第134話 私の間違い
フサフサの尻尾も柔らかそうな頬っぺたも、小さな手も。
初めて出会った時から、ずっと触りたかった。撫でたかった。
ギューッとしてあげたかった。
でも、それは叶わない願いなんだよ?
叶っちゃいけない願いだったんだよ?
嫌だよ。
こんなことなら、叶わない方が良かったのに。
「ハナちゃん……痛かった? 踏みつけられたんだもんね? そりゃ、痛かったよね?」
私の腕の中でぐったりしてるハナちゃんは、何も反応してくれません。
頬っぺたを撫でてみても、表情は変わらない。
きっと、ハナちゃんなら、ニカーッて笑ってくれると思ってたんだけどなぁ。
私の撫で方が悪いのかな?
誰かの頬っぺたを撫でたことないから、分かんないや。
「今、地面に降ろしてあげるからね」
そうしたら、もしかしたら。
私から離れてしまえば、ハナちゃんが目を醒ますかもしれない。
そんなこと、ないのかな?
落っことさないように、ゆっくりと高度を下げた私は、抱えてたハナちゃんを地面に寝かせてみました。
可愛い寝顔。
昨日まで、この可愛い寝顔ならいつまででも見ていられるって思ってたけど。
嫌だよ。
もう、寝顔しか見られないなんて、嫌だよ。
もっと笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり。
沢山見たかったのに。
一緒に居たかったのに……。
「ハナちゃん……ハナちゃん。返事してよぉ」
どうしてこんなことになっちゃったのかな。
戦場にハナちゃんを連れてきちゃったから?
どこだろうと、私の傍に置いておくべきだった?
それとも、私が死神の森を出ちゃったから?
どれも違うよね。
だって、ハナちゃんの命を奪ったのは、他の誰でもない。
私なんだもん。
私がハナちゃんと出会ってなかったら。
そもそも、私が生まれてなかったら。
きっと、こんなことにはならなかった。
生まれてきたこと自体を、後悔することは無い。
なんて、デシレさんに言ったけど。
あれは私の間違いだったみたいです。
「ごめんね、ハナちゃん。私のせいで」
嗚咽のせいで、その先の言葉が出せなくなっちゃった。
あぁ。
そっか。
きっと、クイトさんも今の私と同じように感じてたのかな?
だってそうだよね。
このまま、ハナちゃんを失った世界で、生きてく意味ある?
それならいっそ……。
「リグレッタ様!! しっかりなさってください!!」
不意に聞こえてきたのは、ベルザークさんの声だね。
あれ? どうしてこんな場所にベルザークさんがいるの?
「リグレッタ様! よく聞いてください! ベルガスクが空の小鳥を叩き落とし始めました! このままでは、プルウェア聖教軍に押し込まれて、全員死んでしまいます!」
「全員……」
私を取り囲んでるフランメ民国の兵隊さん達の顔が、すごく暗いね。
でも、そっか、全員死んじゃうのか。
それってきっと、プルウェア聖教軍の攻撃で死んじゃうって意味だと思うけど。
私と一緒に居ても、全員死んじゃう可能性、高いんじゃない?
「ベルザークさん。もう、良いよ。このまま撤退して。あとは、私が全部やるからさ」
「リグレッタ様? 全部やるとは、どういう意味ですか?」
「……」
「バカなことを言うのはやめてください! ハナちゃんが、そのようなことを望むわけがないでしょう!」
「それはどうであろうか? 案外、その小娘も、望んでいるのではないか?」
そんなことを言いながら、邪龍ベルガスク―――ライラックさんが、近づいて来た。
腕を斬り落とされても、普通に動けるのは凄いね。
それに、一斉に飛んでくる矢を全身に受けても、全然気にしてないみたい。
あれ?
カッツさんが、いないや。
もしかして、彼も?
そう考えたら、お腹の底の方から、怒りが沸々と湧き上がって来ました。
「どうして、こんなことしたの?」
「こんなこと、とは?」
「ハナちゃんとか、カッツさんとか」
「それは不思議なことを言う。吾輩はただ、誰も死なぬ世界など、認めるわけにはいかなかったのだよ」
「どうして!!」
「死とはすなわち、終わりのことだ。終わりがなければ循環は無い。つまり、プルウェア様の教えだ」
「プルウェア……」
また、それなんだね。
もううんざりだよ。
もしかして、プルウェア聖教が消えて無くなるまで、ずっと続くのかな?
だったら、この世界を去る前に、無くしてあげてた方が良いのかもしれないね。
「もう、どうでも良いや」
「リグレッタ様? なにをなさるおつもりですか?」
「良いでしょ。もう。ハナちゃんが死んじゃったんだから、どうせ私は約束を守れてないんだよ。だったらもう、全部壊しちゃった方が……」
「やれるものなら、やってみるがいい」
私の言葉を遮るように、ライラックさんが煽ってくる。
もしかして、私にはできないって思ってるのかな?
そんなことないのにね。
やろうと思えば、いつだって―――
「止めるっス!! リグレッタ!! そいつはデッカイ嘘つきっスよ!! 利用されてるだけっス」
突然、背後からカッツさんの声が響き渡って来た。
生きてたんだね。
良かった。
でも、デッカイ嘘つきって、どういう意味だろ?
カルミアさんと一緒に、馬に乗って現れたカッツさんは、不安定な馬の上に立ち上がった。
「それから! 誰も死ぬなって命令したのは誰っスか!!」
そんなの、言われなくても分かってるよ。
湧いて来る文句を、言葉にしてぶつけてしまおう。
そう思って口を開いた瞬間。
カッツさんが叫んだのです。
「リグレッタの! お前の! お願い事を、あの子が簡単に諦めると思ってるんスか!!」
叫ぶと同時に、何かを宙に放り投げたカッツさん。
フラフラと宙を舞いながら、着実に私の元に飛んで来たそれは。
1羽の折り鶴でした。
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