第129話 拒否権なんて、誰にも無い
「進めぇ!!」
鎧を身に纏った沢山の兵士たちが、騎馬に乗って進軍を開始する。
彼らは昨日援軍として現れたブッシュ王国軍だね。
フランメ民国軍もプルウェア聖教軍も、歩いてる兵隊さんだけだから、新鮮な光景です。
新鮮と言えば、カルミアさんから借りたこの黒いマント。
あんまり身に着けないタイプの物だから、ちょっと新鮮です。
懐古の器の中で、母さんが似たようなマントを着てたんだよね。
もしかしたら、今の私は若い頃の母さんに似てたりするのかな?
そうだったら、嬉しいな。
「それにしても、いざ前線に出るってなると、やっぱり緊張しちゃうなぁ」
「それならば私が、傍についてて差し上げましょうか? リグレッタ様」
「そうだよ! 私も一緒について行くよ? リッタ」
サラマンダーの鼻先を撫でながら呟いた私に、ベルザークさんとハナちゃんが嬉しい提案を投げかけて来る。
でもね、こればっかりは私が一人でやらなくちゃダメなんだよ。
だって私は、死神なんだからね。
「2人ともありがと。でも、1人で大丈夫だよ。これからやることは、私の我儘みたいなものだからね」
「わがまま?」
「そうですか。リグレッタ様がそう仰るのであれば、私はその我儘とやらを見届けましょう」
「うん。そうしてもらえたら嬉しいかな」
「わがまま……リッタ、気を付けてね」
「ハナちゃんもね。危ないから、前の方には絶対に出てきちゃダメだよ?」
「うん!」
2人との会話を切り上げて、私はサラマンダーの頭に飛び乗りました。
背中には大量の万能薬が乗ってて、足場がないからね。
「よし。それじゃあ出発しようか、サラマンダー」
サラマンダーって、ゴロゴロと喉を鳴らして返事をするんだね。
ゆっくりと歩き出した彼の頭の上は、結構揺れるみたい。
しっかり踏ん張りつつ、私は更に準備を進めることにしました。
フーッと吐き出した息を元種に、シルフィードを構築する。
それも、ただのシルフィードじゃないよ。
とびきり大きな鳥……違うね、ドラゴンの形を模したものにしようかな。
砂粒で作り上げた雷を纏った、大きなドラゴンです。
これだけ大きければ、絶対に目立つことが出来るよね。
案の定、私達の進行方向にいた兵隊さんたちが、一斉に道を開けてくれました。
先に見えるのは、ゴーレムの壁みたい。
アラクネとキラービーのゴーレム達は、今日も一生懸命に敵の足止めをしてくれてるみたいだね。
でもそれも、今日でおしまいだよ。
「お疲れ様。もう戻ってきていいよ!」
シルフィードの風に乗せて、そんな声を届けてあげる。
すると、ゴーレム達は一斉に足止め行為をやめて、サラマンダーの方に集まり始めました。
うん。
予定通りだね。
順調すぎて、ちょっと怖いくらいだよ。
まぁ、プルウェア聖教軍の方も、突然ゴーレム達が動きを止めたことを警戒してるみたいだね。
同時に死神が戦場のど真ん中にやって来たとなれば、警戒するのも当たり前かな?
誰もが混乱してくれてる今の内に、もう一つやっておかなくちゃ。
ゴーレムの壁があった場所まで到達した私は、サラマンダーから飛び降りる。
そして、集まってくれたゴーレム達を、再び作り直したのです。
その姿はもちろん、大きな戦槌を持ったミノタウロスだよね。
これでようやく、サラマンダーとシルフィードとノームが揃ったよ。
こうして並んでるのを見上げると、かなり威圧感がある感じだ。
ほんとは可愛い方が好みだけど、目立つためだから仕方ないのです。
私の狙い通り、戦場の兵士たちは良い感じに注目してくれてるみたい。
あとは、全員に聞こえるように宣言するだけ。
だったんだけどなぁ。
「地面に降りている今が好機だ!! 死神リグレッタの首を獲ってしまえ!!」
「あらら。ちょっとのんびりしすぎちゃったかな」
プルウェア聖教軍の方から、10人以上の兵隊たちが勢いよく突っ込んできてるよ。
それも、普通の兵隊さんじゃないみたいだね。
たぶん、バーサーカーかな?
でも、中には正気を保ってる風の人も混ざってるね。
っていうか、あれはシルビアさんとキルストンさんじゃない?
