第118話 消えた声
物陰に身を隠してから数分後、ベルザークさんが言ってた通り調整溝を流れる溶岩の量が一気に減って来たよ。
人が数人通れるくらいの隙間が空いた頃合いを見計らって、予定通りに風の道を展開する。
通ってみて分かったけど、確かに、この隙間を通って侵入しようなんてのは、普通じゃないね。
すぐ真下の溶岩が熱すぎて、我慢できないと思う。
「思ったよりも長い穴だったね」
「そうですね。風に包まれていなければ、確実に全身火傷していました。リグレッタ様、ありがとうございます」
「お礼なんかで、頭がおかしいって言ったのは忘れないからね」
調整溝を抜けた先は、小さな部屋になってました。
部屋の中心を流れる溶岩を囲むように道具が置かれてるから、何かの作業部屋かな?
窓もないし狭いし、ちょっと窮屈な部屋だよね。
そんな部屋の出入り口に近寄った私は、取り敢えず、周辺に誰も居ないことを確認しておきます。
「それで、ここからどうするの?」
「ここから先は私も詳細を知り得ていませんので、手当たり次第に火炎砲の居場所を探すことになります」
「そっか」
「ですが、1つだけ分かっていることがあります。それは、火炎砲はいつも、この砦の上層階から放たれているということです」
「じゃあ、上の階に行けば良い?」
「その通りです、ハナちゃん。ここはまだ最下層に当たる場所ですので、最悪でも4階分は登る必要があると思われます」
4階分かぁ、先は遠そうだね。
でも、外よりは熱気が抑えられてる気がするから、なんとかなるかな?
「時間もあまりありませんので、早速進みましょう」
「うん。ハナちゃん、音とニオイの警戒をお願いね」
「任せて!」
油断しちゃダメだってのは、沢山学んで来たからね。
私も意識を集中して、敵の位置をしっかりと把握しなくちゃ。
そうやって砦の中を進んだ私達は、数十分かけて、5階に続く階段前に到着したのです。
道中、ハナちゃんが尻尾を溶岩に浸けそうになったり、ベルザークさんが階段から転げ落ちそうになったり。
色々とあったけどね。
その中でも、一番印象に残ってるのは、この砦で働いてる人たちの事かな。
1階を探索してる時に見た彼らは、最初に見た部屋と同じような部屋の中で、溶岩に向かって座り込んでたんだよね。
しかも、溶岩の中に何かを入れて、それを色々といじくりまわしてるみたいだったの!
見てるだけで、ヒヤヒヤする作業でしょ?
着てる服もボロボロで、何人かは腕に酷い火傷の跡まであったし。
そもそもみんな、ガリガリに痩せてるんだ。
きっと、しっかりとご飯を食べたり、休憩したり出来てないんだよ。
せめて、火傷だけでも治してあげたい。
そんな私の我儘は、ベルザークさんに止められました。
せっかくこっそりと侵入したのに、ここで見つかる訳にはいきません。
たしかに、彼の言うことはもっともなんだけど。
なんか、腑に落ちないよね。
そんなことを言いつつ、私は何もせずに5階まで来たんだけどさ。
戦争のことは、ベルザークさんの方が詳しいから。
そんな言い訳で、無理やり自分を納得させちゃったよね。
「さぁ、行きましょう。この階より上のどこかに、火炎砲があるはずです」
「まだ上の階があるんだね。随分とおっきな砦だぁ」
誰にも見つからないように精神を張りつめたまま歩くのは、やっぱり疲れるよね。
特にハナちゃんは、さっきから集中が途切れちゃってるみたいだし。
キョロキョロと辺りを見渡しちゃって、どうしたんだろ?
「ハナちゃん。大丈夫? ちょっと休憩する?」
「……私は、大丈夫だよ。でも……」
「でも?」
何かを言い淀んだ彼女は、私とベルザークさんの顔を見比べてから、ゆっくりと薄暗い廊下の先を指さしました。
「なんかね、そっちから、すごく苦しそうな声が聞こえてくるの」
「苦しそうな声?」
「うん」
不安げなハナちゃん。
そんなに不安になるほど、苦しそうな声なの?
それってつまり、辛い目に合ってる人がいるってことだよね。
「ねぇベルザークさん」
「いけません」
「……ベルザークさん?」
ちょっと声のする方に行って良い?
そんな私のお願い内容を察知してたかのように、彼は強く拒否を示してきました。
「ハナちゃんの気のせいです。それよりも早く、火炎砲を破壊しなければなりません」
「気のせいじゃないもん!」
「ハナちゃんが嘘つくわけないじゃん。もしかしてベルザークさん、声について何か知ってるの?」
「……っ」
「知ってるんだよね?」
「知らないと言えば、嘘になります。ですがそれは―――」
「あっ」
話を続けようとしたベルザークさんの言葉を遮るように、ハナちゃんが耳をピクリと動かしながら告げました。
「声が……ひとつ消えたよ」
薄暗い廊下の先。
その先から聞こえてくるのは、微かな風の音くらい。
その声は、私には聞こえない。
だからこそ、ハナちゃんの表情が、怯えているその瞳が、全てを物語ってるように見えたのです。
「ベルザークさん。止めないでよね」
「……分かりました。ですが、絶対に敵前に飛び出たりしないでください。良いですか?」
「当たり前でしょ? ハナちゃん。大丈夫だからね。絶対に私が守るから」
「うん」
「向かう前に1つ、良いですか、奴らは悪人の命を奪うことに躊躇がありません。それだけは頭に入れておいてください」
「分かってるよ」
「いいえ、分かっていませんよ。リグレッタ様」
そう言ったベルザークさんは、付け加えるように言ったのです。
「守ってあげるなんて言葉、奴らの口から聞いたことがありませんからね」
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