第102話 ぐちゃぐちゃ
テラスの上に居る変な声の女の人たちが、一斉にこっち向いた。
でも、もう遅いもんね!
ここからなら、テラスに飛び降りれるはずだよ。
「ありがとね、変な声のお姉さん!」
テラスに戻れたら、私にも出来ることがきっとあるはず!
パッと見た感じ、誰も襲われたりはしてないみたいだし。
ひょっとしたら、変な声のお姉さんはそんなに強くないのかもしれないね。
「よいしょ! いてて……またリッタに怒られちゃうかなぁ」
テラスの手すりに爪痕を付けちゃった。
でも、この場所だったら気づかれないかもだよね?
黙ってようかな……ううん。やっぱりちゃんと言った方が良いかも。
だって、後でバレたら怖いもんね。
「とうちゃ~くっ! それじゃあ、皆を起こしてあげるよ!!」
変な声が邪魔をするなって言い続けてる。
そのせいかな?
様子がおかしいおいたん達が、こっちに向かって来たよ。
捕まったら、またさっきみたいに落とされちゃうよね。
だから、今度は逃げなくちゃ!
「そのまえに、アオォォォォォォォォォン!!」
ガブちゃんが気づいてくれたから、他の皆も気づいてくれるかなって思ったけど。
ダメでした。
むしろ、おいたん達の注意を引いてしまったみたいです。
むぅ。
そしたら、どうやって皆を起こせばいいのかな?
お水をかけてみる?
持ってくるのが大変だね。
叩いたりするのは……かわいそうだからやめておこう。
あ、そーだ!
丁度いいのがあるよね!
「おいたん達! ちょっと待っててね! すぐに戻ってくるから!」
階段を降りてネリネの1階に向かおう!
そこに、お薬が置いてあるからね!
リッタも言ってたし。
あのお薬は、どんな病気とか怪我にも効くんだよって。
きっと、みんなが変な感じになってるのも治してくれるよね。
1階にもボーっとしてる『とーぞくだん』の皆が居るけど、ちょっと待っててもらおう!
とにかく今は、お薬だけ持ってテラスに戻らなくちゃ。
ところで、このお薬はどこに塗れば良いのかな?
怪我した時は、その怪我に塗ってたけど。
今回はみんなどこが悪くなったんだろ。
やっぱり、あの声を聞いてから変になったから、耳かな?
「効かなかった時のために、お耳の中に沢山詰め込んであげなくちゃだね!!」
べちゃべちゃするお薬とその入れ物を両手に持った私は、急いで階段を駆け上がります。
そして、テラスに駆け上がった私が、一番近くにいたハリエットお姉ちゃんに走り寄ろうとした時。
死角から、おいたんが飛び出してきました!!
「危ない!! また捕まるところだったよ!!」
さすがはおいたんですね。
動きが俊敏で力も強いから、油断できないのです!
『排除しろ!!』
「排除する」
「おいたん! 目を醒ましてよ!」
お薬を持ちながら逃げるのは難しいね。
でも、その辺に置いてたら盗られちゃうかもだし。
仕方がありません。
おいたんには後で謝ろう。
「ごめんねおいたん! ちょっとだけ攻撃するね!」
左手にお薬をたっぷり出して、身構える。
すると、おいたんが勢いよく突っ込んで来ました。
まるで、大きな壁が迫ってくるみたいです。
でもね、私は壁を登れるようになったんだよ?
「ふふふ! 隙だらけだよっ! おいたん!」
いつも鍛練場で言われてる言葉。
こんなところで言い返せるとは思っていませんでした!
ゴツゴツしたおいたんの身体を肩まで登った私は、左手のお薬を彼の顔にぶち当てました。
反動で倒れこむおいたんから、急いで距離を取ります。
お薬まみれのお顔で、ちょっと眠っててよね!
「よしっ! ふふふ、ちょっといい気分」
そんなこと言ってる場合じゃないのです。
残りはおいたんみたいに戦える人はいないから、簡単だと思うけど。
油断しちゃダメだよね。
問題は変な声の女の人たちだね。
今は全員が空に飛び上がって、ギャーギャー騒ぎ続けてるだけだけど。
もしかしたら、攻撃してくるかもしれないよ。
「それじゃあハリエットお姉ちゃんとホリーお兄ちゃん、それとカッツさん。今から起こしてあげるからねぇ」
そうして私は、他の皆にもお薬を塗ってあげました。
さすがにおいたんみたいに強くは塗って無いよ?
