第144話 手加減はしない
夕暮れ時。
すきっ腹をくすぐるようなおいしそうな香りに釣られて、私とハナちゃんは樹下街を練り歩く。
ハナちゃん号に乗ってるわけだから、歩くというよりは飛ぶのほうが正しいね。
ベルザークさんから渡されたお金を握りしめ、建ち並んでる屋台を見下ろしながら尻尾を振ってるハナちゃんは、今日も可愛いのです。
「リッタ! あれ! あれ食べたい!」
「あれだね。少し高度を落とすから、周りに気を付けてね」
「はーい!」
屋台で買い物をするということは、人ごみの中に入るワケなので、細心の注意が必要です。
少なくとも、尻尾をブンブン振ってたら、絶対に危ないよね。
そのへんはハナちゃんも意識できるようになったのか、自分で大きな尻尾を抱きしめるようにして、振り回すのを止めてるみたいだよ。
その姿も可愛いよね。
私も一緒に抱き着いて良いかな?
ダメかな。ダメだよね。
今はハナちゃん号の操作に集中しましょう。
って言ってもまぁ、フランメ民国の人たちは私とハナちゃんのことを知ってくれてるから、こうやって2人で買い物にも行きやすいのです。
誰も触ろうとしたりはしないからね。
むしろ、私たちが近づくだけで、深々とお辞儀をして動かなくなっちゃうし。
ありがたいんだけど、屋台のおじさんには頭を上げてもらわなくちゃ困っちゃうよ。
お金を払ってお肉の串焼きを貰う。
特訓で疲れた身体に染み渡ってる様子のハナちゃんも、また可愛いよ。
久しぶりの串焼きに満足げなハナちゃんの顔を堪能できたところで、私はハナちゃん号を神樹ハーベストに向けて進めました。
そろそろ帰って、ゆっくりと身体を休めないとだからね。
だって、明日はついにお祭りの最終日。
私とハナちゃんの試合がある日なのです。
クラインさんから私達2人の試合を提案されて、もう3日が経ったんだよねぇ。
この3日で、ハナちゃんは随分と成長しました。
おかげで最近の風呂掃除は、ほとんどカッツさんがやってるよ。
今日なんかは、ミノタウロスさんとの試合に全部勝ってたからね。
さすがに賭けにならないって言って、カッツさんとフレイ君は退屈そうにしてたのです。
失礼だよね。
まぁ、ハナちゃんは全然気にしてないみたいだけどさ。
「リッタ。明日は手加減なしだよ?」
「分かってるよ。でも、使えるのはノームだけって話だよね?」
「うん」
これは手加減じゃないのです。
ハナちゃんの力量を見極めるために必要なことなんだから。
配慮ってやつだね。
そういうことにしておきましょう。
「負けても泣かないでよ?」
「泣かないもん!」
「ホントかなぁ」
「ホントだもん!」
ふふふ。
ムキになってるところも可愛い。
そんなハナちゃんを堪能しつつ、私達はネリネに帰り付きました。
お風呂に入って寝室に行き、一緒に眠る。
今までも普通にこなして来た日常のはずなんだけど、隣にハナちゃんが居るだけでだいぶ違って感じるよね。
嬉しいんだけどさ、まだ一緒のベッドで寝るのはちょっと緊張しちゃってるのです。
ハナちゃんには内緒だけどね。
そしてあくる日の朝。
ついにお祭りの最終日がやってきました。
今日予定されてる試合は5回。
全部、私とハナちゃんの試合なワケで、結構大変そうだなぁ。
「さぁ! ついに今日が最終日ですわ! 予告通り、今日の試合はリグレッタ様とハナちゃんの親子によるものです! 皆さん、今日くらいはお仕事をお休みして、楽しみましょう!」
響き渡るハリエットちゃんの声に先導されるように、観客が大勢集まって来てるね。
うぅ。
なんか、ちょっと緊張してきちゃったかも。
ハナちゃんって、こんな中で特訓してたんだね。
でも今更やめるなんて言えないのです。
緊張をほぐすためにも、ハナちゃんの癒し成分を補給しておこうかな。
そう思い、私は会場で向かい合うようにして立ってるハナちゃんに、声を掛けました。
「ハナちゃん、よろしくね」
「リッタ、こ、こちらこそ、よろしくおねがいします」
あれ、ハナちゃんも緊張しちゃってるのかな?
