第139話 ガッツポーズ
あくる日のお昼間。
私は主要な関係者を、ネリネのテラスに招待しました。
クラインさんとベルザークさん、ペンドルトンさんにハリエットちゃんとホリー君。
カッツさんとカルミアさんにも来てもらってるね。
皆と話をするのなら、せっかくだしご飯を食べながらお話しできればなと思ったんだ。
朝からテラスにテーブルを並べて、ハリエットちゃんと一緒に準備をしたのです。
フランメ民国で採れた野菜やお茶は、とてもおいしいんだって。
ベルザークさんが、この国の料理を教えてくれるって話になったんだけど。
ハリエットちゃんも、心なしか気合が入ってるように見えたよ。
素朴だけど野菜の旨味を活かした郷土料理は、すごくいい香りです。
って、なんかご飯の事ばっかりになっちゃってるや。
楽しみにしてるのは間違いじゃないけど、この会食の主な目的は別にあります。
議題はもちろん、ハナちゃんのこと。
一昨日の件があってから、いろんな人がハナちゃんに話を聞かせて欲しいって言って来てたのです。
昨日は一日中、私がハナちゃんを独占しちゃってたからねぇ。
仕方ないから、こうしてお話をする機会を作ってあげたんだよ。
ハナちゃんと話をしたいなら、私を通してもらわなくちゃ!
なんちゃって。
別にそんな許可は要らないワケだけど。
ハナちゃんもまだ慣れてない状態で、人が近づくのは危険なのです。
せめて、魂を見て人が近づいてくるのを認識できるくらいになってから、皆とお話をしよう。
なんて思ってたんだけど。
そもそもハナちゃんって、耳も鼻も良いから、ちゃんと意識してれば大丈夫なんだってことに気が付いたんだ。
というワケで、即席の会食を始めましょう。
始まってすぐ、ハナちゃんに話を斬り込む人はいなかったよ。
まぁ、時間も時間だし、みんなお腹が減ってるんだよね。
「ベルザーク様。その、お味の方はどうでしょうか?」
「えぇ。とても上手に作られています。普段から料理をされているだけはありますね。とても美味しいですよ」
「あ、ありがとうございまふ!」
「これを、お前が作ったのか?」
「ペンドルトンお兄様。はい。私が作りました」
得意げに告げるハリエットちゃん。
よっぽど嬉しかったんだね、口元が緩みそうなのを必死にこらえてるみたい。
そんな彼女を見た後、静かに目を閉じて料理を味わったペンドルトンさんは、ゆっくりと口を開きました。
「ベルザーク。貴様にこの料理をやる訳にはいかん」
「それは、どういった意味でしょうか? ペンドルトン殿下」
「お、お兄様!? 何を言っていますの?」
「でたよ、兄さんの過保護な言動」
呆れたって表情を浮かべるホリー君の隣で、ハリエットちゃんとペンドルトンさんが喧嘩を始めちゃった。
でも、兄妹喧嘩くらいなら可愛いもんだよね。
2人の対面に座って様子を見てるベルザークさんも、どこか微笑ましい物を見るような目になってるし。
「いつも通り、賑やかっスねぇ」
「そうだねぇ。でもこれくらいが居心地がいいんだよねぇ」
「その、申し訳ありません。リグレッタ殿」
「ねぇリッタ。お肉ってないのかな」
「ん。あっちにあるよ。ほら、練習したみたいに、お皿とスプーンで取り分けてみてよ。私がサポートするからさ」
「うん! やってみる!」
やらせておいてなんだけど、これは失敗だったなぁ。
魂宿りの術に関しては、ハナちゃんも使えるのです。
でも、どうしてなのかな。
ハナちゃんの魂が宿った子は、すぐに踊り出しちゃうんだよねぇ。
ハナちゃん、そんなにウキウキしてるのかな?
そんな魂が宿ったお皿とスプーンにお肉の取り分けなんてさせちゃったら、大変なのです。
飛び散るソース、荒ぶるお皿。
そして、汚れるテーブルクロス。
人の方に飛んでったソースは、私が準備させてた大皿が防いでくれたけど。
まぁ、あれだね、お行儀の良い食卓って感じじゃないね。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だよ、ハナちゃん。今できないことを明日できるようになるように、練習を続けて行こうね!」
「うん。頑張る」
喧嘩もおさまって、温かな視線を全身で受けながら、ハナちゃんが大きく頷きます。
「はた迷惑な親子っスね」
「もうっ! カッツさんったら! 親子だなんて、照れるじゃん」
「えへへ。うれしー」
「いや、皮肉のつもりなんスけど」
皮肉だなんて、またまたぁ。
素直に認めてくれればいいのにね。
なんてことを考えてたら、ずっと静かだったクラインさんが、ぽつりと告げたのです。
「ホントに解放者になったんだなぁ」
そんな言葉を皮切りに、ハナちゃんに集まってた視線の色が変わりました。
「……そうですね。見た目で分かるとはいえ、まだ少し違和感があります」
「兄さんですらそう思うのですね。私達はここまで一緒に旅してた分、より強い違和感を覚えています。あ、でも、その髪の色も似合ってるわよ、ハナちゃん」
「ありがと!」
カッツさんが、「それは今関係ないっスよね?」って言いたそうにしてたよ。
私と目が合って、口を噤んだみたいだけど。
その判断は、正しいと思う。
次は誰が言葉を発するのか。
誰もが様子を伺おうとしたその時。
ホリー君が立ち上がりました。
「あの。ボクなりにハナちゃんの身に起きた事を整理してみたのですが。聞いていただけますでしょうか」
もちろん、誰も彼の言葉を遮る人はいないよね。
私としては、ホリー君の話を待ってたくらいだし。
そうして彼は、カッツさんやカルミアさん、そしてクラインさんから聞いたという情報を元に、話を整理してくれました。
起きた出来事をざっと言った後、彼は眼鏡をかけ直しながら続けます。
「イージスさんもソラリスさんに触れて命を落とし、その後、蘇った時には解放者になってた。これはハナちゃんとの共通点だとボクは思ってる。だけど、分かっていない部分があるんだ。それは、ハナちゃんは長い年月をかけて蘇ったと言えるけれど、イージスさんは……」
「ちょ、兄さん、長いってば。もうちょっと簡単に話してよ!」
ありがとう、ハリエットちゃん。
ホリー君ったら、こういう話のときはすぐに熱が入るよね。
本人も自覚はあるみたいだし、よしとしましょう。
「あ、ごめん。簡単に。そうだな。1つハナちゃんに聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「うん」
「ソラリスさんとイージスさん。2人と旅をしてた頃のことは、覚えているのかい?」
そんな彼の問いかけに、ハナちゃんは簡潔に答えたのです。
「うん。覚えてるよ」
「っし」
小さくガッツポーズを決めるホリー君。
よっぽど嬉しかったんだね。
恥ずかしさに顔を赤く染めながらも、キラキラと目を輝かせる彼は、とても楽しそうなのでした。
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