第103話 置いてけぼり
ドーンって音が聞こえる。
随分と大きいけど、何の音かな?
まるで花火だね。
「リグレッタ様」
ベルザークさんが呼んでるみたい。
なにかあったのかな?
ん?
そう言えば、私は今なにをしてるんだっけ?
たしか、風の台地を出発した後、のんびりと北に向けて進んでた途中だったはず。
お茶を飲みながら、ハナちゃん達の様子を見守ってて。
それで―――
「ハナちゃん!! ベルザークさん!! 大丈夫!?」
全部思い出したと同時に、私は急いで飛び起きました。
だれも私に触ったりしてないよね!?
「やっと目を醒まされましたね。リグレッタ様」
「ベルザークさん……? えっと、何が起きたの?」
「セイレーンの仕業です。ハナちゃんが居なければ今頃、我々は全員、あの大渦の中に落ちていたでしょう」
そう言いながらテラスの真ん中を指さすベルザークさん。
そこには、ロープで拘束されたセイレーンがいる。
喋れないように口も閉ざされてるみたい。
「セイレーンの唄声には人を惑わせたり眠りに落とす効果があるから、ああやって口を縛ってるんだ」
「そうなんだ。説明ありがとね、ホリー君」
それで急に眠っちゃったのかぁ。
それにしても、ハナちゃんのおかげで助かったって言うのは、どういうコトなんだろ?
ハナちゃんにだけ、セイレーンの能力が効かなかったってこと?
取り敢えずその場に立ち上がった私は、手すりの傍でこっちをチラチラ見て来てるハナちゃんのほうに向かうことにしました。
「リグレッタ様。ハナちゃんの事、しっかりと褒めてあげてくださいね」
「うん。分かった」
セイレーンの事は、ベルザークさん達に任せてて良さそうだね。
それにしても、油断した覚えはなかったんだけどなぁ。
唄かぁ。
どうやって対策すればいいんだろ?
そんな考えは、一旦片隅に追いやって、ハナちゃんとの会話を楽しむことにしましょう。
「ハナちゃん! ベルザークさんから、ハナちゃんのおかげで助かったって聞いたよ! ありがとね!」
「リッタ……うん。良かったね」
「? ハナちゃん?」
なんか、元気がないような。
もしかして、怪我とかしてるのかな!?
「ハナちゃん、もしかして怪我しちゃった!? 痛い所とかある!?」
「怪我はしてないよ。痛い所も、ない」
「そっかぁ。なら良かった。でも、なんか元気ないね。どうしたの?」
「……ここ」
手すりを摩りながら口を開くハナちゃん。
彼女が摩ってる手すりをよく見たら、爪の跡が残ってるね。
はは~ん。
そっか。
もしかして、手すりを傷つけちゃったことを気にしてるのかな?
「それくらいの傷、全然気にしないよ。だって、ハナちゃんが一生懸命に守ってくれた証拠でしょ? 後で治す方法を一緒に考えようね」
「うん」
あれ?
まだ元気ないね。
「ハナちゃん? ほんとにどうしたの? なにかあった?」
元気がない。
ううん。
それはちょっと違うかもしれないね。
どちらかと言うと、怒ってる?
さっきから、ネリネが元来た方向を見つめながら黙り込んでる。
そんな姿が、ちょっとだけ、怒ってるように見えました。
「ハナちゃん?」
「私ね、さっき、ネリネから落とされちゃったんだ」
「えぇぇ!? そ、それって、このテラスから!?」
「うん」
「ホントに怪我してないの?」
「大丈夫だよ。お薬も使ったし」
「そ、そっか。それなら大丈夫か」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ハナちゃんは話を続けます。
「それでね、ガブちゃんを止めたり、おいたんを起こしたりしたの」
「うん。大変だったよね」
「大変だったよ。皆のために頑張ったの。でもね、おいたんが居なかったら、皆を起こせなかったかも」
「そっか」
「おいたんがね、どーんってお空におっきなお花を投げて、皆を起こしてくれたんだよ」
「おっきなお花?」
それって、花火の事だよね?
私の脳裏に、色鮮やかに輝くハナちゃんの姿が浮かんできました。
もうかなり前の事に思えるよね。
あー……。
そっか。
どうしてハナちゃんが怒ってるのか、分かったかもしんない。
「えっと、ハナちゃん。ごめんね。あれは花火って言うものなんだ。それで、その、前に花火のことをハナちゃんのお父さんとお母さんからのお返事だって、嘘を言っちゃったよね。ごめんなさい」
「ううん。リッタは優しいから、良いんだよ。でも、リッタ……」
そう言いながら私に視線を移したハナちゃんの目には、涙が滲んでる。
手すりを握り、肩を震わせながら、問いかけてくる。
その姿がふと、クイトさんの姿に重なりました。
「花火が父たんと母たんのお返事じゃないなら、2人はどこにいるの?」
「それは……2人はね、死んじゃったんだよ」
「そんなこと!! ハナだって知ってるもん!!」
「……ハナちゃん」
ネリネにいる全員の視線が、私達に注がれてる。
それでも私は、涙を浮かべてるハナちゃんから目を逸らせなかったよ。
「2人は死んで、お空に登ってったんじゃなかったの!?」
「違うよ」
「じゃあ! どこにいるの!?」
「だから、もう死んじゃってて……」
「違うよ!! 死んじゃった2人は……ハナは……」
そこでハナちゃんの声が掠れていく。
彼女の震える肩に、私は触れてあげられない。
周りで様子を見てる皆も、誰も動きません。
そんな中、ぽつりとハナちゃんが言うのです。
「ハナ……2人を、置いて来ちゃったの?」
「そんなことは……」
「だって!! お空にいないんでしょ!? だったら、どこにいるの!?」
ハナちゃんのお父さんとお母さんがどこにいるのか。
私はなんにも知らないよ。
みんな、そんなものじゃないの?
強いて言うなら、きっと2人の遺体はまだ、焼けてしまった獣人の集落にあるのかもしれないよね。
燃やされて、原型はとどめてないかもしれないけど。
「リッタは……? リッタのお父さんとお母さんは? どこにいるの?」
「え?」
不意に尋ねられたその質問に、私は静かに答えました。
「ソラリス母さんとイージス父さんは、きっと私の中に居るよ」
「……え?」
「リグレッタ様……それはまさか」
驚いた表情のベルザークさんが、歩み寄ってくる。
「もしかして、両親の魂を奪ったの!?」
「そうじゃないよ! 気が付いたら、2人は居なくなってたもん。でもね、分かるんだ。私の中に居るんだろうなぁって」
ハリエットちゃんまでびっくりしてるジャン。
そんなに変なことなの?
物語とかでもたまに、死んじゃった人が心の中にいるってお話あるじゃん!
それと同じだよ。
解放者以外の人も、そういうのは感じるんだなぁって思ってたのに。
違うの?
だとしたら、ハナちゃんの質問になんて答えれば良いのか分かんないよ。
「リグレッタ様。お墓をご存じですか?」
「お墓? ごめん、知らない」
「そうですか……理解しました」
何を理解したのかな?
っていうか、お墓って何?
困惑する私をみて、カッツさんが呟きました。
「色々なことが出来る割に、重要なことは知らないんスね」
呆れてるっぽいカッツさん。
なんか悔しいな。
でも、ホリー君がすぐにフォローしてくれるのでした。
「彼女はボクらと異なる環境で生きてたんだから、当然なんじゃないかな? そもそも、森から出なかったら必要なかったかもしれないしね」