第148話 うら若き淑女
祝福の儀も終えて、いよいよ明日はフランメ民国を出立する日なんだけど。
そんなタイミングで、新しい問題が発生してしまったのです。
「嫌よ! どうしてここまで来たのに、帰らなくちゃいけないの!?」
神樹ハーベストの中に響き渡るその声は、ハリエットちゃんのものだね。
内容から察するに、ペンドルトンさんと喧嘩中なのかな?
ベルザークさんやカッツさん、それからハナちゃんと一緒に買い出しに出てた帰りなんだけど、無視していくわけにはいかなそうだよね。
遅かれ早かれ、私は呼ばれそうな気がするのです。
「行きましょう」
「そうだね」
大量の荷物を抱えながらも先導してくれるベルザークさん。
私にとっては凄く助かるんだけど、この場合、ハリエットちゃんは困っちゃうかな?
そんな私の推測が合ってたのか、こちらに気が付いたハリエットちゃんは、ちょっと気まずそうに視線を落としちゃいました。
「こんにちは。どうかなされたのですか?」
「ベルザーク……なんでもない。これは我々の話だ。気にしないでくれ」
「お兄様っ!」
ペンドルトンさんは私達に干渉されたくないみたいだね。
その鋭い目つきで、ハリエットちゃんとホリー君の口を閉ざそうとしてるよ。
対称的に、ハリエットちゃんとホリー君は私に助けを求めるような視線を投げて来てるのです。
どうしてこんなことに?
なんて、聞く必要ないよね。
きっと、このまま私達と一緒に出発したいハリエットちゃんとホリー君が、連れ戻そうとするペンドルトンさんと言い争いになってる。
って感じでしょう。
まぁ、どちらの気持ちも分からなくはないけどね。
これから私達が行こうとしてるのは、プルウェア聖教国の中心部なんだから。
つい先日まで戦争をしてた敵国の領内に、お姫様と王子様が入ろうとしてるんだもん。
普通、止めるよね。
いくら私が守るっていっても、そう簡単に認めるわけにはいかないでしょう。
だからこそ、ペンドルトンさんは私達の干渉を嫌がってるんだ。
私には、前科があるからね。
その節は、すみません。
軽く頭を下げてみるけど、ペンドルトンさんには私の謝意なんて伝わっていないはずです。
ほら、目を逸らされたもん。
「兄さん、ボクらは―――」
「お前達がなんと言おうと、何を抱いていようと、こればかりは譲れない。これ以上先に行くことは許さん。これは決定事項だ」
「っ……」
「ちょっとホリー兄さん、諦めるつもりなの!?」
これは……ペンドルトンさんは本気だね。
口調と表情が、それを物語ってるよ。
隣に立ってるハナちゃんまで、尻尾を足の間に入れちゃうくらいだもん。
この場にいる誰一人として、彼の決定に逆らえない。
そんな風に思った私は、一人だけ抗おうとしてる子の姿を目にしたのです。
「私はリグレッタについて行く。これは譲れないわ」
「ハリエット。お前はまだ子供だが、生まれた時から王族なのだ。王族として、そのような勝手な行動が許されると思っているのか?」
「思っていないわ。でも、私は王族だからこそ、リグレッタについて行くべきだと思ってるの」
負けじと言い返すハリエットちゃん。
あんまり意識してなかったけど、ホントにペンドルトンさんと兄妹なんだね。
3人の王族の後ろでオロオロとしてるカルミアさんが可哀そうになってきちゃったよ。
「王族だからこそだと?」
「そうよ! 私だって、色々考えてるんだから!」
「何を言いだすかと思えば……いいかハリエット。お前が色々と考えていることなど分かっている。だが、それは本当にお前がするべきことなのか?」
「それはどういう意味で言っているのですか? お兄様」
「王族のお前が、わざわざその身を危険に晒してまでするべきことなのかと聞いている」
ペンドルトンさんは、ハリエットちゃん達のことを心配してるんだよね。
だからこそ、ここまで強く説得しようとしてるんだ。
そんなことは、ハリエットちゃんだって気づいてるはず。
でも、彼女は折れるつもりは無いみたい。
「ではお兄様は、私達以外の誰かが危険を冒せばいいと仰るのですか?」
「……」
一瞬、口を噤んだペンドルトンさんがこちらに視線を向けたよ。
私を見た……わけじゃなさそうだね。
誰を見たんだろ?
