第149話 逃亡計画
この世界のどこにも、逃げ場なんて存在しません。
プルウェア様の教えに反する者は、遅かれ早かれ裁きを受けるのです。
何人たりとも、差別を行うな。
何人たりとも、束縛を行うな。
何人たりとも、生命の循環に逆らうな。
これらを破る者は即ち、悪人である。
世の中に常に存在する悪人は、循環に戻してあげることで善人として生まれ変わるであろう。
故に、悪人の存在を許してはならないのです。
この教えの先にあるのは、善人だけが存在する美しき世界。
なんというか、ストレンの好みそうなお話ですわね。
あの潔癖女は、この教えに心酔していましたから。
アタシとキルストンには、いまいち理解ができない話ですけれど。
そんなアタシたちがなぜ、プルウェア聖教の指示に従っているのか。
もし、そんな質問をしてくる方が居るのだとしたら、その方は間違いなく善人なのでしょう。
あの国で悪人が生きる方法は、それほど多くないのですから。
「予定通り決行だ」
「分かりましたわ」
フランメ民国との戦争から撤退している今。
アタシ達は深く立ち込めている霧の中で、そのような言葉を交わします。
あぁ。
姿は見えづらくとも、その声だけでアタシの身体は痺れてしまうの。
このまま2人で、どこへなりとも消えてしまいたい。
今日までずっと、胸の内に秘め続けて来ていたそんな思いが、あふれ出してきているせいなのかもしれませんわね。
でも仕方がありませんわ。
だって、その想いが―――アタシの夢が、叶うのかもしれないのですから。
悪の中の悪である死神が、獣人の子を蘇らせた。
しかも、同じ死神としてです。
これが何を意味するのか、正確に説明できる人はいないでしょう。
だからこそ、今のプルウェア聖教は大きく2つに分裂を始めています。
1つ目は、あの獣人が善だったからこそ、蘇ることが許されたのだと考える者達。
この者達は、今すぐに神殿へ戻り、プルウェア様からの神託を聞くべきだと考えているようですわね。
2つ目は、プルウェアの教えは間違っていたのだと考える者達。
奇跡を実際に起こしたリグレッタこそが、本当の主神なのではないかと考えているようですわね。
対立する2つの考えのせいで、戦争どころではなくなってしまった。
だからこそ、こうして撤退せざるを得なくなったのでしょう。
まぁ、その撤退すらも、いまのプルウェア聖教軍では困難を極めているようですが。
逆に言えば、これは好機なのです。
プルウェアもリグレッタも、初めから信じていないアタシと彼は、すぐに逃亡計画を立てました。
逃げる場所なんてない。
ずっとそう思っていただけに、少し不思議な感覚ですわね。
その逃げ場所というのが、あの小娘の元だというのは癪に障りますが。
こんな好機を取り逃がすほど、アタシも彼も欲を失ったわけではありませんのよ。
くだらないプライドなんか、命には代えられませんものね。
「おいシルビア。あのクソガキの所に行くのは良いが、着いたら邪魔するなよ」
「まだ諦めていませんの? あんな化け物相手に、勝てるわけありませんのに」
「あんな甘ったれた考えの奴に、負ける道理はねぇよ」
「強気なトコロもステキ。でも、あの小娘が化け物だって言うことは、忘れないでくださいね」
「そんなこと、忘れるワケねぇだろ」
そうですわよね。
そもそも、あれだけ甘ったれた宣言を堂々と出来るのは、彼女が死神だからなのです。
何もできないボンクラが言っているわけでは無いのです。
「おや? こんなところで何をしているのですか? 二人とも」
背後の霧の中から突然現れたのは、デシレだ。
この男は本当に、いけ好かない奴ですね。
せっかくの二人きりの時間を邪魔しないで欲しいのに。
「男女の逢瀬の邪魔をするつもりですの?」
「逢瀬? そのようなことにかまけている時間があるのなら、お前達も奴らの制圧に加わり給え」
「あぁ? なんで俺らがテメェらの尻拭いをしてやらねぇといけねぇんだよ」
喧嘩腰のキルストン。
凄んでる時の首筋が綺麗なのだけれど、今はそれどころではありませんわね。
このままではいつものように、諍いに発展してしまいますわ。
なるべく穏便に済ませないと、せっかくの脱出計画が台無しになってしまいます。
それだけはなんとか阻止しなくては。
そのためには、詰め寄ろうとしてるキルストンを抑えなくてはならないのです。
仕方がありません。
私の腕力では彼を簡単には止められませんので、ここはひとつ全身で抱きしめるようにして止めなければ。
仕方がありませんわよね?
期待に胸を高鳴らせ……てるワケではありませんわよ。
ことを荒立てないように緊張していたアタシは、しかし、キルストンに抱き着くことはできませんでした。
残念。
「……まぁいい。それよりも、あまり持ち場を離れるな」
意外にも、それだけを言い残して去って行くデシレ。
きっと、騒動になってプルウェア聖教に反感を抱き始めている者達を刺激したくなかったのでしょう。
無様ですわね。
この男を辱めてくれたという点においては、あの小娘に感謝しなければいけません。
まぁ、その点だけですがね。
心なしか、去って行く背中にいつもの覇気が感じられませんわね。
しっしっ!
早く行ってしまいなさい!
「おい、なぜ腕にしだみ付く?」
「そのようなことはしていませんわ」
「してるじゃねーか!」
ふむ。
おかしいですわね。
無意識でしがみ付いてしまっていました。
まぁ、無理やりに引きはがそうとしないあたり、キルストンも満更ではないのでしょう。
あぁ、逃げ出してしまえば、毎日こうして触れていられるのでしょうか。
うふふふ。
えへへへ。
「ニヤつくなよ、この変態が」
「うふふ。でも、嬉しいのではなくて?」
「ふざけんな」
そう悪態を吐く彼の腕を、強く抱きしめます。
もう少しの辛抱。
それまでの間は、これで我慢しましょう。
あとは逃げ出すタイミングを見計らうだけ。
そう考えていた私達の元に、とある情報が飛び込んできたのです。
フランメ民国に居たはずの死神リグレッタが、プルウェア聖教国の領土に足を踏み入れた。
これはもう、逃す手はありませんよね。
まさかあちらから近づいて来てくれるなんて。
その話を聞いた直後、私達は計画を開始したのです。
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