第12話 細々とした交流
ご近所さんとのお付き合いは初めてだから、どんな感じで挨拶すればいいのか分かんないや。
家に入る前に、声はかけた方が良いよね?
手土産はちゃんと準備したし、出かける前に身だしなみも整えた。
あと他に、やっておくべきことは無かったかな?
まぁ、もう遅いかもだけど。
「こんにちは~」
エントさんに大きな洞窟の前で止まるようにお願いしてから、私は挨拶を告げてみる。
これで合ってるのかは、よく分かんない。
「こ、こんにちは……」
そんな私に続くように、ハナちゃんも挨拶してくれたみたい。
緊張してるみたいで声は小さかったけど、上出来だよっ。
そのまま、エントさんの肩の上から様子を伺っていると、この間のキラービーさんが巣から出てきた。
1人だけなんだね。
もっと皆で出て来るかと思ってたよ。
「こんにちは。この間お世話になりました。解放者のリグレッタです」
「解放者。こんなところで何をしている?」
「この間のお詫びをしておきたいなぁと思いまして。お花を持って来ました」
「……花?」
「はい。それと、一応お隣さんなので、挨拶もしておきたくてぇ……」
おかしいなぁ。
私、何かしちゃったのかな?
キラービーさん、すっごくピリピリしてる。怒ってるみたいだね。
もしかして、なにかお邪魔しちゃった感じだったり?
鋭い視線を私とエントさん、そしてハナちゃんに向けるキラービーさん。
今日はあんまり長居しない方が良いかもだね。
早くお花を渡して、帰ろう。
「あのー。なにか忙しかったみたいなので、今日はもう帰りますね。ありがとうございました」
「……」
うぅぅぅ。空気が重たいよぉ~!!
ご近所づきあいって、難しいんだね。
まぁ確かに、クマさんのせいで迷惑かけちゃってたから、怒られてても変じゃないのかな。
とにかく、エントさんに引きずってもらってた大袋をその場において、私は帰宅することを選んだ。
きっといつか、怒りを収めてくれるはずだよ。そうだよ、そう信じよう。
私がそんなことを考えていたその時、不意に背後から、キラービーが声を掛けてきた。
「待て! 解放者……いや、リグレッタ、だったか? 少し聞きたいことがある」
「っ!? はい、何ですか?」
まだ少しだけ空気が張りつめてる気がするけど、そんなことはどうでも良いよね。
キラービーさんが、私の名前を呼んでくれたよっ!
これって、あれだよねっ!
少しは、仲良くなれたってことで良いんだよねっ!?
急いでエントさんを制止して、私はキラービーさんに向き直る。
「お前は、本当に解放者なんだな?」
「? はい、そうですけど」
「そうか……そうだよな。親はどこにいる? 家か?」
「父さんと母さんは、もういません。1年ほど前から、私一人で暮らしてますよ」
「そう……だったのか。すまない」
「いえ、もう慣れたので、大丈夫です。それで、聞きたい事って、それだけですか?」
キラービーさんの聞きたいことに答えてあげたら、私の聞きたい事にも答えてくれるよね?
何を聞こうかなぁ。
そうだ、このあたりで採れる植物の種類とか、聞いてみよう。
もしかしたら、私がまだ育ててない種類があるかもしれないよね。
考え始めたら、なんか畑の様子が気になって来たなぁ……。
帰ったら、草取りでもしましょう。
私が草取りの妄想に耽っていると、キラービーさんが首を横に振った。
「もう一つある」
「はい。なんですか?」
「その子は、お前とどういう関係なんだ?」
その子……。
もしかして、ハナちゃんの事かな?
そう言えば、ハナちゃんとキラービーさんは今日初めて会うんだったね。
「この子はハナちゃんです。一緒に私の家に住んでるんですよ。今日はどうしても、一緒に着いて来るって言うから、連れてきました」
「一緒に住んでいる!?」
そんなに驚くことかなぁ?
確かに、解放者は人と関わるなって言われて来たけどさぁ。
ハナちゃんには帰る場所が無いんだし、仕方ないよね?
なにより、ハナちゃん自身も私との生活を楽しんでくれてるみたいだし。
そのはずだしっ!
……嘘です。ごめんなさい。
私はもう、ハナちゃんがいない生活を楽しめないと思うなぁ。
きっと寂しいもん。
でも、そんなこと恥ずかしくて言えないよっ!
「だが……解放者は人に触れることができないはず」
「そこはほら、色々とやりようはあるんですよ。こう見えても私、器用なお姉さんだから。ねぇ、ハナちゃん」
「うん……」
なんか、ハナちゃん。元気ない?
まだキラービーさんのことを怖がってるのかな?
これが俗に言う、人見知りってやつだね。
そうと分かれば、これ以上ハナちゃんにムリさせるのも悪いし、お家に帰ろうかな。
植物のことは、今度一人で来た時にでも聞いてみよう。
「それじゃあ、私達はこの辺で帰りますね」
「え、あ、あぁ……そうか」
どこか拍子抜けしたような声を漏らしたキラービーさんは、一瞬、ハナちゃんを見た。
もしかして、ハナちゃんを連れてこうとか考えてないよねっ!?
あげないから!
別に私のってワケじゃないけど、あげないからねっ!
……ハナちゃんがキラービーさんの所に残りたいって言うなら、話は別だけどさ。
一応、確認だけはしておいた方が良いかな。
「ハナちゃん」
「ん」
「お家に帰ろうか?」
「うん。帰りたい!」
「そっか。うんうん。それじゃあ帰ろうねぇ~」
そしてこの日から、私達とキラービー達の交流が、細々と始まったのでした。
キラービー達が持ってきてくれるハチミツは、とても甘くて、あっという間にハナちゃんのお気に入りになったんだよね。
もちろん、私もお返しに沢山の花を持っていくのです。
長いようで短い時間が流れて、気が付けばハナちゃんと出会ってから2か月が経とうとした頃。
いつもハチミツを持ってきてくれるキラービーのラービさんが、少し慌てた様子で私達のお家に現れたのでした。
「リグレッタ! どこにいる! リグレッタ!」
「ラービさん? どうしたんですか? そんなに慌てて」
せっかくトイレの改修を始めようとしてたのに。
そんなに慌てるような事でもあったのかな?
ハナちゃんと顔を見合わせる私に、ラービさんが声を荒げる。
「人間が! 大量の人間が、森の中に入り込んできているぞ!」
「人間がっ!?」
「はいりこんできてるぅー♪」
いや、ハナちゃん?
両手を上げて嬉しそうに言うことじゃないんだよ?
ほら、ラービさんも呆れてるじゃん。
まぁ、可愛いからいいかな。
そんな私達に構うことなく、ハナちゃんはケラケラと笑うのでした。
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