第143話 お祭り
泥合戦での特訓は、思ってた以上に効果があったようです。
味方のゴーレムを動かしつつ、身も守って、おまけに攻撃までしなくちゃいけないからね。
遊び感覚の中で、魂宿りの術の基礎を繰り返すのが効いたのでしょう。
2日もすれば、ハナちゃんはミノタウロス軍にも勝てるようになってきました。
さすがだね。
「たぁー。ミノタウロス側も負けるようになってきたっスねぇ」
「へへっ! 俺の勝ちだぜ、カッツ兄ちゃん! 約束通り、今度の風呂掃除は代わってくれよな!」
「仕方ないっスねぇ。但し、もう1勝負して、お前が勝ったら考えてやるっスよ、フレイ」
「んなっ! ズルいぞ、カッツ兄ちゃん!」
「当たり前っスよ。今の所、4勝4敗で引き分けっスからねぇ」
「ぐぬぬ、それはそうだけど……分かったよ。じゃあ俺はまたハナに賭けるぜ!」
「ちょっと待つっス! どんだけ好きだからって、ずっとハナちゃんに賭け続けるのは卑怯っスよ!」
「だだだだ、誰がぁ! 好きとかそんなんじゃねぇし!!」
カッツさん、大人げないなぁ。
そこは譲ってあげたほうが良いと思うけど。
こんだけ分かり易く顔を真っ赤にしてるんだからさぁ。
ちゃんと、ハナちゃんのことを応援させて欲しいよね。
ミノタウロスさんに賭けて、お風呂掃除を免れても、きっとフレイ君は喜べないと思うから。
とまぁ、こんな感じで、いつの間にかハナちゃんの特訓は多くの観戦者に囲まれるようになっています。
場所も神樹ハーベストの中から樹下街に移動したしね。
それもこれも、クラインさんからのお願いがあったからだよ。
戦争で疲れてる国民を元気づけるようなことがしたい。
って話だったけど、思ってた以上にうまくいってるようで、なによりです。
「ハナちゃん! ミノタウロスさん! お疲れさまでした! 次の試合は1時間後に開始するから、しっかり休憩して来て頂戴ね! 観客の皆さんも! この間に屋台を見て回ると良いと思うわよ!」
風に乗って街に響き渡ってるこの声は、ハリエットちゃんだね。
試合の様子が見えにくい人のために、解説とかしてくれてるんだけど。
すっかり板に着いちゃったというか、慣れた様子です。
堂々としたその声は、さすが王族ってコトなのかな?
関係ないか。
「さて。私はハナちゃんをねぎらいに行こうかなぁ。ミノタウロスさんも消耗してるみたいだし、すこし元気を分けてあげなきゃだね」
「そうっスか。それじゃあフレイ。俺達は一旦仕事に戻るっスよ」
「ん。分かった」
そのまま小高く作った観戦席を発った私は、広間に寝転がって休憩してるハナちゃんの元に向かいます。
「ハナちゃん、お疲れ~。だいぶ術には慣れてきたみたいだね」
「リッタ! 上手にできてた?」
「うん。出来てたよ」
「ホント!? じゃあ、ナデナデしてぇ!」
「はぁ~い! ほぉらぁ、よしよ~し」
「ふふぅ~」
私の手に頭を擦り付けて来るハナちゃん。
あぁ~。
幸せだぁ。
癒されるよね。
お風呂以外でこんなに癒されることって、中々ないと私は思うのです。
ううん。
お風呂以上かもしれないよね。
「あぁー! リグレッタ、ズルいわよ!」
「お、ハリエットちゃん。ふふふ。良いでしょ」
ズルいというハリエットちゃんだけど、私はそもそも、ずっとハナちゃんの頭を撫でるなんてできなかったんだからね?
色々あって手に入れたこの特権、思う存分使わない手は無いのです。
「ハリエットちゃんは、ペンドルトンさんにでも撫でて貰ったら?」
「いやよ! なんでそこで兄さんの名前が出て来るの」
「何でって、ペンドルトンさんはハリエットちゃんのことを大切に思ってるだろうなぁって思ったから」
「それはまぁ、そうなんだろうけど。それとこれとは話が別だわ!」
そっかそっか。
ホントはベルザークさんに撫でてもらいたいんだよね?
