第116話 人間臭さ
神樹ハーベストのテラスで開かれた、いつものお茶会。
正直俺は、お茶の味を楽しめるだけの舌を持ち合わせてないんスよね。
だからお茶会がお開きになった後、俺はわざわざ神樹から降りて、樹下街とやらにやって来たんス。
樹下街。
なんていうか、良い響きっスよね。
神樹だとかなんとか言いつつも、結局のところ、この街に住んでる多くの人間が、上とか下とかを気にして生きてる。
そんな、人間臭さが分かるネーミングっス。
「まぁ、地面の上に住めるだけ、まだマシなニオイだと思うっスけどね」
別に、下水道に住んでたことを自慢するわけじゃないっスけど。
臭いについては、多少敏感になってる自覚があるっスよ。
「それにしても……どこもかしこも健全な店しかないんスか?」
戦争の多い国だって聞いてたから、もっと賑わいのある酒場とかがあるのかと思ってたっスけど。
やっぱり、お行儀の良い奴らばっかりだから、少ないんスかね?
盗賊として、いいや、社会のゴミ溜めに住んでた底辺の者として、この街はどこか居心地が悪いっス。
「ん? あれは……もしかして酒場っスかね? さすがに1軒くらいはあると思ってたけど、こんな端っこっスか」
気が付けば、幹から随分と離れてしまってる。
でもまぁ、あれだけデカい目印があれば、さすがに迷うことは無いっスよね。
俺はそう自分に言い聞かせると、躊躇うことなく酒場に足を踏み入れたっス。
中に入る前から思ってたけど、やたらとボロボロな店っスね。
壁の一部には焦げ跡まであるし。
もしかして、戦争の余波ってヤツっスか。
まぁ、酒さえ飲めれば、そんなことは気にしない気にしない。
「オヤジ、この店のおススメを1つおくれっス」
「……あいよ」
不愛想なオヤジ。
そうそう、これが俺の住んでた世界っスよ。
店のなかに居る数人の客も、全員揃って視線を伏せてるし。
間違いないっスね。
俺も含めて全員が、何かしらのゴミだと臭いが告げてるっス。
「良い店っスね」
「……それはどーも」
さすがにちょっと、よそ者感を出しすぎたっスかね?
まぁ、この街に長居することなんてないっスから、別に気にする必要は無いんスけど。
そんなことよりも、今は出された酒に集中する方が良いっスね。
鼻の奥をツンと刺激するアルコール臭とハジける炭酸。
見てるだけで美味そうっス。
そんな酒をグイッと煽るこの瞬間が、最高に気持ちいいんスよ。
「カッーーーー。中々強いっスね。でもそれが良い」
酔っぱらえば酔っぱらうほど、俺は俺自身の情けなさに気付けなくなる。
もういっそのこと、頭なんて冴えわたらない方が良いかもしれないっスね。
「兄さん、随分と良い飲みっぷりだねぇ」
「んぁ? あんた誰っスか?」
「俺はこの店の常連よぉ。そういう兄さんは、旅人かい?」
「まぁ、そんなところっスかね」
「ははは。そいつは嘘だなぁ。この街に、旅人なんて来るワケねぇじゃねぇか」
「そうなんスか?」
「そりゃあたりめぇよぉ。来るのは山から逃げて来る罪人と、食い扶持を探すためにやってくる傭兵くらいだ」
ヘラヘラと笑うオッサンが、ズケズケと俺の隣に移動してくる。
慣れ慣れしいオッサンっスね。
「常連のオッサンは、どっちだったんスか?」
「なはは、俺はこの街で司祭をしてる者だぜ」
「嘘っスね」
「あぁ、嘘だ。よぉく分かってるジャン、兄さん」
「俺は本物の司祭を知ってるっスからね。毎日バカみたいに鍛練してるのを見てれば、嫌でも見分けられるようになるっスよ」
「そんなところ見なくても、一目で分かるだろっ。面白れぇなぁ、兄さんは」
ムカつくっスね、このオッサン。
その通りなんだけど、俺の配慮なんて無視じゃないっスか。
って、この場合、おかしいのは俺の方っスね。
配慮なんて、いつの間にするようになったのやら。
「ところで兄さん、いま、司祭を見たことあるって言ったか?」
「まぁ、そうっスね」
「ってことはまさか……兄さんはあの、解放者様と一緒に来られた方だったり?」
「だったら何なんすか?」
「だったら何って! もしそれが本当なら、俺達はアンタの飲み代を奢らなきゃなんねぇよ!」
「はぁっ!? なんでっスか」
「そりゃ、いくら俺達でも、解放者様には頭が上がらないからよぉ」
身振り手振りで大げさに振舞うオッサン。
リグレッタのことを崇めてるつもりなんスかね?
