第138話 2人きりの時間
「良い? ハナちゃん。どんな時でも油断しちゃダメなんだからね」
「うん」
「でも、全部自分だけで解決できると思うのもダメなんだよ」
「分かった」
「だから、まずは手始めに魂宿りの術に慣れるところから始めよっか」
「昨日やったよ?」
「毎日続けなくちゃ、慣れたとは言えないよ?」
「は~い」
神樹ハーベストのテラスで、私はハナちゃんに解放者としての生き方を教えています。
それというのも、今朝、結構危ないことがあったことが発端でした。
目覚めと共に、ハナちゃんの可愛い寝顔を拝んだ私は、まだ寝てるハナちゃんを起こさないように、キッチンに向かったんだ。
それからしばらくして、ハナちゃんが廊下を走って来てたんだけど、その時、危うくベルザークさんとぶつかりそうになったんだよね。
当の本人は、
「お2人に命を預けることが出来るのであれば、本望です」
なんて言ってたけど、冗談になってないから。
この時は、ベルザークさんの反射神経と、ハナちゃんの傍にいたシーツの機転のおかげで、助かったんだよね。
でも、これから先も同じことが起きる可能性が高いから、こうして2人きりで私のノウハウを教えてあげています。
ふふふ。
2人きりの時間が増えるのは、嬉しいね。
まぁ、私の事情はさておき、そんなことがあったもんだからハナちゃんも真剣に取り組んでくれてるのです。
そう考えたら、父さんと母さんは私が森の外に出ることを見据えてたのかな?
懐古の器でもそんなこと言ってたし、きっとそうだよね。
「これで良いの?」
「そうそう。自分の魂を分け与える感じだよ」
「んっ」
「分け与えながら、意識を集中して、魂の流れを見ることは出来る?」
「集中? 流れを見る? 分かんないよぉ」
まぁ、まだ始めたばかりだから難しいよね。
一応、魂宿りの術は成功してるみたい。
その証拠に、ハナちゃんの掌の上でスプーンが躍ってる。
昨日も出来てたから、分かってはいたけどね。
それにしても、陽気なスプーンだ。
ハナちゃんも尻尾を振ってるし、似たのかな?
「魂を見る練習は、これからどんな時でもずっと意識しておこうね。そしたらきっと、見れるようになるよ」
「うん。分かった」
「何か聞きたい事とかある?」
昨日、色んなことが起きたわけだけど、一番変化を感じてるのは、ハナちゃん自身のはずだからね。
踊るスプーンに視線を落としたハナちゃんは、少し考えた後、口を開きました。
「リッタもこうやって練習したの?」
「そうだよ~。母さんと父さんが、教えてくれたんだ」
「そっか。ソラリスさんとイージスさんが」
そう言えば、ハナちゃんはリンちゃんとして母さんたちと一緒に旅をしてたんだよね。
若い頃の2人を知ってるのかぁ。
ちょっと羨ましいなぁ。
2人とどうやって出会ったのか。
どうして指輪の中にいたのか。
こんど、ゆっくりと時間を作って聞いてみないとだね。
そんなことを考えてると、ハナちゃんが急にモジモジしはじめたよ。
「どうしたの? ハナちゃん。おトイレ?」
「違うよっ!」
おトイレじゃなかったみたいです。
じゃあなんだろ?
「あのね。私はリッタに教えてもらってるよ?」
「そうだね」
「だからね、その、リッタ、お母さんみたいだねっ」
「……っ。ごめんハナちゃん、いま急に風が吹いて聞こえなかったから、もう一回言ってくれる?」
「風なんか吹いてなかったもん!!」
いや、吹いてたよ?
その衝撃で、心臓が跳ね上がるかと思ったんだもん。
なんてね。
もうちょっと粘りたいところだけど、これ以上を求めるのは欲張りだよね。
ハナちゃん、顔を真っ赤っかにしてるし。
今度、ハナちゃんの好きな串焼きを食べさせてあげたら、もう1回言ってくれるかな?
あぁ、串焼きのことを思い出したらお腹が減って来ちゃったよ。
「ハナちゃん。そろそろ一回休憩にしようか」
「休憩? うん!」
お日様を見る感じ、もうお昼近いしね。
そういえば、今日は結局、プルウェア聖教軍は攻めてこないのかな?
ベルザークさん曰く、
「ハナちゃんが息を吹き返したことが、奴らにとっても大きな意味を持つのでしょう」
ってことらしいけど。
どうなんだろうね?
そう言うベルザークさんとフランメ民国は、今日は朝からお祭り騒ぎになってるけど。
警戒してテラスで戦場を見張ってた私が、馬鹿みたいだよ。
2人で神樹ハーベストの中に戻って、ネリネを目指して歩く。
そんな道すがらも、ハナちゃんはスプーンの踊りを眺めて、嬉しそうにしてるのです。
ネリネに着くと、ホリー君とハリエットちゃんが出迎えてくれました。
「リグレッタ! ハナちゃん! やっと会えたわ!」
「昨日の今日は、やっとって程じゃないでしょ」
「それは気持ちの問題よ! それよりもっ! ハナちゃん、遅くなったけど、昨日はありがとう」
「え?」
「妹を救ってくれたと聞いてるよ。ボクからも礼を言わせてほしい。ありがとう」
「ううん。結局、リッタが居なかったら何もできなかったよ」
「そんなことないわ。あなたのおかげで、私は今ここにいるのだから。感謝くらいはさせてちょうだい」
そう言ってハナちゃんに歩み寄ろうとしたハリエットちゃん。
でも、すぐにそれは出来ないことを思い出したみたいだね。
恥ずかしそうに、はにかんでる。
「実際、ハリーの身に何かあってたら、兄さんが暴走してたかもしれないからね。そうなってたら、リグレッタの宣言も無視して、事態は悪化してたはずだ」
「あはは。それは大変そうだね」
実際そうなってたら、止めるのはきっと私だったから、笑い事でもなんでもないんだけど。
そういう意味でも、ハナちゃんには感謝しなくちゃ。
ペンドルトンさんの元に行くという2人を見送って、私達はキッチンに向かう。
別れ際にホリー君から、いつでも良いから時間を作ってハナちゃんと話をさせて欲しいってお願いされちゃったよ。
彼の事だから、解放者になったハナちゃんのことを調べたいんだろうね。
近い内に、皆で話す場を設けましょう。
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