを抜けてるはずなんだから、ちゃんと道はあるはずだよ」
「うん」
「それに、こうして一緒に迷えるのって、ちょっと楽しくない?」
「え?」
不思議そうな表情で私を振り返るハナちゃん。
「ハナちゃんは母さんと父さんと一緒に旅をしてきたんでしょ? これはその道のりを遡る新しい旅。そう考えると、楽しいよね」
「……うん。うん! 楽しい!」
本音を言えば、ちょっとズルいって思ってました。
ハナちゃんとの旅も、母さんたちとの旅も。
きっとどちらも楽しいはずだから。
だからその楽しさを、ちょっとだけでも良いからお裾分けしてもらいたいのです。
「教会まで、きっと長い道のりなんだよね」
「そーだと思う」
「ってことは、その途中に母さんの魂が転がってる可能性もあるってことだよね」
「うん!」
満面の笑みで頷くハナちゃん。
この旅は、そんなハナちゃんと一緒に拾い集めるための旅なのです。
集めるものは、落としモノか忘れモノか。
どっちだったとしても、良いんだよね。
だってそれは、拾ってからのお楽しみとして取っておきたいんだから。
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