第113話 懐古の器:他愛ない話
暗がりの中、安らかな寝息を立てているのは綺麗な白髪を持った女の子。
この子の名前は、リグレッタ。
そう、私達の愛娘です。
「ごほん、ごほん、え、あ、あーあーあー」
「ちょっと、あんまり大きな声を出したら、リグレッタが起きちゃうよ」
「……そうだな。すまん」
私の隣で、頭をポリポリと掻いてるのが、イージスです。
昔から変わらず、なにかにつけてカッコつけようとする人なの。
そんな姿を見て、ちょっと可愛いと思ってしまってることは、彼には内緒です。
「そろそろ大丈夫かな?」
「うん。大丈夫だと思う」
私のそんな返事を聞いて、イージスはリグレッタを挟むようにベットの反対側に腰を下ろした。
そして、まるで名残惜しむように、リグレッタの頭を優しく撫でつける。
「可愛い子だ」
「そうね」
「本当に良いんだな?」
「えぇ」
最後の最後まで、彼は私の心を揺さぶるのが上手です。
でも、ここで折れるわけにはいかないのよ。
「よし、分かった」
短く告げた彼は、そのまま私を真っ直ぐに見つめ直して、口を開く。
「リグレッタ、元気にしてるか? これを聞いてるってことは元気だよな? まぁ、ゆっくり茶でも飲みながら、俺達の話を聞いてくれよ」
「ふふふ。なんだか畏まった話し方をするのね」
「しょ、しょうがないだろ!? 俺だってどんな感じで話せばいいのか分からないんだよ。って言うか、俺を見ながらニヤニヤしないでくれよ」
「ごめんなさいね。でも、面白いんだもの……リグレッタ、お母さんよ、覚えてるかな? さすがに覚えてるわよね?」
「俺、忘れられてたらかなりショックだな」
「それは私もよ。でも、これを見てるってことは、大丈夫でしょ?」
「それもそうだ」
あまり時間が無いのは理解してるんだけど、やっぱり、彼と話をしてると他愛ない話に逸れちゃうのよね。
どうしてかな?
「ソラリス……大丈夫か?」
「……大丈夫。うん。大丈夫よ」
「そうか」
きっとこれが、久しぶりに交わす3人の会話なんだから。
意味なんて無くても、出来る限り長く続けてたいものね。
「まずは、リグレッタ。何も言わず急にいなくなって、ごめんな。決して、嫌いになったワケじゃないからな。それだけは、知っててくれ」
「そうね。私もイージスも、リグレッタのことを愛しているから。ずぅっとずっとね」
「でもな、リグレッタは俺達のことを嫌っても良いんだぞ。だって、嫌われても仕方が無いような選択を、俺達がしたわけだからな」
リグレッタが私達を嫌うことを選択するのなら、それを甘んじて受け入れましょう。
「そりゃあまぁ、許してもらえた方が嬉しいけどさ」
「ちょっと、そんなこと言ったら許すしかなくなるじゃない」
「今のは聞かなかったことにしてくれ」
「調子良いんだから」
「ははは。でもまぁ、リグレッタはきっと俺達の想像以上に大きな器を持ってるから、俺はあんまり心配してないけどな」
「そう? 私はとても心配よ。だって、ついこの間もおねしょしてたし」
「何年前の話をしてるんだよ! それに、誰だって油断することくらいあるだろ? ソラリスだってこの間……」
「イージス? 何を言おうとしてるの?」
「な、なんでもありません」
ちょっと油断したら、すぐこれなんだから!
危うく懐古の器に余計な記憶を残しちゃうところだったわ。
……ダメ。
今すぐに話を逸らさなくちゃ。
「ところでリグレッタ。こうしてお話しできるのは嬉しいんだけど。これを見てるってことは、森から出たってコトよね? つまり、私たちとの約束を破ったのね?」
「おいおい、これを記録しながら言うコトじゃないだろ」
「でもっ! 森の外はとても危ないって、アナタだって知ってるでしょ!? 怪我とかしてない? 酷い目に合わされたり、捕まったり、痛いことされたりしてないわよね?」
「大丈夫だって。リグレッタだって立派な解放者なんだぞ? 俺達だって、ここまで無事に逃げてこれたじゃないか」
「それは……私にはアナタが居てくれたから」
「っ!! う、嬉しいことを言ってくれるじゃん。でもまぁ、そういう意味なら、リグレッタだって大丈夫だろ。キミに似て、こんだけ可愛いんだからな」
リグレッタの髪の毛を優しく撫でたイージスは、そっと続けた。
「きっと、良い仲間に巡り会えてるはずだよ」
そう告げる彼の手に重ねるように、私もリグレッタの頭を撫でつける。
「そうね。この子ならきっと」
「だよな。だって考えても見ろよ、森から出てる時点で俺達よりも勇気があるワケだ。おまけに、仲間にも囲まれてれば、怖いものなしだろ」
「でも、知らないからこそ、怖くないだけかもしれないじゃない」
「そうだな。だからこそ、俺達が付いててあげるんだろ?」
「……そうね」
呟きながら、私はイージスの手をギュッと握った。
すると、彼も私の手を握り返してくる。
「リグレッタ。気づいてるかもしれないけど、改めて伝えておくからね。私達はあなたの中に居るから。ずっとずっとあなたと一緒にいるから」
「心強いだろ?」
「安心してね。そして、これだけで良いから覚えておいて。囚われても、移ろっても、繰り返しても、アナタなら解放できる。きっと出来るから」
「そうだぞ。現にリグレッタは森から大きく外に出れたんだ。あの森だけが、家じゃない。この世界のどこでだって、生きていける。そして見せつけてやってくれ」
俺達の後悔を。成長の証を。
私にできなかったこと。
私達に、出来なかったこと。
そのためには、私達は消えなくてはいけない。
ううん。違うよね。
リグレッタに託すのよ。
力と知恵と方法を。
ただ1つ、想いだけは託せない。
だって、仕方が無いよね。
私もイージスも、この世界のことを……。
もう2度と、愛することが出来ないのだから。
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