第142話 泥合戦
私たちがネリネのテラスで会食をしている間に、プルウェア聖教軍が少しずつ撤退を始めたようです。
やっと、戦争の無意味さに気が付いてくれたのかな?
それとも、何か企んでるのかな?
真偽は分からないけど、どの道、私たちが気にするべきことはもっと先にあるんだよね。
その先を見据えて、私は今、ネリネの修復に取り組んでいます。
ちなみに、ハナちゃんはノームのミノタウロスさんと一緒に解放者の術を練習してるよ。
自分の身を守るためにも、ある程度は使えるようになっててもらわないとだからね。
練習方法はズバリ、ハナちゃん軍とミノタウロス軍に分かれての泥合戦だよ。
前に森の中でやった雪合戦の応用だね。
でも今回は、ハナちゃん自身が泥のゴーレムを生み出さなくちゃいけないから、難易度はかなり上がってるはずです。
「あぶないっ! ちょっと皆、もっと泥を投げてよぉ! ぶへぇ!」
大地を司ってるノームのミノタウロスさんは、かなり手ごわいみたいだね。
今も派手に泥団子を顔に受けちゃってるよ。
ハナちゃんはまだまだゴーレムの作り込みが甘いみたいで、ミノタウロスさんの方が優勢だ。
でもまぁ、楽しそうではあるのかな。
良いなぁ。
私も混ざりたいなぁ。
ダメダメ!
私が入ったら、絶対に甘やかしちゃう自信があるのです!
って言うか、甘やかしたい。
だけど、それだとハナちゃんのためにならないよね。
ここはグッと我慢して、見守ることにしましょう。
そんなことを考えながらネリネの修復をしてる私に、ベルザークさんが声を掛けてきました。
「リグレッタ様、本当に行くのですか?」
「うん。ここはとても居心地が良いけど、ずっとお世話になる訳にはいかないし。それに、母さんのことも気になるからさ」
「例の、聖女のことですね」
「そうそう。ホリー君も言ってたけど、過去に崇められてたなら、きっと何か資料とかが残ってるんじゃないかって話。調べてみる価値はあると思うんだよ」
聖女として崇められていたソラリス母さんが、追われる身になってしまった。
その結果、多くの資料は消されちゃった可能性が高いらしい。
けど、逆に言えば、何故追われる身になってしまったのかは、知ることが出来るかもしれないよね。
歴史を記してきたのは、常に勝者なんだ。
そう語ったホリー君は、ブッシュ王国の王子として、どんな思いを抱いてたんだろう?
「母さんたちが追われてた理由。それが分かれば、私がプルウェア聖教国の人たちと仲直りする手がかりが見つかるかもしれないよね」
「失礼を承知で申し上げますが、あまり期待はしない方が良いと思います」
じゃあ、何をすればいいのかな?
ベルザークさんの言いたいことは分かるんだけど、代わりに何をすればいいのか、明確には教えてくれないよね。
まぁ、それこそ自分で選択するべきことだから、教えてもらおうなんて考えるのも、変な話なのです。
でも、ちょっとだけ意地悪な質問をしたくなっちゃうのは、許して欲しいなぁ。
「ベルザークさんは、期待せずに絶望して、全部撥ね退けちゃえば良いって思ってるの?」
「そ、そんなことはっ……。いえ、そうですね、結果的には、それと同じことを言っていると思います。現に我々《われわれ》は、戦争という形で、それを実践してきたのですから」
「そっか」
なんか、思ってたより重たい空気になっちゃったよ。
なんとかフォローしなくちゃ。
「まぁ、仕方ないんじゃない? きっと私が言ってることって、綺麗ゴトだもんね」
「……」
ベルザークさんやカッツさんがどんな風に考えてるのか、なんとなく理解してるつもりだよ。
これに気付けるようになったのは、きっとクイトさんと出会ったからだね。
それと、ラフ爺にも、色々と教わった気がするよ。
いつかの夜、ネリネのテラスで私に触れようとしてきたクイトさん。
あの時私は、クイトさんにもラフ爺にも、何も言うことが出来なかったんだよね。
今も、彼女に問われた『後悔を乗り越える方法』について、答えは持ち合わせてないのです。
でもね、あの時ラフ爺が言った言葉の意味は、少しだけ分かるようになった気がするんだよ。
「みんながみんな私みたいに強いわけじゃない、かぁ」
「リグレッタ様?」
「ベルザークさん。私って強いのかな?」
「それはもちろん。強いと思います」
「そっか」
ベルザークさんが言うのなら、きっとホントなんだよね。
だからこそ、私には私にしかできないやり方があるんだ。
ハナちゃんが蘇ったのなんか、一番分かり易い例だよね。
クイトさんが、ハナちゃんの身に起きた事を聞いたら、どう思うのかな。
きっと、羨ましいって思うんだろうなぁ。
だって、私が同じ立場だったら、きっとそう思うもん。
「あの、リグレッタ様」
「なに?」
「えっと、ネリネが……」
「あっ!!」
いけない!
考えゴトに集中しちゃってたせいで、変な感じに修復しちゃってた。
余計な壁を突き出させちゃったよ。
ダメだねぇ。
ハナちゃんに術を教えるなんて、偉そうなこと言えないじゃん。
修正はすぐに終わったけど、なんか、モヤっとしちゃいました。
でもまぁ、良いかな。
私だってまだまだ成長の途中なのです。
いつか、クイトさんに会った時、胸を張って話ができるようにならなくちゃ。
「先はまだまだ長いからね。ベルザークさんも、よろしくお願いね」
「っ!? はい! もちろんです! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
深々とお辞儀をするベルザークさん。
照れくさい感じを隠すために、私は作業に集中しました。
そうして、出来上がったネリネをサラマンダーの背中に乗せます。
クマさんとは違って、背が低いサラマンダーの背中は、比較的乗せやすいです。
その代わり、ネリネに直接熱が伝わらないように、岩の甲羅を準備しなくちゃだったけどね。
「これじゃあ、トカゲっていうより、亀っスね」
作業が終わるころに現れたカッツさんが、そんなことを言います。
「まぁ、機能性重視だよね」
「でもなぁ、なんていうか、ダサいって言うか」
「何? 文句があるの? それじゃあカッツさんだけは、サラマンダーの沸かした温泉に入れてあげないからね」
「じょ、冗談っスよ! 最高っス! 亀、サイコー!」
馬鹿にしてるよね。
でもまぁ、カッツさんらしいかな。
「ふぅ。これでネリネの準備も終わったね」
それじゃあ、ハナちゃんの泥合戦の見学でも行こうかな。
ハリエットちゃんやフレイ君が、ハナちゃんの応援に来てるみたいだし。
私も混ぜてもらおう。
もちろん、応援にだけどね。
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