第128話 緊張の時間
4日目の朝。
前触れも無く私の元に飛びこんで来たのは、良いお報せだったよ。
「リッタ!! カルミアさん達が来たって!!」
「ホント!? すぐ行く!!」
髪の毛が寝癖でボサボサだけど、整えてる暇はなさそうだね。
服だけはちゃんと着替えて、私はネリネのテラスに向かいました。
尋ねて来てるのは、ペンドルトンさんとカルミアさんだけみたいです。
「ずいぶんと寝坊助なんだな、妹よ」
「仕方ないじゃん。昨日も遅かったんだから」
私がテラスに着くと、ペンドルトンさんの肩に乗ってるクラインさんが、嫌味を言って来たよ。
姿だけは可愛いのにね、もったいないなぁ。
「それより、ペンドルトンさんとカルミアさん、久しぶりだね! 元気にしてた?」
「えぇ、もちろん。諸事情があり出発の日程を早めたりと、多忙ではありましたがね」
「うっ」
ペンドルトンさんは相変わらずだね。
おかげで、ハリエットちゃんとホリー君が、顔を引きつらせてるよ。
ちょっと待って。
ペンドルトンさんとクラインさんって、掛け合わせちゃダメな組み合わせなんじゃない?
でも、それを指摘するのも危ない気がするよね。
ここは気づかなかったことにして、何か話題を考えよう。
「と、ところで、フランメ民国にはいつ着いたの?」
「今日の早朝です。昨日の夕方に慟哭の岬で休憩を取った後、夜通しで行軍をして参りました」
「徹夜したの!?」
「そうなりますね」
丁寧に説明してくれるカルミアさんは、平気そうな顔してるけど。
絶対に大変だったよね。
身体をゆっくりと休ませてあげることも出来てないってことだろうし。
この後、ウチのお風呂に入って行きなよ。
って誘いたいけど、ネリネを神樹ハーベストの中に置いてるから、兵士さん達は難しいかもだね。
昨日までなら、ガブちゃん(仮)に移動してもらえたんだけど。
っていうか、そうだった。
サラマンダーを生み出すために、ネリネをガブちゃん(仮)と分離しちゃったから、お風呂用の水を準備するのが大変なのでした。
誘う前に気付けて良かったよ。
「ところで、リグレッタ殿。色々と準備をされていると伺ったのですが」
そう言うカルミアさんの視線は、ネリネに向けられてる。
さすがに、ガブちゃん(仮)が居なくなったことに気付いてるってことかな。
「うん。今日には準備が整うと思うから、明日から私も前線に行くつもりだよ」
「ほう。そうなれば、我々の出る幕は皆無かもしれませんね」
「あはは。そんなことは無いと思うけどなぁ」
ペンドルトンさんの、何かを探ろうとするような視線。
久しぶりだけど、やっぱりちょっと苦手かも。
空気も微妙になっちゃったし。どうしようかな。
そう考えてると、ハリエットちゃんが話に割り込んで来たよ。
「お、お兄様。徹夜で行軍されていたとのことですが、そろそろお休みされてはいかがですか?」
「この程度であれば、私も兵も耐えられる」
「そ、それは確かに、そうなのかもしれません。ですが!」
「ここで私が休んでしまえば、皆に示しがつかぬというもの」
「お兄様!」
「止めときなよ、ハリー。こうなった兄さんを止められる人なんて、居ないんだからさ」
ペンドルトンさんに食い下がろうとするハリエットちゃんを、ホリー君が引き留める。
と、そんな2人を見て、ペンドルトンさんがゆっくりと口を開いた。
「ところで、ハリエットにホルバートン。2人には聞かねばならぬことが山ほどあるのだが?」
「……あ~あ、ハリーのせいだぞ。目立たずにやり過ごせてたら、こんなことにならなかったかもしれなかったのに」
「で、でも!」
ホリー君たちには、ペンドルトンさんのお説教が待ってるみたいだね。
……あれ?
私も一緒に怒られたりしないよね?
ダメそうだ。
ペンドルトンさんが、チラッとこっち見て来たよぉ。
お願いされたから、仕方なく。
なんて言い訳は通じないのかなぁ?
一応、ブッシュおじいちゃんと約束してた通り、2人にけがは負わせてないんだし。
まぁ、危ないことはあったけど……。
「えっと、ペンドルトンさん―――」
きっと、2人に対する説教が始まったら、私にも飛び火する。
それを可能な限り避けるため、なんとか言い訳をしようと口を開いた瞬間。
ずっと沈黙を貫いてたベルザークさんが、一歩前に出て来たよ。
「少し、過保護すぎなのでは?」
「……過保護、だと?」
「はい」
「それは当然であろう。弟と妹は、守るべき存在だ。それが、危険な目に合ったかもしれないという状況で……」
「放っておくことはできない、と?」
でたっ!
喧嘩腰のベルザークさんだ。
でも、今回ばかりはいいぞぉ!
もっと言ってあげてよね!
「であれば、問いの内容を変えましょう。ペンドルトン様。あなたが目を離した少しの間に、お2人は何も変わっていないでしょうか?」
「……何が言いたい?」
「さぁ、アナタの傍にいるお2人を見れば、分かるのではないですか?」
ベルザークさんに促されるように、ペンドルトンさんの視線が動く。
まるで物色するような彼の視線を受けて、分かり易く緊張してるハリエットちゃんとホリー君。
気持ちはわかるよ。
でも、そんな緊張の時間は、思ってたより短く済みました。
「……その手はどうした? なぜ、そんなに汚れている?」
「へ? あぁ、これは」
「ボクら、万能薬づくりの手伝いをしてるんだよ。これくらいしかできないからさ」
よくよく見ると汚れてる手を広げて見せるホリー君。
朝から作業してたんだね。
そもそも、着てる服も地味なものだし、最初に2人と出会った頃とは大きく変わってる気がするよ。
「兄として、弟と妹が心配で心配でたまらないことは理解できますが、籠の中に閉じ込めてしまうのは、成長の機会を奪うことになってしまいますよ」
「んなっ。き、貴様にそのようなことを心配される覚えはないぞ」
「そうですね。ですが、これだけはお伝えしておきましょう。ペンドルトン様が通って来た道は、ホルバートン様とハリエット様も通って来た道なのです。その道中、お2人はただ守られるだけの存在ではありませんでしたよ」
「ベルザーク様……」
ベルザークさんの言う通りだよね。
彼の言葉に感動したのかな?
ハリエットちゃんが赤面しながら両手を胸の前で握りしめてるよ。
そんな彼女を見て、ペンドルトンさんは……。
「おい、待て。よもや貴様、私の妹に手を出してはいないだろうなっ!?」
「に、に、に、兄さま!? な、ない、なにを言っていらっしゃるのですか!?」
「そのようなこと、していませんよ!」
「そうだね。どっちかって言うと、手を出そうとしてたのはホリーのほげっ」
「ホリー兄さまはちょっと黙っててください!!」
あはは。
なんていうか、ホリー君とペンドルトンさんは、ちゃんと似た者兄弟なんだね。
良い感じの話をしてたはずなのに、予想外なオチになっちゃったね、ベルザークさん。
小さくため息を吐いた彼は、ヤレヤレって感じで締めくくったよ。
「まぁ、成長してるお2人のことを信じて、ブッシュ王国軍の皆様は今日だけでも休んでください。戦場に出て、徹夜明けの疲労を原因に失敗を重ねられるのは困りますので」
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