なんて、それは口に出して言わないけど。
言ったらきっと、ハリエットちゃんは怒っちゃうからね。
それに、当の本人がこっちに向かって歩いて来てるのです。
「皆さん、お疲れ様です」
「ベルザーク様!」
「お疲れ~」
「ハナちゃん、すごく強くなられましたね。もはや私では太刀打ちできそうにありませんよ」
「えへへ。もっと褒めてぇ」
嬉しそうにしてるハナちゃんに、タオルと水を持ってきたらしいベルザークさんは、横たわってるハナちゃんの傍にそれらを置きました。
すぐにタオルで汗を拭き始めるハナちゃん。
今回は勝ったから、泥まみれにはなってないね。
それでもやっぱり、手とか足には泥が付いてるみたいで、タオルはすぐに汚れてしまいました。
そのタオルをすぐに回収したベルザークさん。
洗いに行ってくれるのかな?
なんだか、ハリエットちゃんも一緒に行きたそうにモジモジしてるけど。
そんな様子を微笑ましく見てると、ベルザークさんが私に声を掛けてきました。
なんだろ?
「ところでリグレッタ様。クライン様から伝言があるのですが」
「伝言? 直接言いに来ればいいのにね」
「あの方も多忙ですので、ご容赦頂ければと」
たしかに、そうだね。
今は戦争が終わったばっかりで、色々と国中を見て回ってるって聞いたし。
仕方ないかな。
「そっか。で、伝言って何?」
「それがですね。この泥合戦、リグレッタ様も参戦するように、とのことでして」
「え? なんで?」
「それが、その……」
なんだろ。
ベルザークさんが言い難そうにしてるってことは、変な理由なんだろーなぁ。
「もしかして、リグレッタに勝って初めて、ハナちゃんの特訓は終了を迎える! 的な感じなのかしら?」
「リッタに……勝つ?」
おぉ、ハリエットちゃんがそれっぽいこと言い出したよ。
でもね、クラインさんの思惑はきっと違うと思うんだ。
だから、ハナちゃん。
そんなやる気に満ち溢れた目をするのは、やめよーね。
「えっと、私が参戦するのはさすがに、まだ早いと思うんだけどなぁ」
「リッタ! 私だってもう、ミノタウロスさんに勝てるんだよっ!」
「うん。それは凄いことだと思ってるよ。ハナちゃん」
「むぅぅ」
私の反応が気に喰わなかったのか、ハナちゃんが機嫌を損ねちゃったよぉ。
でも仕方ないよね?
ハナちゃんにはまだ、固形物への魂宿りの術しか教えてないんだよ?
つまり、風とか火とかは操れないのです。
そんな事情を理解してくれてるのかな、ベルザークさんが言葉を続けました。
「私も、まだ早いと感じているのですが、あの方曰く、そこは上手くハンデを付ければいいだろ。とのことです」
「ハンデって。どうしてそこまでして私を参戦させたいのかな?」
やっぱり、何か意図があるようにしか思えないよね。
案の定、ベルザークさんは理由を知ってるっぽいし。
無言で彼を見つめ続けること数秒。
ついにベルザークさんは、その重たい口を開いたのです。
「この祭りを、もっと盛り上げろ。とのことでした」
「祭りって……まぁ、確かに、そう言われればそうなのかもしれませんわね」
納得しないでよ、ハリエットちゃん。
でもそっか、これがお祭りかぁ。
なんか、私とハナちゃんが祭り上げられてるだけにも思えるけど。
仕方ないかぁ。
ハナちゃんもやる気だし。
ここは、お姉さんとして―――お母さんとして、威厳ってやつを見せてあげるべきなのかもだね。
威厳なんて、私にあるのかなぁ?
あるのはせいぜい、解放者としての知見くらいなんだけどなぁ。
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