キルストンさん、すっごく睨み付けて来てる。怖いよ。
「もう少しだけ待ってくれないかなぁ。待ってくれないよね。仕方ないかぁ」
私を取り囲むように、四方八方に散ったキルストンさん達。
そんな彼らを迎え撃つために、私が身構えた、その瞬間。
パッと、目の前が眩い光が埋め尽くしたのです。
「うっ」
「そこだ!! 殺れ!!」
前方から聞こえて来た叫びと同時に、全方位から殺気を感じる。
でもゴメンね。
そんな程度じゃ、今の私には敵わないよ。
「やっぱり、水を使って来ると思ったよ」
「ぐっ!! クソがぁぁぁぁぁ!! このガキ!! 放しやがれ!!」
後方から聞こえて来るのは、キルストンさんの声だね。
彼は今、他の刺客たちと同じように、宙に浮く水に囚われてるはずです。
その水は、シルビアさんが生み出したものだけど、口とかには入れてないから、誰も眠らないはず。
眠られたら、困っちゃうからね。
「ごめんけど、今は相手をしてあげられないんだ、ちょっとの間で良いから、そこで待っててよ。それより……」
少しずつ、目の調子が戻って来たよ。
これで、さっきの声の人を探せるね。
一度会ったことのある人だから、すぐに見つけられるはずなのです。
「いた。そこだね」
逃げられちゃったら困るから、見つけてすぐに私は動きました。
動揺を隠せてないプルウェア聖教軍の兵士達を飛び越えて、その人物―――デシレさんの元に飛びこむ。
慌てた様子で鞭を手にした彼は、そのまま勢いよく振り回しました。
バシッって音が、私の左横腹を打ち付ける。
結構痛いね。
でも、おかげで鞭を捕まえることが出来たよ。
「これで、この間みたいな人質は取れないよ? デシレさん」
「くっ」
「あ、逃がしもしないからね」
即座に、鞭に魂宿りの術を掛けます。
一瞬で鞭にがんじがらめにされて、その場に倒れ込んだデシレさん。
そんな彼の顔を、私は覗き込みました。
もう少しで、髪の毛が彼の顔に触れてしまいそうな距離感。
少しでも髪の毛に触れれば、命を落としてしまう。
それをしっかりと理解してるのかな。
デシレさんは硬直したまま、私を睨み付けて来るよ。
「さっきの攻撃。命令したのはあなただよね? デシレさん」
「……」
「返事はしなくていいよ。分かってるから。それに、あなたたちが私を狙ってるのは知ってるから、襲われたこと自体は、別になんとも思ってないよ。でも、あれは無いんじゃない?」
黙り込んでるデシレさんの視線が、風で揺れる私の髪の毛に注がれる。
でも、そんなこと気にする必要ないよね?
「もし私が、命を奪うことを躊躇わなかったら、さっきの皆、全員死んでたんだよ?」
「だったら何だ? お前は結局、躊躇ったのだろう? であれば、それはお前の弱点として成り立つはずだ」
「やっぱりそうだったんだね。正直、ガッカリだよ」
口を閉ざすデシレさん。
前にも思ったけど、この人とは会話が出来そうにないね。
「まぁいいや。取り敢えず、このままそこで大人しくしててよね。あなた達の我儘に付き合ってあげたんだから。私の我儘にも付き合ってもらわなくちゃ」
それだけを言い残して、私はサラマンダーの元に戻ります。
不気味な静寂が漂う戦場。
そんな光景を見渡しながら、私は山のように積み上げられている万能薬に右手を突っ込みました。
そして、宣言するのです。
「はい、注目! 私の名前はリグレッタ。ご存じの通り、死神です。今からこの戦場にいる全員に、1つ提案したいことがあるんだけど、聞いてくれるかな。っていうか、聞いてもらうからね!」
拒否権なんて、誰にも無いよ。
だって、私は死神なんだもん。
死が平等なように、全員に問わなくちゃダメなのですよ。
「今日以降、この戦場で、命を落とすことを禁止します。プルウェア聖教の人も、フランメ民国の人も、もちろん、ブッシュ王国の人もね」
そこで一つ息を吸った私は、言葉を続けました。
「もし、それに文句があるのなら、私が全力で相手をしてあげるから。掛かっておいでよ。但し、その時は私も、手加減なんかしないからね」
だって、死ぬことを自分で選択してるようなもんでしょ?
風に乗った私の声が、戦場全体に行き届く。
まるで、そんな声に乗るように、無数の小鳥が戦場の空を飛び交い始めました。
この鳥がどこから来たのか、前線にいる兵隊さん達は、すぐに気が付いたみたいです。
ペースト状の万能薬で出来た小鳥たち。
これで舞台は整いました。
みんながどんな選択をするのか、しっかりと見届けましょう。
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