第120話 思し召し
「キルストン、シルビア。お前達はその男の息の根を止めて下さい。死神は私が相手をします」
「ちっ……しょうがねぇなぁ」
「何か言いましたか?」
「なっ、何でもありませんわ!」
キッとこっちを睨んでくる黒髪の男の人は、納得してないみたいだね。
そう言えば、名前を聞いてなかったけど、キルストンさんっていうんだ。
で、慌てて水色の人に返事をしたドレスのお姉さんが、シルビアさんだよね。
久しぶりに会った2人とちょっとくらいお話したかったけど、今は目の前の水色の男の人の相手をしなくちゃダメみたいです。
なんとなくだけど、この水色の人は危ない感じがするのです。
前に会った、ストレンっていう刺客と似てるからかな?
そんなワケで、ハナちゃんにはベルザークさんの手伝いをお願いしておこうかな。
いつも一緒に鍛練してる2人なら、連携も取れるかもだしね。
んー。
でも、無理かなぁ。
なんか、ベルザークさんの様子がおかしいし。
そういう意味でも、ハナちゃんに彼の様子を見ててもらった方が良いかもだね。
互いに牽制し合ってるベルザークさん達とキルストンさん達を視界の端に収めつつ、私は取り敢えずの挨拶をすることにしたよ。
「初めましてだよね、出来れば、お名前を聞きたいんだけど」
「私の名はデシレ。以後お見知りおきを」
「デシレさんだね。よろしく。で、実は私、プルウェア聖教の人に聞きたいことがあるんだけどさ……」
「よもや、このような状況で、対話ができると考えているのですか?」
「ん? 出来ると思ってるけど、どうして?」
なんでそんなこと聞いて来るんだろうね?
デシレさん、顔に手を当てて、ちょっと俯いちゃったし。
「くははは。なるほど、これは面白い。この程度の状況であれば、気を張る必要すらないと、そういうことですか」
「気を張ってたら会話できないわけじゃないでしょ? そりゃ、落ち付いて話せたらそっちの方が良いけどさ」
「そうですか。ならば、これでも会話できると?」
そう言ったデシレさんは、間髪入れずに手にしてた鞭を振りかざしたよ。
咄嗟に風で防御しようとした私は、すぐにその防御が意味のない行為だと気づきます。
「ちょっと! その人は今、関係ないでしょ!?」
「関係無い? それはどうでしょうか」
彼が振りかざした鞭が、壁に拘束されている男の人の首に巻き付いてる。
ちょっと痛そうに目を細めてるね。
「痛そうじゃん、止めてあげなよ」
「痛みを覚えている間は、生きている証拠なのですよ。つまりこの男は、未だに生きていることを感謝するべきなのです」
「なんか……面倒臭いなぁ」
「……面倒臭い?」
「うん。感謝感謝って、そんな押しつけがましく言われたら、誰だってうんざりしちゃうんじゃない?」
「はぁ……これだから邪教の者は」
でた、邪教。
前の会合の時にも、シルビアさんとキルストンさんが言ってたよね。
あのあと、ベルザークさんに意味を聞いたら、プルウェア聖教の教えに背く人のことを、そう呼んでるって言ってたっけ。
つまり、考え方が違う人たちのことを、悪く言ってるってことだよね?
「考え方が違うのは、まぁ別に良いけどさ。実際、デシレさんはホントに感謝してるの?」
「当たり前でしょう! この場に私が居ることも、この男が命を賭して役に立てているのも、ここでお前を消してしまえることも。全てがプルウェア様の思し召しなのですから!」
全てがプルウェア様の思し召し。
そっか。結局、それが全てなんだね。
だから、善人以外は不要って考えになるのかな?
だったら確かに、会話なんてできないのかもしれないよね。
「自分で選択せずに、言われるままに生きてるんだね。良く分かったよ」
「分かったようなことを。どちらにせよお前は、この世界から排除されるべき存在。そのような存在として生まれてきたことを、その名の通り後悔しながら死ぬと良い」
「私だって色んなことを後悔するかもだけど、多分、生まれてきたこと自体を後悔することは絶対に無いと思うんだよねぇ」
「それはどうかな」
「絶対だよ。だって、生まれてくることを私は選択してないんだもん」
「は?」
これはもしかしたら、デシレさんには理解してもらえないかもしれないよね。
だって彼は、彼らは、善人として生まれて来ることを選択して、今この世界に存在してるって思ってるみたいだからさ。
「私が選択してるのは、生き方だもん。生まれる前に、何かを選択した覚えなんてないし。そもそも、デシレさんの考え方が正しいのなら、私が生まれてること自体、プルウェア様の思し召しなんじゃない?」
「そのようなことはっ!! お前はこの世界から消えるべき存在でっ!!」
「そうかなぁ? でも私、毎日お茶も飲んでるし、お風呂にも入ってるんだよねぇ」
水は、私の生活に欠かせないものなのです!
まぁ、当たり前なんだけどさ。
「それってつまり、プルウェア様が私の存在を許してくれてるってコトじゃないの?」
「断じて違うっ!! かのお方は、この世界に干渉することを―――」
「そうだよねぇ。やっぱり、会話できないよね。もう直接プルウェア様に話を聞きに行ってみるから、あとで話の内容を教えてあげるね」
これ以上デシレさんと話しても、埒が明かなさそうだから、はやく切り上げちゃおう。
それよりも、ベルザークさんの様子が気がかりなんだよね。
シルビアさんの操る水と、俊敏な動きのキルストンさん。
そんな2人の攻撃をものともせず、猛攻を仕掛けてるベルザークさん。
その勢いに圧倒されて、ハナちゃんが動揺しちゃってるよ。
「リッタ! なんか変だよ!!」
「うん! ベルザークさんどうしたの!! ちょっと落ち着いてよ!!」
私が視界を外した隙に、鞭を動かそうとするデシレさん。
でもゴメンね。
話してる間に、準備は終えちゃってるんだ。
ピンと張られた彼の鞭を、床から発生させた岩の刃で切り裂く。
これで、痛がってた男の人は助けられたよね?
鞭が切れた反動で体勢を崩すデシレさん。
その隙を逃さず、私は右足で床を強く踏みつけました。
パックリ割れる床に、落ちていくデシレさん達3人。
もう少しでベルザークさんの剣がシルビアさんの首を掻き切るところだったよ。
危なかったね。
そのまま穴の下まで追いかけて行こうとするベルザークさんを、風で宙に浮かせます。
穴を閉じようとしてるところに飛び込もうとするから、ちょっと焦っちゃった。
「ベルザークさん。さすがにやりすぎだよ?」
「ぐっぅぅぅぅ……」
目を充血させて、ギリギリと歯ぎしりするベルザークさん。
……うん。
完全におかしいよね。
ハナちゃんと顔を見合わせた私は、取り敢えず、彼を拘束したままにしておくことにしました。
道案内をしてくれるはずだったのに、会話もできなくなっちゃってるよ。
これは、あとで事情を聞かなくちゃだ。
「おっと、そうだ忘れるところだったよ」
デシレさん達が追いかけてくる前に、さっさと部屋を出て行こうとした私は、壁に拘束されてた人たちを思い出しました。
「ほら、拘束は解いたから、皆も早く逃げてよね」
「……なぜ、私達を解放してくれるのですか?」
面白いことを聞くよね?
そんなこと聞かれたら、こう答えるしかないじゃん。
「んー。私が解放者だからかな。なんちゃって」
面白いと思ったら、いいねとブックマークをよろしくお願いします。
更新の励みになります!