第132話 不穏な臭い
「しつこいですね!!」
「それはこっちのセリフっスよ!!」
「カッツさん!! もっと足を抑えてよ!」
「分かってるっス!!」
お互いの耳を引っ張り合いながら、地面を転がる2人のハナちゃん。
間違いないっスね。
ボブヘアーのハナは、十中八九、ライラックだ。
コイツは、想像以上に頑固みたいっスね。
ま、ハナちゃんも、変わらないみたいっスけど。
「あなた、またリッタを襲いに来たの!?」
「襲うなどとんでもない。私はただ、お灸を据えてやろうとしているだけですよ!!」
「させないもん!!」
言葉の応酬を繰り広げる2人。
同じ姿をしてるだけあって、力は互角みたいっスね。
だったら、俺が加勢してる分だけ、ハナちゃんが有利なハズ。
なんスけどね。
それはあくまでも、同じ姿であることが前提なんスよ。
そんなことは重々承知してるのか、ライラックは見る見るうちに姿を変え始めたっス。
しがみ付いてる足が、一気に太さを増してく感覚。
うぅぅ。気色悪いっスね。
出来れば手を離して距離を取りたいっスが、それはできない話っス。
「その姿っ!」
「知り合いっスか!?」
ライラックは男の獣人に姿を変える。
ハナちゃんの反応を見るに、きっと、ハナちゃんと一緒に住んでたって言う獣人の誰かなんだろう。
質の悪いことをする奴っス。
それに、マズいっスね。
これ以上は、俺達だけで抑えられないっスよ。
「邪魔ですっ!!」
「あぅっ!」
ハナちゃんが短い悲鳴を上げて尻餅を付いた。
この野郎。
幼い女の子の額に、頭突きを決めやがった。
赤くなった額を摩るハナちゃん。
そんな彼女を無視して身構えたライラックは、ハリエットを狙ってるみたいっス。
それにしても、ムカつくっスね。
俺のことは完全に無視っスか。
そっちがその気なら、俺も本気を出すしかないっスよ。
「ガブッ」
「っ―――!?」
走り出したライラックの太ももに、盛大に噛み付いてやったっスよ。
直後、足を止めたライラックの拳が、俺の頭を叩きつけて来る。
あー。
後頭部が痛い。
クソッ。
殴りすぎっスよ。
口の中……血の味がするっスね。
さすがに、殴られてる間は食らいつかない方が良かったっスか?
いいや、違うっスね。
効いてるからこそ、俺を引きはがすために、殴ってきてるんスよ。
効いてると分かれば、止めるわけにはいかないっス。
「ぐっ! この、噛み付くんじゃない!! キミは犬ですか!?」
そんな大層なもんじゃないっスよ。
俺はただの、ゴミ屑っスからねぇ。
多分、歯が何本も折れてるっスね。
そのおかげで、鋭く尖った歯が、ライラックの太ももを削いでくれる。
へっへっへ。
足を引っ張ることに関しては、得意分野っスからね。
それでも強引に、周囲に集まり始めている兵隊をはね飛ばしながら、前進するライラック。
獣人になっているだけあって、身体は頑丈ってコトっすか。
体勢を立て直したハナちゃんが、加勢してくれるけど。
正直、このままじゃ止められないっス。
「うっとおしいですね! ですが、それも無駄な足掻きです!!」
そう叫ぶライラックは、全身の毛を逆立てたかと思うと、俺やハナちゃんを引きずったまま、勢いよくハリエットの元へ飛び掛かった。
「きゃぁ!!」
響き渡るハリエットの悲鳴。
その悲鳴を聞き、思わず顎を噛み締めた俺の顔面に、ライラックの太ももから鮮血が噴きつける。
最悪っスね。
でも、全部が悪い方向に向かったわけじゃなかったらしいっス。
「良い足掻きだ、カッツ」
「ベルザーク様!」
「ハナちゃん、その男を拘束します! 行けますか」
「うん!」
「っ……」
いつの間に現れたのかは分からないっスけど、ベルザークがハリエットを救ったみたいっスね。
くそ。
カッコいいじゃないっスか。
俺とは全然違うっスね。
癪っスけど、後は任せた方が良い。
ベルザークの登場で、周囲の兵隊も皆、士気が上がってるみたいだし。
さすがのライラックも、観念するはず。
ほら、四方八方をフランメ民国軍に囲まれた奴は、空を見上げて、茫然と立ち尽くしてるっス……。
「……なぜですか」
これ以上、ライラックに食らいつく必要がない。
俺がそう思った瞬間、奴がポツリと呟いた。
直後、凄まじい風と共に、ライラックの背中から巨大な翼が生えて来る。
その翼が巻き起こす風が、俺の元に飛んで来ようとしてる万能薬の小鳥を、悉く弾き飛ばしてしまったっス。
でも、そんなことに気を取られてる余裕は、既になかったんだ。
「ぅお!? 手が!!」
気が付いた時には、俺の右手が巨大な鱗の隙間に挟まってるっス!!
「っ! はずれろ!」
慌てて鱗の隙間から手を引き抜こうとしてみるっスけど、量も大きさも増大してく鱗に、どんどん飲み込まれてしまうっス。
「カッツさん!!」
「ハナちゃん! こっちに来るな! 離れてろっス!」
俺の状況に気付いたらしいハナが、駆け寄ってくる。
すぐに離れるように叫んだんスけどね。
少し遅かったみたいっス。
邪龍ベルガスクへと変貌を遂げたライラックの腕が、瞬く間に、ハナちゃんを踏み付けてしまった。
「ハナちゃん!!」
「リグレッタを……解放者を変えたのは、お前だな?」
「ぐっぅ……」
「お、おい! すぐにその足を退けるっスよ!!」
微かなうめき声が、ベルガスクの腕の下から聞こえて来る。
今ならまだ、リグレッタが生み出した小鳥たちの力で、彼女を救うことが出来るはずっス。
そうっスよ。
リグレッタが、誰も死ぬことを許さないと宣言したんスから。
ハナちゃんが死ぬわけ、無いっスよね?
俺の内に湧き上がった希望は、しかし、続くベルガスクの言葉で、あっけなく揺らいだ。
「皆殺し以外、ありえんぞ! 我には、その権利がある! 何人たりとも、邪魔建ては許さぬ!!」
そう告げた邪龍ベルガスクは、大きな翼で風を生み出し、空へと上昇を始めたっス。
手には、息の薄いハナちゃんを握りしめて。
もちろん、鱗に右手を挟まれた俺も一緒っスよ。
万能薬の小鳥たちも、ベルガスクの巨体に近づくことはできないみたいっス。
仮に近づけたとしても、ベルガスクの野郎が治療を許すわけがないっスよね。
こうなってしまったら、あとはもうリグレッタを信じるしかないっス。
ははは。
なんか、笑えるっスね。
まさか、彼女の掲げた綺麗ゴトに、縋るしかないなんて。
「ちっとも笑えねぇ話っスよ」
鋭い風のせいで、さっきまで殴られてた頭がヒリヒリと痛むっス。
この痛みだけで、済んでくれればいい。
漂い始めた不穏な臭いに吐き気を催しながら、俺は真摯に願ったっス。
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