捕まえようと近づいて来る皆の周りを走り回って、隙を見て耳の中に薬を詰め込んだのです。
そうすれば落ちないし、変な声も聞き取りにくくなるよね。
「……なにが起きてるっスか?」
テラスに仰向けに寝転がってるカッツさんが、最初に意識を取り戻したみたい。
ん?
カッツさんが最初?
おいたんじゃないんだ?
ふと、おいたんの方を見てみると、ゆっくりと立ち上がろうとしてるね。
でも、なんかまだ様子がおかしいような?
「なんスか!? 耳が聞こえにくいと思ったら、なんか詰まってるっス!?」
「そっか!! かっつさん! それはとっちゃダメ!!」
「ん? ハナちゃん? 何スか? なにを言って……なんでこっちに走ってくるんスか!?」
カッツさんがちょっとだけお薬を耳から取り出してたから、急いで補充したよ!
ちょっと勢い余って、倒れちゃったけど。
あとで謝っとこ。
その流れでおいたんに飛びついて、耳にお薬を詰め込みます。
ほぼ同時に、おいたんに両肩を掴まれちゃったよ。
投げられるっ!!
とっさにおいたんの身体にしがみ付いた私。
でも、心配しすぎだったみたいだね。
だって、肩を掴んでた手が、そのまま私の頭を撫で始めたんだから。
「状況が分かりませんが、これは取らない方が良いと言うことですね? ハナちゃん」
「おいたん!! 目が醒めたの!?」
嬉しくてつい、肩から飛び降りて声を掛けたけど、おいたんには聞こえてないみたいです。
「すみません、聞こえません。ですが、なんとなく理解できてきました」
そう言ったおいたんは、まっすぐ上を見上げたよ。
「あの空を飛んでいる魔物は、音か声を使うのですね? ハナちゃんだけが動けていると言うことは、衝撃の類ではなさそうです。惑わす……そう言った類でしょうか」
さすがはおいたん!
取り敢えず大きく頷いて、合ってることを伝えておこう!
次に視線を落としたおいたんは、リッタを見た。
「眠り……なるほど。それであのプルウェア聖教の女は襲撃の際に眠りの魔術を使用したのですか。だとしたら今回、非常に危険な状況だったことになりますね。ハナちゃん。よく1人で対処してくれましたね」
「えへへ。危なかった。でも、あれはどーしたらいいか分かんない」
声じゃ聞こえてないから、空を飛んでる女の人たちを指さしたよ。
そしたら、おいたんがもう一度私の頭を撫でてくれた。
「安心してください。私に考えがありますので」
そう言ったおいたんは、一人でお家の中に入って行ったよ。
かと思ったらすぐに出て来た。
何か黒くて丸い物を持ってきたね。
「耳障りな音は、それ以上に大きな音で聞こえなくしてあげましょう」
「それって」
もう吠えてみたけど、出来なかったよ!
そう言おうとした私の目の前で、おいたんは黒くて丸い何かに火を付けた。
そして、火の付いたそれを勢いよく上空に投げ上げる。
どうでも良いけど、すんごく高くまで投げたね。
すごい力です。
首が痛くなるくらい見上げて、どうなるのか見てると。
突然、小さくなった黒い何かが、空中で爆発したよ。
お腹に響くくらいにおっきくておっきな音と、色鮮やかな灯りが空に広がった。
これは、私知ってる。
まえに、リッタが見せてくれたよね。
憶えてる。
憶えてるよ?
あの光は、お父たんとお母たんのお返事なんだって、言ってたもん。
それをどうして、おいたんが持ってきたの?
お家にあったの?
お父たんとお母たん、ネリネにいたの?
じゃあどうして、リッタは教えてくれなかったの?
もしかして、お父たんとお母たんがお返事をしてくれたってお話は、ホントじゃなかったの?
「それにしても綺麗な花火ですね。そうは思いませんか? ハナちゃん? ……ハナちゃん?」
大きな音と爆発に巻き込まれた変な声の女の人たちが、テラスに落ちてきました。
そんなことをあまり意に介さない様子のおいたんが、声を掛けてきます。
でも、返事なんかできないよ。
だって、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃってたんだもん。