第135話 迷子
知っての通り、俺はそんなに頭が良いわけじゃないっス。
戦闘力も高くないし、身分が高いわけでも無い。
誰かに自慢できるようなモノって言うと、この薄汚れた手くらいっスかね。
それも、同業者にしか通じないわけだけど。
でも俺は、自分のことを情けのない奴だなんて思ったことないっスよ。
俺は俺で、精一杯生きてるんだ。
だからっスかね。
誰かのことを助けたい。
誰かのために、何かをしてあげたい。
そんなことを言う奴のことを、心のどこかで馬鹿にしてたっス。
“それ”を見るまでは。
俺は今、神樹ハーベストの中心に居るっス。
何でそんなところに居るかって?
簡単っスよ。
リグレッタと邪龍ベルガスクが戦闘を始めた時、俺は反動で空高くに弾き飛ばされたっス。
おかげで戦闘に巻き込まれることは無くなったけど、これは地面に落っこちて死ぬっスねぇ。
なんて考えてる間に、上も下も分からぬまま、神樹ハーベストの中に落ちたっス。
正直、落ちどころが良かったっスね。
奇跡っス。
落下してきた俺を、どでかいエント達が受け止めてくれたおかげで、こうして生きてるってワケなんだから。
あとは、神樹ハーベストの中で事の成り行きを見守っておこう。
どうせ、俺に出来ることはもう、何もないから。
そう思って、ハーベストの中心にあるクラインの巣の近くで、少し休憩をしようとした時。
視界の端で、チラチラ動く何かを見つけたっス。
それは、小さな折り鶴だったっス。
なにやら一枚の紙きれが入った袋を引きずりながら、地面に身体をこすり付けてる折り鶴。
意味が分からなかったけど、取り敢えず紙切れを手に取った俺は、それが手紙だってことに気が付いたっス。
『りったへ』
つたない文字で書き出されたその手紙。
こんなの、誰が誰に宛てた手紙なのか、俺でも理解出来たっスよ。
どうしてこんなところにあるのか。
そもそも、なんでこの折り鶴が手紙を持ってるのか。
混乱する俺の背中に、声がかかったのはその時だったっス。
馬に乗ったカルミアと、彼女の頭上をク舞うクライン。
なんでも、俺が弾き飛ばされたことに気付いた2人は、救助のために来てくれたらしいっス。
優しいっスね。
いや、俺がサボるのを阻止しようとしただけっスかね?
まぁ、そんなことはどうでもよくて、俺はすぐに折り鶴と手紙のことを伝えたっス。
リグレッタの兄弟のクラインなら、何か知ってるかもしれない。
なんてことない、思い付き。
でもそれは、案外間違っていなかったようで、何かを思い出した様子のクラインは、慌てて地面に降り立った。
そして、リグレッタがするのと同じように、岡の中、つまり地面の中から、小さな箱を取り出して見せたっス。
「その中身を、すぐにリグレッタの元に持っていけ!! 早くするんだ!!」
急かされるままにカルミアの乗って来た馬に飛び乗った俺は、リグレッタの元に向かう道中で、その箱の中身を確認したっス。
入ってた“それ”は、小さな指輪。
なんでこんなものが、あんな場所に?
指輪なんて、地面に埋めるようなモノじゃないっスよね?
でも、俺は知ってるっス。
っていうか、今までにもたくさん見て来たっス。
リグレッタとその両親たちは、なにかと大切なモノを地面に埋めがちっスよね。
今回もきっと、大切なモノに決まってる。
だって、クラインが慌てて渡すように言うくらいっスから。
あの子からリグレッタに宛てて書かれた手紙と、それを持った折り鶴が、この箱に反応してたっぽいし。
どっちにしても、指輪も手紙も、リグレッタにとっては大切なモノに違いないっスよ。
でも変っすね。
この手紙はリグレッタに宛てられた手紙なんだから、戦場にいる彼女の元に行くべきなんじゃ?
神樹ハーベストの中で迷子になってる場合じゃないっスよね。
……迷子。
そう言えば、宛先が分からなかった手紙って、どうなるんだっけ?
乗馬しているせいで痛む尻をなるべく意識しないように、考え込む俺。
そろそろ頭が限界だと思い始めたその時。
戦場の喧騒の中から、ベルザークの声が聞こえてきた。
「ハナちゃんが、そのようなことを望むわけがないでしょう!」
なんスか、それ。
その言い方はまるで、ハナちゃんが死んだみたいじゃないっスか。
「まさかっ……!?」
背後で馬を操るカルミアも、小さな声で呟いてるっス。
そうっスよね?
信じられるわけがないっスよね?
危険な状況だったのは、確かっスけど。
でもっ。
「それはどうであろうか? 案外、その小娘も、望んでいるのではないか?」
ベルガスクが、俺やカルミアの疑念を裏付けるようなことを言ってる。
ふざけるなよ。
それじゃあ、これはどうするんスか?
この手紙。ハナちゃんからリグレッタに宛てられた手紙。
つたない手紙に書かれてるその言葉を、もしリグレッタが見たら。
きっと、辛すぎて泣くに決まってるっス。
渡さない方が、良いっスね。
どうせ、手紙は迷子になって、送り主の元に帰ろうと……。
あれ?
ちょっと待つっス。
……そういうことっスか!?
なんで気づかなかったんスか! 俺!!
そういえばこの指輪、懐古の器で何度も見てたっスよね!?
リンじゃないっスか!?
ソラリスとイージスと一緒に居た、リンっスよ!!
そんなリンの元に、手紙が帰ろうとしてた!?
それってつまり、そういうコトっすよね!?
興奮のあまり、リグレッタを呼ぼうとした俺。
そんな俺の耳に、聞き捨てならぬ言葉が聞こえてくるっス。
「死とはすなわち、終わりのことだ。終わりがなければ循環は無い。つまり、プルウェア様の教えだ」
なぁにが、プルウェア様の教えっスか!
お前の本音を、俺は知ってるっスよ!!
アレが演技だったなんて、言わせないっスからね!!
リグレッタがやけくそになって全部を壊し始めたら、収拾がつかない。
なによりも、ハナちゃんが悲しむっスよ。
「何百年も待ってたってコトっスからね。さすがに、これを馬鹿になんてできないっス!!」
そして俺は、リグレッタに向けて声を張り上げた。
「止めるっス!! リグレッタ!! そいつはデッカイ嘘つきっスよ!! 利用されてるだけっス」
不安定な馬の上に立ち上がり、指輪と手紙を袋に入れ、折り鶴に持たせる。
「それから! 誰も死ぬなって命令したのは誰っスか!!」
リグレッタが、ちょっとだけ文句を言いたそうにしてるっスけど。
まぁ、良いっス。
その文句は、後でしっかりと聞くっスからね。
今は、思いだしてもらおう。
彼女が掲げた綺麗ゴトを。
「リグレッタの! お前の! お願い事を、あの子が簡単に諦めると思ってるんスか!!」
まさか、盗むことしか取り柄が無いと思ってたこの手が、人に何かを届けることが出来るなんて。
思ってもみなかったっス。
フラフラと飛び立つ折り鶴。
それを受け取ったリグレッタが、大粒の涙を流し始めたのは、ほんの数秒後の事だった。
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