第124話 乙女の嗜み
「強さですか、恐らく、私のそれはハリエット様の思うそれとは全く別物だと思うのですが、それでも構いませんか?」
「はい、聞かせてくださいませ」
そんな前置きの後、ベルザーク様は語り始めました。
どこか神妙な面持ちの彼を前に、私も少し緊張してきたわね。
それでも、聞かなくちゃいけないのよ。
昂りそうな気持を落ち着けるため、深く息を吸ったその時。
彼が告げたのです。
「私には、愛する妻と娘が居ました」
「えっ!?」
「ハリエット様? どうかなされましたか?」
「ど、どどどどど、どうもしていませんわよ!?」
「いや、明らかに動揺していますが」
「気のせいです! 気にせずに続けてください!」
まだ納得していない様子のベルザーク様。
けど、それ以上の追及はしてこない。
良かった。
あまりに強く追及されてしまったら、私、何を話してしまうのか分からないもの。
落ち付けよ、ハリー。
きっと、ホリー兄さんが居たらそう言うに違いないわね。
それに、『居ました』という言葉に込められた想いを、はき違えてはならないと思うのです。
「妻も娘も、今はもういません」
「それは……」
「はい、プルウェア聖教国の襲撃で、2人とも命を落としました」
「お気の毒に」
「ありがとうございます」
いつもの優しい微笑みを浮かべながら、短く告げるベルザーク様。
その微笑みの下に、きっと私なんかには計り知れないほどの悲しみがあるのでしょう。
「2人が死んだ。その日から、私は狂ったように敵を殺すことに邁進してきました。その原動力を聞かれるのであれば、怒りや憎しみといったものだと思います」
怒りや憎しみ。
境遇を考えれば、それは当然の感情と言って良いと思うわ。
強さを説明する理由としても、申し分ない。
でも、私にはどうしてもそれだけには見えなかったのよね。
「その2つが強く影響していることは分かりました。ですが、私が見て来たベルザーク様のお姿は、怒りや憎しみに支配されているようには見えませんでした」
「別の何かがある。と、仰りたいのですか?」
「はい」
正直に言えば、フランメ民国の方々が怒りや憎しみを抱いていることは容易に想像できること。
だからこそフランメ民国はプルウェア聖教国と敵対している解放者を、崇拝しているのだと思っていたんだけど。
ベルザーク様の様子を見て、それだけではないように思えたのよね。
「別の何か、ですか。強いて言うのであれば、リグレッタ様とハナちゃんの存在が大きいかもしれませんね」
「あの2人が?」
「はい。私がリグレッタ様に会いに向かった理由は、間違いなく怒りと憎しみが原動力でした」
「ということは、何かのきっかけで変わったのですか?」
「そうですね。きっかけが何だったのかを問われると難しいのですが……単純に、毒気を抜かれてしまったのだと思います」
「怒りや憎しみを忘れたと?」
「もちろん、忘れるまではいきません。が、それらを考えない日が増えた、という感じでしょうか」
そこで言葉を切ったベルザーク様は、少し考えた後、再び口を開きました。
「違いますね。今、改めて考えてみて分かりました。リグレッタ様達と出会って、私は生きることを考える余裕を得ることが出来たのだと思います」
「生きること」
「はい。生きること。生かすこと。触れるだけで他者の命を奪えるリグレッタ様が、幼いハナちゃんと共に日々を過ごす。その姿に感化されたのかもしれません」
そう言うベルザーク様の表情に、穏やかな微笑みが浮かぶ。
この微笑みは、もしかしたらリグレッタ達が引き出してくれたのかもしれない。
あとでそれとなくお礼を言っておきましょう。
「そう言えば、ハリエット様。先ほどリグレッタ様を利用していたとかいう話をされていましたよね?」
「はい。お恥ずかしいことですが」
「いえいえ、それに関しては、私の方が恥ずかしいのです。先ほども言ったように、元々はリグレッタ様に戦場に来ていただいて、敵を皆殺しにしてもらうつもりだったのですから」
苦笑した彼は、不意に真面目な表情に戻り、続けました。
「ですが、やはりリグレッタ様を利用しようとするのは、止めた方が良いと思います。その考えは、私のような血塗られた道しか歩けない人間の考えです。ハリエット様は既に理解されていると思いますが」
「もちろんです」
リグレッタを利用するなんて、そんなつもりは無い。
それに、ベルザーク様のことも……。
その先の言葉は、胸の中に秘めておいた方が良いのかもしれない。
「ところでハリエット様」
「はい」
「そろそろ拘束を解いていただきたいのですが」
「あっ! ご、ごめんなさい! 話に夢中で忘れていましたわ!」
すぐに解放して差し上げないと!
でも、ちょっと解きにくいわね。
だ、だって、拘束を解くときに彼の身体に触れてしまったらと考えると。
こんなの、緊張と恥ずかしさで、手元が狂っちゃうわよ!
地道に少しずつ、拘束を解いていく。
ある程度解けたところで、ベルザーク様は自分で拘束から抜け出して見せました。
その際、少しだけ、ほんの少しだけ開けた彼の身体を、見てしまったのは内緒です。
……知ってはいたけれど、かなり鍛えているみたいね。
それにしても、勇気を出して話をしてよかった。
うなされている顔を見て、心配になったって言うのもあるけれど。
やっぱり、気になる殿方のことを知りたいという感情は、抑えることが出来ませんよね?
これはある意味、乙女の嗜みというモノなのかもしれません。
「あっ! ベルザークさん!! 目が醒めたんだ!」
部屋を出てすぐ、リグレッタ達がベルザーク様の目覚めに気が付きました。
和気藹々と、大勢に囲まれている彼。
その様子のどこが、血に塗れているというのでしょう。
もし、そんな道を彼が歩まねばならないというのであれば。
私は、彼の支えになってあげたい。
出来るかどうかは、また別問題ですけれどね。
面白いと思ったら、いいねとブックマークをよろしくお願いします。
更新の励みになります!