第150話 このまま真っ直ぐ
冬はすっかり明けて、ポカポカ陽気の降り注ぐ春がやってきましたね。
それを示すように、ネリネの至る所にハナちゃんの毛玉が転がるようになってきたよ。
その毛玉を集めて、フカフカなクッションでも作れないかな?
なんて考えてはみるけれど、実行には移しません。
だって、クッションなんか作らなくても、ハナちゃんに抱き着けばいいもんね。
「ちょっとリッタ、くっつきすぎぃ。暑いよぉ」
「えぇー、良いじゃん。尻尾の毛づくろい手伝うからさぁ」
「ホント? じゃあ、ブラシでお願いしていい?」
「うん! 任せてよね!」
ハナちゃん公認で、尻尾をモフモフできる。
最高だね。
と、ソファでくつろいでる私達を見て、カッツさんがボソッと呟きました。
「緊張感がなさすぎる……」
「見せびらかしてるみたいでごめんねぇ。嫉妬しちゃうのは分かるけど、カッツさんにはさせてあげられないんだよ」
「嫉妬してるワケじゃないっスよ!! 俺はベルザークじゃないっスからね」
確かに、ベルザークさんはホントに嫉妬しそうだよね。
柔らかな毛並みの尻尾をブラシで整えつつ、ハナちゃんの耳がピクピク動くのを見てると、カッツさんの近くに座ってたホリー君が口を開きました。
「まぁ、休憩中だから良いんじゃないかな?」
「それにしても、気を抜きすぎっスよ。俺達はもう、プルウェア聖教国に入ってるんスからね」
「その通りだけど、気を抜けるのは今の内だと思うんだ。そのことについてリグレッタ。少し話があるんだけど、良いかな?」
そう言った彼は、テーブルに1枚の紙を広げて見せました。
「これは?」
「プルウェア聖教国の大まかな地図だよ」
「そんなもの、いつの間に手に入れてたんスか!?」
「クラインさんにお願いして、簡単な地形を聞いただけだよ。何も情報がないのは、危険でしょ?」
「さすがホリー君、抜かりないね」
「まぁね」
得意げに答えるホリー君。
地図というのも手書きみたいだから、ホントに彼が準備したものらしいね。
「で、本題に入るんだけど。多分今日の夜ごろに、ボクらは霧の森って呼ばれてる場所に足を踏み入れることになるよ」
「霧の森?」
「うん。聞いた話だけど、その森は年中霧に覆われてるらしい」
「名前のまんまっスね」
確かにそうだね。
でも、ホリー君が言いたいのはそういうコトじゃないよね?
霧。
それはつまり、水なのです。
「視界も悪くて、しかも水が大量にある環境。ちょっと考えれば分かると思うけど、ここは明らかに敵に有利な地形だよ」
「たしかにそうだね」
「でも、私とリッタが一緒なら、きっと大丈夫だよ! ね、リッタ!」
「それはもう、当然だよ!」
カッツさんが呆れたって感じの顔をしてるけど、気にしないでおこう。
油断しちゃダメだってことは、しっかり理解してるんだからね。
でも、だからと言って、自信を失う必要も無いでしょ?
「どちらにしても、霧が出てくるということはしっかりと把握しておいてほしいかな。それと、霧の対策とかも考えておく必要があるかもだ」
「対策って?」
「リグレッタ、君は慟哭の岬で眠りこけちゃったことを忘れちゃったのかい?」
あぁ……。
そう言えばそうだったね。
同じようなことにならないように、対策が必要ってことか。
確かに、あの時はセイレーン達の声が原因だったけど、霧に何かを仕込まれる可能性があるんだよね。
例えば、シルビアさんの使ってた水とか。
霧の中に混ぜちゃえば、今度こそハナちゃんも眠っちゃう可能性は高いのです。
「霧なら、風でビューンって飛ばしちゃダメなの?」
「良いアイデアだね、ハナちゃん」
「それも良いけど、それだけじゃ足りないとボクは考えてる」
「足りない?」
首を傾げてみせるハナちゃんに、ホリー君が地図を指さして見せました。
「プルウェア聖教国には、とんでもない数の川が領土内を流れてるんだ」
「とんでもないって、そんなになんスか?」
「聞いた限りだと、大きな河が7本と、そこから分かれた支流が数百にも及ぶらしい」
数百!?
それは確かに多いね。
「さすがは、水の主神プルウェアが治めてる国だよね。国全体が巨大なデルタ地帯になってて、国民の生活は川の環境に依存してるみたいだし」
「へぇ~。それはなんていうか、すごく綺麗なんだろうなぁ」
「呑気かよ」
呑気かな?
でも、実際見てみたいよね。
夕日に照らされる沢山の川とか、最高じゃない?
「観光だったら、ボクも色々と見て回りたいけどね。でも今回は、そう言うわけじゃないだろ? この場合、沢山ある川は敵の張り巡らした防壁だと考えた方が良いと思うんだ」
「なるほど、確かに」
「そこで、ボクから1つ提案なんだけど。この際、進路を大きく東に逸らすというのはどうだろう?」
「東? それはどうして?」
そんな私の問いかけに、待ってましたとばかりに立ち上がったホリー君は、地図の右端を指します。
「東にあるのは、南北に伸びる山脈で、恐らくこの山脈に水源があるんだよ。その水源さえ確保してしまえば、有利にことを運べると思うんだ」
川の根元に近い方が、支流の数も減って進みやすいはずだしね。
そう結ぶホリー君。
なるほどね。
確かに、プルウェア聖教国の人たちとの争いを避けるためには、それが一番いいのかもしれません。
でも、私はそれじゃあ駄目な気がしているのです。
「ホリー君、ありがとう。色々と調べたり考えてくれてたんだね」
「いや、別にそんなことは。ボクなんかより、ハリーの方が色々と考えてたみたいだしさ」
そっか、ペンドルトンさんに対してハリエットちゃんが色々とぶちまけてた時のことを気にしてるのかな。
あれは驚いたもんねぇ。
だったらやっぱり、私達は真っ直ぐに進むべきだと思うのです。
「ホリー君。もしこのまま真っ直ぐ行ったら、何があるのかな?」
「え? 全部は分からないけど、大きな河を渡る場所とか湿地帯とか、色々とあると思う」
「そっか、それじゃあそういった大変なことを全部、真正面から乗り越えて行こうよ」
「……どうしてかな? 理由を教えて欲しい」
そんなの、決まってるじゃんね。
「できるだけ、いろんな人に会って話してみたいからね」
私がそう答えると、ホリー君は不思議そうな表情を浮かべたのでした。
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