第15話 導きの鼻歌
ハナちゃんのお家や集落が、何者かに壊滅されていたこと。
身寄りのないハナちゃんを、私が引き取っていること。
そして、ハナちゃんを慰めるために花火を打ち上げたこと。
全部説明できたから、きっとカルミアさんも理解してくれたはずだよね。
私がハナちゃんたちを襲ったわけじゃないんだよって。
「ねぇ……何の話してるの?」
説明のために、ハナちゃんの名前を何度か口にしたから、気になっちゃったかな?
できれば、ハナちゃんには聞かせたくなかったけど、除け者にするのもかわいそうだしね。
「あのね、ハナちゃん。ハナちゃんのお父さんとお母さんが綺麗なお返事をしてくれたこと、覚えてる?」
「うん!! おぼえてるよ!」
「そうだよねぇ。でね、あのお返事、そこのお姉さんにも見えたんだって」
「ほんとっ!? お姉さんも見たの!? あれ、父たんと母たんがやったんだよ。スゴイでしょ!」
「そうですね。本当にすごく綺麗でした」
得意げにしてるハナちゃんも可愛いっ。
きっと、カルミアさんもハナちゃんの可愛さに気づいたはずだよ。
最近、ラービさんもハナちゃんに構ってくれるようになってきたし、良いことだよね。
そう言えば、結局、ハナちゃんたちを襲ったのが何者なのか、私も知らないんだよなぁ。
森の外から来たカルミアさんも、それを調べるために森に入って来たんだよね?
知らないかもだけど、一応聞いてみようかな
「カルミアさん。ハナちゃん達を襲った犯人って、全然分からないんですか?」
「……」
あれ、ちょっと表情が暗くなったね。
あんまり聞かない方が良かったのかな?
と思ったけど、カルミアさんはゆっくりと話し始めてくれた。
「言い難いことですが……我々は当初、死神―――リグレッタさんがやったものだと考えていました。ですが……」
ですが……って言いながらハナちゃんを見るってことは、私じゃないって思ってくれてるってことだよね!?
「今の私には、リグレッタさんがそのようなことをするとは、到底思えません。それに、二十年ほど前から邪龍ベルガスクが現れているとの情報もありますので。そちらの可能性が高くなりましたね」
「よかったぁ。まだ疑われてるのかと思いました」
「いえ、そんなこと……」
「リグレッタ。あまり人間の言葉を信じるのはやめた方が良いぞ」
やっぱりラービさんはまだカルミアさんのことを信頼してないみたいだね。
まぁ、確かに。
今日会ったばかりだし、信頼するのは早すぎるかな。
でも、疑いすぎてたら、話し合いもできないよね?
「ラービさん。喧嘩はしないでくださいね。ここは私のお家なんですから、汚されたりしたら困るんです」
「……分かっている」
雰囲気は険しいままだけど、ラービさんもカルミアさんも、喧嘩をするつもりじゃないみたいで良かった。
と、張りつめた空気の中、一口だけお茶を啜ったカルミアさんが、話を続ける。
「実は……1つだけ気になっていることがあるのですが」
「気になってること? なんですか?」
「疑っているとか、そういうわけでは無いんです。ただ、その、ハナちゃんは、どうやってこの家までやって来たのでしょうか?」
「どうやって……。それは、私も知らないですね」
自然と、私達の視線がハナちゃんに集まる。
ハナちゃんはというと、話がつまらなかったのかな?
テーブルの縁に並べた木の枝で、何か遊んでるみたい。
「ハナちゃん。少しお話しできるかな?」
「うん。いいよ。でもね、今は大切なギシチの途中だから、静かにしないといけないんだよっ」
「ギシチ? 儀式のことかな? どんな儀式なのかなぁ?」
「しらないの」
知らないのね。
まぁ、幼い子のおままごとみたいな感じかな?
見た目はもう、木の枝を適当に並べてるだけだけど。
「できたっ!」
「そっかぁ。出来たんだね。じゃあ、私とお話してくれる?」
「うん!」
「ハナちゃん、このお家に始めてきた時、どうやって来たの?」
「はじめて来た時? ん~っとね。お歌が聞こえたんだよ」
「歌? それって、どんな歌?」
「リッタが朝に唄ってる歌」
「……それってもしかして、私の鼻歌ってこと!?」
ハナちゃん達ってそんなに耳が良いの!?
確かに、ものすごく耳が良いのは知ってたけど、そこまでとは思わなかったよ。
恥ずかしいっ!
確かに、家の周りに誰も居ないと思って、遠慮なんてしてなかったけど。
なんなら、大声で歌ったことも何度かあるけどさっ!
もしかして、ハナちゃんと一緒に住んでた獣人たちにとっては、毎朝森の方から聞こえて来る鼻歌として認識されてたのかな!?
「くぅぅぅ~……恥ずかしいぃぃ」
「あはは。つまり、リグレッタさんの歌が聞こえたから、ハナちゃんはこの家まで辿り着けたということですね」
ナイスフォローだよ、カルミアさん。
そう思えば、唄っててよかったと思える気がする。
でも、恥ずかしさが消えるわけじゃないけどさっ!
でも、これで1つ謎が解けた気がするね。
「ん?」
恥ずかしさを紛らわそうと、私がお茶を飲み干したその時、耳をピクッと動かしたハナちゃんが、窓の外に目を向けた。
直後、ラービさんとカルミアさんが窓の外に向けて警戒態勢を取る。
「誰か来ます!」
「この足音、人間だな」
「また? 今日は本当にお客さんが多いね」
取り敢えず、空になったカップを流し台に置いてしまおうかな。
そう思い、私が椅子から立ち上がって流し台に向かった、その時。
何者かが窓からキッチンの中を覗き込んで来た。
カルミアさんと同じような甲冑を身に纏ってるその人は、キッチンの中を見渡した後、大声を上げる。
「カルミア隊長!!」
「カルミアさんのお知り合いですか?」
「あぁ……はい、私の部下です」
少し戸惑っている様子のカルミアさん。
取り敢えずは、中に入れてあげるべきだよね?
今までの流れ的に、ラービさんは反対しそうだなぁ。
まぁ、ここは私の家だから、誰を招くかは私が決めるべきだよね。
まさか、1日でこんなに沢山の人を招くことになるなんて、思わなかったなぁ。
「お客様用の部屋とかも必要かな?」
「リグレッタ、今はそんなことを言っている場合ではないのでは?」
「そうだった! お茶を準備しないとだよねっ!」
「……それも違うがな」
ラービさんが何を言いたいのか、良く分からないけど。
お茶が必要なのは、間違ってないと思うんだよっ。
「今日は賑やかだねっ」
「そうだねぇ」
ニカッと笑うハナちゃんに釣られて、私も笑顔が零れちゃう。
人と関わっちゃいけないって言われてたけど、どうしてダメなのか、分からなくなってきたなぁ。
触れないように注意してれば、お話は出来るもんね。
お話をするくらいなら、問題なんて起きないでしょ?
そこに美味しいお茶があればなおさらだと、私は思うのです。




