第131話 綺麗ゴト
リグレッタの宣言は、俺のいる後方まで響いてきたっス。
その内容は予想外すぎて、正直、理解するのに少し時間が掛かった。
彼女が何かしようとしてることは、ネリネ組全員が気づいてたっスけど。
フランメ民国軍の動揺っぷりが、リグレッタの独断を物語ってるっスよ。
どこか、彼女らしくもあり、彼女らしくない宣言。
きっとラフ爺が居たら、あの子はあれで良い。とかなんとか言うんスよね。
簡単に想像できるっス。
「まぁ、実現するんなら、俺としては歓迎っスけどねぇ」
戦争に行くように命令されることも、飢えて盗みを働く必要性も、同時に無くなる。
それはまるでこの世の楽園のようで、俺みたいな最底辺の人間にとっては、耳にタコができるくらい聞き飽きた言葉かもしれないっス。
綺麗ゴト。
今、戦場のど真ん中でリグレッタが宣言したことを、簡単に説明するとしたら。
きっと、そんな名前が付くと俺は思うっス。
そんな綺麗ゴトを、彼女は本気で実現しようとしてるんだ。
触れるだけで命を奪える死神が、命を奪うなと豪語する。
これ以上の皮肉は無いっスよね?
でも、俺達は知ってるんスよ。
ここに至るまでに、彼女は誰一人として命を奪っていない。
俺達と出会う前に、森で暮らしてた頃のことは知らないっスけど。
少なくとも、命を奪うコトよりも、もっと他のモノに関心を持っている印象しか、無いっスね。
茶と風呂と飯と、それからハナちゃん。
ただ、残念なことに、このことを知っているのはネリネ組だけであって、その他大勢は彼女のことを理解していないんスよね。
必然的に、綺麗ゴトを宣言する彼女の姿は、言葉巧みに人を惑わしているようにしか、映っていないはず。
だからこそ、辺りにいる兵隊たちは動揺して、騒めいているのだ。
なぜ、敵まで不死にしてしまうのか。
いっそのこと、敵だけを皆殺しにしてしまえば良いじゃないか。
一方的な殺戮こそ、俺達が望んでいる事なのに。
辺りから漏れ聞こえて来る不満の数々。
俺だって、リグレッタ達と一緒に旅をしてなかったら、同じような愚痴を零してたはずっス。
「リグレッタが思うほど、人間ってのは賢くないってことっスね」
馬鹿で愚かで怠け者。
そんな屑の代表として、俺は今もこうして仕事をサボっている最中っスよ。
作った万能薬を、神樹ハーベストから後方支援部隊の元まで運び届ける。
そんな重労働を、何往復もしていたら、腰が痛くなるってもんっスよね。
積み重ねられた荷物の影で、ちょっとだけ体を休めるくらい、許されるべきっス。
そもそも、リグレッタが万能薬で出来た鳥を大量に飛ばしてるんスから、もう不要でしょ。
攻撃してもされても、どちらも怪我を負わないのなら、戦争も成り立たないし。
つまり、この戦争はこのまま終わるに決まってるっス。
はぁ。
そう思うと、どうしてか気が抜けるっスね。
なんなら、このままどこかの酒場に入って、酒の1本や2本、くすねていくのもいいかもしれないっスよ。
そう考えた俺が、一瞬、嫌な男の顔を思い出した時。
当の本人が、俺の隠れてる積み荷の前を横切って行ったっス。
あの日、あの酒場で話した、あのオッサン。
名前も知らないオッサンの事なんか、早く忘れてしまいたいんスけどねぇ。
どうにも、あの臭いを、すっきり忘れることが出来ないんスよ。
「それにしても、やけに怒ってる感じっスね」
やっぱり、リグレッタの宣言が気に喰わなかったってことに違いないっス。
見付かったら、またあの時みたいに愚痴に付き合わされるかもしれない。
出来る限り気配を消しながら、俺はオッサンの後姿を目で追った。
『ずっとずっと苦しめてやらねぇと気が済まねぇからよぉ』
脳裏を過る、オッサンの声とニヤケ顔。
「嫌なモンを思い出したっス」
そんなものを思い出したせいっスかね?
何故か無性に、オッサンの行く手が気になってきたっスよ。
どうしてか、嫌な予感がする。
この手の人間は、気に喰わないことがあった時に、何をしでかすか分からない。
「関わりたくないっスけどねぇ……そう言うわけにもいかないっスか」
俺は、ラフ爺から盗賊団を任されたんだ。
屑も屑なりに、プライドってものがあるんスよね。
幸い、身を隠しながらターゲットの様子を伺うのは得意分野っス。
素人の後をつけるなんて、朝飯前っスよ。
「あれ……どこに行ったっスか?」
ついさっきまで、視界の中心で捕らえてたはずのオッサンが消えた。
いいや、待つっス。
まさか、見落とすなんてことは……。
「くそ……完全に消えたっスね」
これは失態っス。
周囲を大勢の兵士が慌ただしく動いてるからって、見逃すことはあり得ない。
つまり、相手は俺よりも隠れるのが上手い人間ってコトっすね。
そういうコトなら、仕方が無い。
幸い、このことは俺以外誰も知らないワケっスよ。
だったら、黙ってればいいんだ。
……でも、もう少しだけ。
何か、変なものがないかだけでも、見ておいた方が良いっスよね?
行き交う兵士達に、担がれてる万能薬の塊。
怪我をした兵士が、空から舞って来た小鳥に治療されてる様子。
それから……積み荷の影から周囲を伺いつつ、姿を現したハナちゃん。
……怪しい。
一目見ただけで、俺の鼻が異変を嗅ぎ取ったっス。
小走りで前線の方に向かい始めるハナちゃん(怪)。
その姿は間違いなく、あの子にそっくりだ。
でも、大きな違いが一つ。
「いつの間に、髪を切ったんスか?」
今朝まで、ハナちゃんはその綺麗な長髪を自慢げに振り回していたはずっス。
爪が甘いとはこのことっスね。
そう思いつつ、俺は緊張で手に汗を滲ませる。
気付いちゃったんスよ。
あのオッサンの正体に。
ハナちゃん(怪)の、正体に。
出来れば、間違いで合ってほしいっスけど……。
小走りで進むハナちゃん(怪)。
その進行方向には、後方支援部隊の詰め所がある。
そこには確か、ネリネ組のメンバーもいたはずだ。
ハナや盗賊団、それから、ハリエットとホルバートンも。
視界に、ハリエットが入った。
その瞬間、体勢を変えるハナちゃん(怪)。
させないっスよ!!
獲物を狙う捕食者に、俺は躊躇することなく飛び掛かる。
だが、屑なんかに獰猛な獣を止めるチカラは、無いみたいっス!!
「誰か!! 手伝えっス!!」
「私に任せて!!」
呆気なく引き剥がされそうになった俺は、視界の端で見た。
2人のハナちゃんが取っ組み合いを始めている姿を。
そうなれば話は早い。
俺は屑らしく、奴の足を引っ張ることに専念しよう。
そういうことは、かなり得意なんスよ。
面白いと思ったら、いいねとブックマークをよろしくお願いします。
更新の励みになります!!