第109話 ズルいこと
えっ!?
ここで終わり!?
続きは!?
この後どうなったの!?
非常に気になるところで終わっちゃった。
いやぁ、でもまさか父さんが母さんに告白するところを見れるなんて。
母さん、真っ赤っかになってたなぁ。
あんまり照れてるところを見たことなかったから、良い物を見れました。
いつの間にかお茶も空っぽだし、もう1杯注いでこようかな。
「……人間が解放者に」
私が席を立とうとした瞬間、ホリー君がボソッと呟いたよ。
間違いなく、イージス父さんの事だよね。
たしかに、驚くべきことなのかもしれません。
でも正直に言うと、やっぱりそうだったのかぁって感じです。
風の台地とノームの迷宮で見た父さんの様子は、どこか控えめだったからね。
「リグレッタも知らなかったのよね?」
「うん。まぁ、聞いては無かったよ」
「そう……」
ちょっとだけ動揺してる様子のハリエットちゃんは、全然予想してなかったのかな?
対するベルザークさんは、毎度のことながら落ち着き払ってるよ。
多分彼は、言葉にしなかっただけで、私と同じように予想してたんじゃないかな?
いや、元々知ってたって言われても、納得しちゃうかもだ。
「仮説の一つとして考えてはいたけど、まさか本当だなんて……それじゃあハナちゃんの髪の毛も? いや、でも……」
「兄さん、いつもの癖が出てるわよ」
「え? あ、ごめん」
我に返ったホリー君は、照れ隠しするように眼鏡をかけ直してる。
それにしても、さっきからメモを取りまくってるけど、何が書かれてるんだろ?
ホリー君は情報を整理するのが上手だし、あとで見せてもらおうかな。
「ねぇリッタ」
「ん? どうしたの? ハナちゃん」
わざわざコップを持って傍にやって来たハナちゃん。
忙しない尻尾と唇をかみしめてる様子が、緊張を現してるみたいだね。
「リッタのお父さんが、リッタのお母さんに好きだよって言ってたね」
「そうだねぇ。すごく可愛かったよね。あとでもう一回、想いの灯火で見とく?」
自分の記憶を見返せるのは、こういう時に便利だよね。
母さんがこの場に居たら、絶対に止められてただろうなぁ。
「見たいっ!! けど、そうじゃないの!」
反応は良かったけど、ハナちゃんはもっと別の用があるみたいだね。
なんだろう?
「私もね、リッタの事好きだからねっ!」
「……ハナちゃぁん。私もハナちゃんの事大好きだよっ!」
「なんなんスか、それ」
「いいでしょ、カッツさんと違って、私はハナちゃんを泣かせたりしないもんね」
「ついさっきまで喧嘩してたくせに、よく言うっスよ」
「喧嘩するほど仲が良いって言うんだよ?」
カッツさんったら、きっと私達に嫉妬してるんだね。
まぁ、嫉妬したくなる気持ちは分かるけどさ。
「さてと。それじゃあ私はもう一回お風呂に入ってこようかな」
父さんの髪の毛を集める時に、海水でベタベタになっちゃったからね。
他の皆は、懐古の器の話題でご飯を食べるみたいだし。
ここは1つ、ゆっくりさせてもらいましょう。
ちょっとだけ、考えたいこともあるしね。
お風呂場で身体を一通り洗った私は、身体が冷えてしまう前にお湯に浸かった。
全身を心地いい温もりが包んでくれる。
気持ちよさに身を任せてぼんやりしてた私は、視界に映った小さな渦を見て、思わず呟きました。
「大渦の底に沈んで、眠りたい。かぁ」
それは、母さんが望んでいた事。
父さんが説得しなかったら、きっと本当に大渦の底で眠りに落ちてたんじゃないかな。
さすが父さん。ナイスだよ。
お湯の中で父さんに賞賛を送ってみる。
だけど、そんなことで心の中のモヤモヤが晴れるワケないよね?
「母さん……プルウェアって神様と喧嘩でもしちゃったのかな?」
そもそも、どうして追いかけられてるのか、襲撃されてるのか。
そこのところについては何も情報がないのです。
母さんが言うには、永遠に追いかけられるらしいね。
だったら、今こうして森の外に出てる私も、一緒にいる皆も、危険なのかな?
……危険に決まってるよね。
本当なら、今すぐにでも皆と別れて森に帰るべきなのかもしれない。
それこそ、取り返しがつかないことが起きちゃう前に。
ペンドルトンさんも、クイトさんも、フレイ君も。
大切な何かを失ってしまった人は特に、私にそれを求める気がするよ。
その中には、ハナちゃんも居るんだよね。
そのはずなんだけどなぁ。
ついさっき、彼女から告げられた言葉が、向けられた表情が。私の胸をチクチク刺して来るのです。
「母さんの気持ち、すごく分かるかも……」
大好きな父さんのことを想って、大渦の底で眠りに落ちようとした母さん。
そして、そんな母さんを引き留めて一緒に居たいと告げた父さん。
ちょっとだけ、似てる気がするよね。
ハナちゃんは、私を否定して一緒に旅を続けたいって言うのかな?
それとも、一緒に森に帰って、一生森の中で暮らすことを選ぶのかな?
ダメだなぁ……。
私、ズルいこと考えちゃってるよ。
「そもそも、父さんと母さんはどうして私だけ置いていなくなっちゃったの?」
2人がもう生きていないことは分かる。
それは、死に際を知ってるとかそういうコトじゃなくて、分かるんだよね。
でも、じゃあ2人がどうなったのか、どこに行ってしまったのかは、私も知らないのです。
ハナちゃんが言うように、お墓があればこんなことにはならなかったのかもしれません。
居場所が分かっちゃえば、魂とお話しできたかもしれないのにね。
なんて。
「ズルいなぁ」
やっぱり、私は父さんと母さんの子供なんだってコトかもしれないね。
だからズルいんだ。
それでも私は、2人の子供として恥ずかしくないようにしなくちゃだよね。
「まずは、プルウェアって神様と仲直りでもしてみようかな。出来るかは分かんないけど。話はした方が良さそう」
聞きたいことは山積みで、その山の向こう側が見えないくらいだけど。
出来ることは全部、やってみよう。
「よしっ! そうと決まれば、今日は早めに休もう!! 疲れたし!!」
そうして私は、颯爽とお風呂から上がったのでした。
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