でもまぁ、オッサンの気持ちも分からなくはないっス。
さっき聞いた、プルウェア聖教の話も。
ブッシュ王国のペンドルトン王子との間にあったイザコザも。
そして、常日頃のベルザークの態度も。
そのどれもが、俺の存在を否定してくる。
俺、というよりも、俺達って言った方が良いっスかね?
まぁ、仕方ないんスよ?
盗賊なんて存在しない方が、お行儀の良い人間は住みやすいに決まってるんスから。
そんな俺達を、リグレッタは受け入れて家に招いてくれたんスよね。
ラフ爺も言ってたように、死は平等なんだって、いまなら分かるっス。
「オッサンが崇めてたことは、ちゃんと伝えておくっスよ」
「またまたぁ、兄さんもお人が悪いねぇ」
「何がっスか?」
「解放者様に同行してたってのは、嘘だろ?」
「いや、ホントっスよ」
「いやいや、そんな人間様が、こんな店に来るワケ無いだろうよぉ。なぁ、おやじぃ」
「……余計なお世話だ」
やっぱり、失礼なヤツっスね。
でもまぁ確かに、逆の立場なら俺もそう思うはずっス。
「別に、オッサンに信じてもらう必要なんか、無いっスけどね」
「なんだよぉ、拗ねるなよぉ兄さぁん」
「拗ねてないっスからっ!」
「そんなことよりよぉ、楽しみだよなぁ」
そんなことってなんスかっ!?
まぁ、そこを深堀りする必要は無いっスね。
「楽しみって、何がっスか?」
「何って、次の戦争に決まってるじゃねぇか」
「はぁ?」
「苦節30年。ようやく奴らの苦しむ顔が見れそうだぜぇ」
「なんの話っスか?」
「お、兄さん、気になるかぁ?」
「いいから早く教えるっスよ」
「良いぜ」
そう言って咳払いしたオッサンは、手にしてたジョッキを勢いよく空にしてしまったっス。
「俺はなぁ、元々となりで暮らしてたんだけどよ、女房も子供も奴らの実験台にされて、抵抗した結果、山に送られたんだよ。あげく、一緒に脱走した仲間も9割が殺されちまったんだ」
なんか、ただただうっとおしいオッサンだと思ってたっスけど、ちょっとかわいそうに思えて来たっス。
「だからよぉ、今日は祝杯を挙げるために、久しぶりの酒を煽りに来たんだぜ」
「そうっスか。なにかいいことでもあったんスか?」
「そりゃそうよ! 今日は、あの解放者様がこの国にやって来られた、目出度い日なんだぜ?」
「そんなに待ちわびてたんすね」
大きく頷くオッサンは、新しい酒をオヤジから受け取ると、一口飲んだ。
そして、躊躇いなく告げたっス。
「解放者様なら、奴らを根絶やしにしてくれるはずだ! いいや、根絶やしにしちゃなんねぇなぁ。奴らの子供も、そのまた子供まで、ずっとずっと苦しめてやらねぇと気が済まねぇからよぉ」
「……」
俺の鼻は、かなり鈍ってるのかもしれないっスね。
この店は、今まで嗅いで来たどんなニオイよりも、深くてキツイ腐臭がするっス。
ゲラゲラ笑いながら酒を煽るオッサン。
大きなジョッキを煽りながら、若干ニヤついてる客たち。
そして、サービスとばかりに酒を1杯差し出して来るオヤジ。
激臭に囲まれた俺は、受け取った酒を一気に飲み干した。
そして、急激に襲い掛かって来た吐き気を我慢しながら、足早に店を後にするっス。
「兄さん! また一緒に呑もうぜ!!」
「あぁ、そうっスね」
そう返事をした俺は、振り返ることなく神樹を目指す。
その姿はまるで、逃げ帰ってるみたいっスね。
……情けない。
せっかくの酔いが台無しっスよ。
「風呂……入りてぇっス」
この臭いを、どこかで落とさなければ。
きっと、いや、確実に。
鼻の利く誰かに気付かれてしまうっスから。
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