第147話 祝福の儀
ハナちゃんと泥合戦をした日から数日後。
朝早くに起床した私達は、慌ただしく準備を始めました。
神樹ハーベストを出発するための準備?
違うよ。
ホントはそのつもりだったんだけどね。
これまたクラインさんからのお願いで、出発する前にハナちゃんの生誕祭をしたいとのことだったのです。
それはもう、断る理由がないよね?
そんなわけで今、私は椅子に座ってるハナちゃんの髪の毛を結ってあげているんだよ。
こんな日が来るなんて……感激です。
さっきからあふれ出しそうな涙を我慢してるせいで、視界が潤んじゃってるよ。
「リッタ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないや。ちょっと涙拭いて来るね……はぁ、こんなに大きく育っちゃって。私は凄く誇らしいよ」
「大げさだよ、リッタ」
「娘の結婚式を迎えた母親みたいな感想っスね」
「ははは。カッツさん、面白いこと言うね」
「……ツッコミが来ると思ってたっス」
今なら、きっとどんな失礼なことを言われても、笑って流してあげられる気がするよ。
あ、ハナちゃんに対する悪口は流さないけどね。
春の気配を感じさせる陽射しも、ハナちゃんのことを祝福してくれてるみたいです。
「ハナちゃん、とっても綺麗だわ」
「ありがと、ハリエットおねえちゃん」
「ハリエットちゃん、綺麗なドレスを貸してくれてありがとね」
「それくらい良いのよ。今日の主役はハナちゃんなんだから。うんとおめかししなくちゃ」
「私、似合ってるのかな?」
「「すごく似合ってる!」」
照れくさそうにドレスと髪形を気にするハナちゃん。
すぐに肯定する私とハリエットちゃんの声が重なったのは、当然の結果だよね。
「うん、ハナちゃんのおめかしも終わったことだし、次はリグレッタの番ね」
私がハナちゃんの髪を整え終えたところで、ハリエットちゃんがそう告げました。
「やっぱりするの? 私は別に良いのに」
「する! リッタもおめかししよっ!」
うぅ。
ハナちゃんにそう言われたら、大人しく椅子に座るしかないよね。
仕方なくだよ?
仕方なく。
ハナちゃんの柔らかな手が、癖のある私の髪の毛を撫でつける。
あぁ、なんだか懐かしいなぁ。
こうして髪の毛を結ってもらったのって、いつ以来だろ。
小さい頃に母さんにしてもらってたのが最後だもんね。
まさか、ハナちゃんに髪を結ってもらえる日が来るなんて……。
あ、ダメだ。
また涙がぁ……。
「涙もろくなりすぎっスよ」
「しょうがないじゃん! ハナちゃんが髪の毛を結ってくれてるんだよ!?」
「ちょっとリッタ、動かないでよ!」
「ご、ごめん」
慌てて謝る私を見て、ハリエットちゃんがクスッと笑いました。
「良かったわね、リグレッタ。これからは毎日、お互いに髪をおめかしし合えるわよ」
「っ! そ、それは」
夢のようなお話だねっ!
でも、ハナちゃんは面倒だって思ってないかな?
あれだったら、私だけでもハナちゃんの髪を結ってあげてもいいくらいだけど。
でも、でも、もし許されるなら……。
「良いねっ! リッタ、明日から私が髪の毛結んであげる! だから、私のも結んで!」
「はぅ」
いい子すぎるよ!
それと、可愛いすぎるよ!
「もちろんだよ、ハナちゃん」
「やったぁ」
一人で暮らしてた時は面倒くさくて絶対にやらなかったことも、ハナちゃんと一緒なら楽しいのはなんでなのかな?
幸せすぎる。
これはもしかして夢?
きっと違うね。
これは、ハナちゃんが強く望んでくれたから手にすることのできた、幸せなんだよ。
間違いなく、現実なのです。
そうじゃないと、とんでもなく長い年月を経て蘇ってくれたハナちゃんが、報われないもんね。
「できたっ!」
「ありがと、ハナちゃん」
「ん!」
満足げに頷くハナちゃん。
これで、私達の準備は整ったね。
あとは、生誕祭の会場に向かうだけなのです。
ネリネのキッチンをでた私達は、そのまま神樹ハーベストの中に向かいます。
会場はクラインさんのお家があった丘の麓なんだって。
今日だけは特別に、樹下街の住人も中に入れるとのことで、会場までの道中は賑やかでした。
ハナちゃん号で頭上を通り抜けてるだけなのに、沢山の人が深々とお辞儀をしてくれる。
それだけ、ハナちゃんが歓迎されてるってことだよね。
「なんか緊張するね」
「大丈夫だよ。皆がハナちゃんのことを祝ってくれてるんだから」
「うん」
落ち着かない様子のハナちゃん。
そんな彼女を言葉で宥めてみたけど、正直私も落ち着かないよ。
そんな私の気持ちに気付いてくれたのかな、ハナちゃんがそっと手を握って来ました。
「ちょっとだけ」
「ふふふ。仕方ないねぇ」
「えへへ」
背中からカッツさん達の生暖かい視線を感じるけど、気にしちゃ負けだよね。
そうして会場に到着した私達は、準備のために先に来てたベルザークさんに案内されて、大きな椅子に腰を下ろしたのです。
前に、ブッシュお爺ちゃんが座ってたのと同じくらい大きな椅子だね。
「ようやく始めることが出来るぜ」
私たちが椅子に座ったのを見ると同時に、そうぼやいたクラインさんが、聞いたことないくらいの大声で告げました。
「ここに! 新たなる解放者の誕生を祝し! 記念の宴と祝福の儀を執り行う!」
祝福の儀?
なにそれ、聞いてないんだけど?
ハナちゃんのことを、皆でお祝いするだけじゃないの?
てっきり、みんなでワイワイとご飯を食べてお話しする感じだと思ってたんだけどなぁ。
実際は、座ってる私達の所にフランメ民国の人たちがあいさつに回って来るって感じだったよ。
なんていうか、疲れちゃったのです。
挨拶も人数が多いから、一人一人の会話が短くて全然話せなかったしさ。
ベルザークさんに文句を言ったら、神様はそんなもんなんだって。
確かに死神って名乗っちゃったけどさ。
こんな感じになるとは、思ってなかったよね。
クラインさんに騙されたよ。
もしかしたら、プルウェアって神様も同じように感じてたりするのかな?
会った時に聞きたいことが1つ増えちゃったね。
「リッタァ。お腹減った」
「そうだねぇ。私もだよ」
まだまだ長く続いてる列を横目に、私とハナちゃんはお腹を鳴らすのでした。
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