視線の先を確かめようとしたとき、今までよりもすこしだけ小さな声で、ペンドルトンさんが告げたのです。
「その通りだ。王族の命には、それだけの重みが存在する」
「……」
今度はハリエットちゃんが黙っちゃったよ。
それにしても、カッツさんが怒りそうなことを堂々と言ったよねペンドルトンさん。
重みかぁ。
死が平等なのと対照的に、命には重みがあるんだねぇ。
言いたいことを理解できる分、きっとハリエットちゃんも言い返せないんだ。
と思ったんだけど、そうでも無かったのかな?
「私は、そうは思わないわ」
「なに?」
「私の命も、お兄様の命も、世界中の全ての命がリグレッタの前では平等よ」
「それは、命ではなく死の話だろう?」
「そうね、でも、間違いじゃないわ」
「見当違いには変わりない」
「そうかしら? 平等な死の上に成り立ってる私達の命は、本当に平等じゃないの?」
「……何が言いたい?」
ハリエットちゃん、ホントに色々と考えてたんだね。
難しくて、私もよく理解できなくなってきちゃったよ。
そんな私の為ってワケじゃないだろうけど、彼女は話を続けました。
「ハナちゃんが蘇ったのを見て、その経緯を知って気づいたのよ。私の命とハナちゃんの命には、その重みと尊さに大きな違いがあるわ」
ハナちゃんが蘇ることができたのは、母さんと私の力。
だけじゃないよね。
今日に至るまで、誰一人としてハナちゃんと同じように解放者になりたいって言ってきた人はいません。
それはなぜか?
理由は簡単。
ハナちゃんと同じように、何百年って長い年月を眠り続けてまで、蘇りたいと思う人が居ないからだよ。
「その差は何か、きっと単純なことなんだわ。自分の命でなにをしたのか、それが大事なのよ」
「やはり子供だ。ハリエット、言葉にするのと行動にするのでは大きな違いがあるのだぞ」
「分かっているわよ! だからこそ、行動に重みが増すのでしょう?」
「分かっているのなら、なぜ理解できない? お前はそこにいる獣人の子ではない。ハリエットはハリエットなのだ。同じことが出来ると考えるのは―――」
折れる素振りを見せないハリエットちゃんに業を煮やしたのか、ペンドルトンさんが語気を強めていきます。
誰かが止めた方が良いんじゃないかな?
じゃないと、このままじゃ喧嘩に。
そう思ったとき。
ハリエットちゃんが叫んだのです。
「私はハリエット! ハリエットなのです! お兄様!」
突然のことに口を閉ざすペンドルトンさん。
怯んだようにも見えた彼に、つい今しがた叫んだとは思えない程に冷静なハリエットちゃんが、ゆっくりと続けました。
「お兄様。私は、お母様じゃないのです」
「っ」
「っ!? ハリー!? 何言って」
「お兄様が私達のことを心配するのは、お母様のことがあったから。そうですわよね? 同じことが起きるのではないかと、心配されているのですよね?」
慌ててるホリー君と、怒りに身を震わせてるペンドルトンさん。
そんな2人に構うことなく続けるハリエットちゃんに、私は圧倒されっぱなしだよ。
「お兄様にとって、お母様の命が大切だったように、私も国民から大切に思われるくらい、王族として恥じることのないように、私にできることをやり遂げたいのです」
強く言いきったハリエットちゃんは、深々と頭を下げました。
「だから、お兄様。リグレッタと共に行くことを許してください。お願いします」
「……」
スゴイね。
彼女は今、ペンドルトンさんからの許しを正々堂々と得ようとしてるんだ。
初めて会った時と比べると、すごい違いだよ。
前はほとんど騙す感じで、逃げ出してきちゃったしね。
そんな彼女だからかな、きっと助けたくなっちゃったんだろうね。
「なんのマネだ」
「いえ、そんな深い意味はありません。ただ、うら若き淑女の助けになってあげるのが、大人の務めかと思いましたので」
「べ、ベルザーク様……」
ハリエットちゃんの隣に立って、同じように深々と頭を下げるベルザークさん。
そんな様子を茫然と見ていたホリー君が、慌てた様子で同じように頭を下げ出したよ。
そんな3人をしばらく無言で睨み付けてたペンドルトンさんが、ついに口を開いたのです。
「カルミア隊長」
「はっ! はいっ!」
ハリエットちゃんの姿に感動して涙を浮かべてたカルミアさんが、慌てて姿勢を正したよ。
「2人に同行して、必ずその身を護るように」
「はっ! はっ!? あ、申し訳ありません。ですが、よろしいのですか?」
「こうまで言われてしまっては仕方あるまい。それに、あの男に全て任せるわけにはいかないからな」
「お兄様! それはつまり!」
「……必ず帰ってこい。私からの願いは、それだけだ」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って笑顔を浮かべるハリエットちゃん。
そっか、これがうら若き淑女の笑顔なんだね。
とても綺麗だよ。
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