第13話 死神の姿
死神の森は深く、そして危険に満ち溢れている。
だからこそ、ブッシュ王国騎士団も大規模な調査は出来ていない。
そんな森に、私達は調査のため、足を踏み入れているのですね。
ここで大きな功績を上げることができれば、更に国から認められるに違いがありません。
きっとそうです!
幼くして剣を手に取り、その剣の腕一つで王国騎士団に入団を果たした。
我ながら、凄いことだと思います。
周りの騎士や貴族からは、疎まれることの方が多いですが、今回こうして、私はチャンスを与えられたのです。
そのチャンスを、取り逃がすわけにはいきません。
なんとしてでも、結果を残さねば。
なんて、森に入ってすぐの頃の私は、能天気なことを考えていました。
「カルミア隊長。これ以上はもう……」
「狼狽えてはなりません。相手に隙を見せているようなものですよ」
「ですがっ……」
「落ち着いて、陣形を保ったまま、後退です!」
「はっ!」
調査のために森に入ってから、もう1か月以上が過ぎたでしょうか。
既に半分以下にまで減ってしまった騎士達の表情は、憔悴しきっていますね。
ムリもありません。
昼夜問わず、大型の魔物に襲われ続けてきたのですから。
今だって、見た事のないヒヒ型の魔物が、私達の野営を漁っているのを尻目に、逃げ出そうとしているわけですし。
「本当に、情けのない話ですね……」
私達がほとんど食料を持ち合わせていないと分かれば、ヒヒの標的が私達に向かうのは明確。
そうなったときに、部下たちに被害が出ないようにしなくてはなりません。
それが、この特別調査隊を任された隊長としての、私の責務と言っても過言ではないでしょう。
ですが、相手は未知の魔物。
私がどこまで戦えるのかは、現状では未知数ですね。
野営の荷物を漁っていたヒヒが、苛立ちを示すように地面を叩いた。
私の身長の2倍はあるような腕で殴られた地面が、大きく抉られてる。
どれだけの腕力があれば、そのようなことができるのでしょうか。
「皆さん。私とヒヒの戦闘が始まったら、すぐにこの場から逃げてください」
「っ!? カルミア隊長!? 何を言って」
「今のを見ましたよね? 正直に、私が勝てる相手ではないと言っているのです」
一撃でもまともに受けてしまえば、私は即座に戦闘不能に陥ってしまうでしょう。
それはつまり、誰かを守りながら戦うことはできないということ。
せめて、攻撃を受けることができる程の実力さえあれば、話は変わったのでしょうか。
「来ます! 全員退避!!」
ヒヒが大きく跳躍すると同時に、私は背後に叫ぶ。
あぁ。これで終わってしまうのだと考えれば、少しだけ寂しいですね。
きっと、王都では私の失態を耳にして、多くの貴族や騎士達がほくそ笑むのでしょう。
それでも、私は後悔していません。
騎士になることで、両親にせめてもの恩返しをすることができたのだから。
跳躍したヒヒが、着地と同時に大地を叩き割る。
その衝撃で、大小さまざまな岩つぶてが飛散した。
それらを剣で捌きながら、私は接近を試みる。
死ぬのならせめて、国に貢献して死のう。
そうすれば、遺された両親に、せめてもの慰めを遺せるでしょう。
ヒヒの剛腕が、ブンッと音を立てて頭の上を掠めていく。
自然と、剣を握る手に力が入り、私は低い体勢からの鋭い突きを、ヒヒの胸元に叩き込んだ。
ズブリと、切っ先が肉を抉る。
だけど、私の攻撃は深手を与える程じゃなかったようです。
一瞬にして後方へと飛び退いたヒヒは、胸元の傷を指でなぞると、自らの血液を舐めて見せた。
「渾身の一撃だったのですが……ほとんど効いていないですね」
ヒヒにとっては、かすり傷のようなものみたいです。
傷口に唾を付けとけば治る。
もしかしたら、ヒヒの魔物もそんな迷信を信じているのかもしれませんね。
改めて身構える私とヒヒ。
両者ともに、一瞬の静寂の後、一歩を踏み出した。
いいえ。
踏み出そうとした。が正しいですね。
なぜなら、私もヒヒも、その場から一歩も動けなかったのですから。
「っ!? な、にが!?」
身体が微動だにしません。
まるで、石化の呪いでも受けてしまったかのようです。
だとしたら、この近くに石化の呪いを使える魔物が……!?
動けぬ体のまま、思考を巡らせていた私の前に、おぞましい者が姿を現した。
ボトッと言う音と共に頭上から落ちて来たのは、巨大なヘビ。
その黄色い眼と石化の呪いから察するに、こいつがバジリスクで間違いないでしょう。
ヒヒよりも大きな体を持つバジリスクは、瞬く間にヒヒを丸呑みにしてしまいました。
あぁ……。ダメですね。
冷静でいないとダメなのに。
今にも叫び声を上げて、逃げ出してしまいたいです。
全身が震えていてもおかしくない状況。
だけど、呪いのせいで震える事すらできない。
これが、私の最後なのですね。
静かに地面を這い、私の目の前までやって来たバジリスク。
その巨大な口を開けて、私を丸呑みにしてしまうのでしょう。
せめて戦って死にたかったけれど、そんな願いすら叶えてもらえない。
なんと残酷な世界なのでしょうか。
開かれた大口が、私の顔に影を落とす。
頭上から注がれる悪臭に顔を歪めることもできないまま、私が死を覚悟したその時。
なぜか、バジリスクが動きを止め、周りを見渡し始めました。
その様子はどこか怯えているようで、私は安堵と共に強烈な不安を覚えます。
数秒間くらいでしょうか。
周囲を見渡していたバジリスクは、私を放置して北の方角へと姿を消していきます。
信じられない話です。
バジリスク程の凶悪な魔物が、捕らえた獲物を置いて逃げるなんて。
私の中に湧き上がったその驚きは、数分ほどで納得に変わりました。
西の方から、ブーンという不穏な音が聞こえて来たのです。
それと一緒に、何か得体のしれない強大な気配が近づいてきます。
バジリスクはきっと、早々にこの気配を察知して、逃げ出したのでしょう。
気のせいでしょうか。
石化の呪いは解けていないのに、全身が震えはじめた気がします。
今の私は、体のいい囮みたいなものでしょう。
バジリスクが逃げる時間を稼ぐための、囮。
今度こそ、死を覚悟しなければいけません。
そんなことを考えていた私の耳に、場違いな声が聞こえてきました。
「こら、ハナちゃん! 一人で先に行っちゃダメだよぉ」
「リッタ! 誰かいるよ! 人だ!」
「人!? 本当に!?」
そう言って、真っ先に姿を現したのは、幼い獣人の女の子。
その子を追いかけるように、キラービーと白髪の女の子が飛び出して来る。
彼女達を見て、私は一瞬で理解した。
白髪で、魔物を引き連れている、人間の姿をした生物。
それはまさしく、死神の姿。
のはずなんだけど。
どうしてこんなに強い違和感を覚えてしまうのでしょうか。
あぁ、そうか。
獣人の女の子が一緒に居るから、変なんだ。
妙に冷静な頭でそんなことを考える私に、獣人の女の子が声を掛けてくる。
「おねぇさん、何してるの?」
それは私のセリフなのですが……。
呟きたいけど、呟けない。
これが私の。私と死神の、初めての出会いになるのです。