口調も仕草も、ガチガチだよ。
仕方ないんだから。
「あれ? ハナちゃん、もしかして緊張しちゃってる?」
「ちょ、ちょっと」
「そっかぁ、それじゃあ簡単に勝てちゃうかもなぁ」
「むぅ。負けないもん!」
「ホントに? 楽しみだなぁ」
分かり易い挑発に乗ってくれるハナちゃん。
よっぽど緊張してるみたいだ。
緊張でガチガチで、力を発揮できませんでした。
なんてことになったら、試合をする意味がホントに無くなっちゃうからね。
少しは周りの視線から意識を逸らせたみたいで、良かったよ。
そうして、ハリエットちゃんの号令と共に、第1試合が始まります。
試合開始と同時に、ゴーレムを練り上げたハナちゃんは、仲間達の援護を受けながら、その身1つで特攻を仕掛けて来る。
うんうん。
この戦法で、ハナちゃんはミノタウロスさんに勝てるようになったんだよね?
獣人の運動神経を、存分に発揮した戦い方。
普通、単身で敵のど真ん中に突っ込んだら、あっという間に負けちゃうはずだけど。
即席の土壁を活用するハナちゃんなら、ある程度の敵は突破できちゃうのです。
「でも、何度もその戦法を見てたら、対処法くらいは考えれるんだよ」
ある意味、この試合は私に有利だよね。
だって、ハナちゃんは私の戦法を全然見てないんだからさ。
突っ込んでくるハナちゃんを、沢山のゴーレムで迎え撃ちながら、私は足元に意識を集中しました。
私が考えた戦法。
それは、ハナちゃんの速度を殺すこと。
「開けた場所だから、思う存分に走れるんだよね? だったら、これでどうかな?」
生み出すのは、でたらめに配置した土壁。
おまけに、土壁の中にゴーレムを忍ばせておきましょう。
そうすればきっと、足を止めざるを得ないハナちゃんを、狙い撃ちに出来るからね。
「うぎゃ!」
ほらね。
一旦壁を取り除いた私は、顔に泥を被ってるハナちゃんを見つけました。
悔しそうに涙を浮かべてるハナちゃん。
でもここは、心を鬼にして言わなくちゃだね。
「ハナちゃん、前に言ったよね? 全部自分だけで解決できると思っちゃダメだよ」
そう言って、私はハナちゃんの後ろを指さします。
言われて振り返ったハナちゃんは、気が付いたみたいだね。
ハナちゃんが作ったゴーレム達が、ほとんど全部、岩の檻に拘束されてる様子を。
「い、いつの間に!?」
「ハナちゃんが飛び出してった後かな。援護無しでここまで来れるのは、すごいと思うけどね」
呆気に取られてるハナちゃん。
すると、慌てた様子のクラインさんが、飛んできて言うのです。
「ちょ、やりすぎだろ! もうちょっと手加減をだな!」
「何を言ってるの? クラインさん」
クラインさんったら、甘いよね。
「死は平等なんだよ? それに、手加減はしないって話だったからね?」
「お、お前……この子には甘いと思ってたが、そういえばソラリスの娘だったな」
母さんが何か関係あるの?
そういえば、私もこうやって、母さんに鍛えられたんだっけ。
じゃあ、間違ってないってことだよね?
「とりあえず、次の試合に向けて準備をしようかハナちゃん。それとも、もう試合は止める?」
「……やめない」
首を横に振るハナちゃんは、泥だらけの顔で言うのです。
「私もできるようになりたいもん!」
ホント、強い子だよね。私も誇らしいよ。
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