第100話 変な声
ぜんぽーにおっきいグルグルが見えます!!
あれってなんだろ?
水がグルグルなってるのかな。
隣のフレイ君も知らないみたいだし、おいたんとハリエットお姉ちゃんとホリーお兄さんも驚いてるよ。
きっと、すごいものなんだよね!
リッタも驚くかな?
あれ?
リッタ、まだ手すりのとこに来てない?
そっか、いつもみたいにちょっと離れたところから様子を見てるんだ。
そうだよね。
「あれが慟哭の岬で有名な大渦ですね。すごいなぁ、ここまで渦の音が聞こえて来るなんて」
「岬の先端から落ちちゃったらひとたまりもなさそうね」
「ひえぇぇ。あんなとこ、落ちたくないっスよ」
あのグルグルって、大渦って言うんだね。
ホリーお兄ちゃんのおかげで、ハナは1つ大人になれました!
ドサッ
ん?
何か、後ろで倒れたのかな?
すぐに振り返った私は、うつ伏せに倒れこんでいるリッタを見つけたのです。
「リッタ!?」
「ハナちゃん? リグレッタ様がどうかした……の……です、か」
「おいたん! リッタが倒れてるよ!」
どうしたのかな!?
リッタが倒れちゃうなんて、見たことないよ!
近付いて顔を覗き込んでみたら、すやすや寝息を立ててるみたい。
寝てるだけなら、大丈夫なのかな?
リッタ、実は疲れてたのかも。
気付けなかったな。
でもどうしよう。
こんなところで寝るのは、あんまりよくないよね?
「リッタ、起きて! ベッドで寝ようよ!」
気持ちよさそうなリッタの耳元に声を掛けてみるけど、全然起きてくれないよ。
そうだ、こういう時はおいたんがなんとかしてくれるんだよね。
すぐにおいたんに声を掛けて、皆でリッタを部屋まで引っ張っていけば良い。
そう思ったんだけど。
なんか、おいたんの様子が変?
ううん。
皆の様子が、変だよ。
「……行くべし」
「おいたん? リッタが寝ちゃったから、お部屋に連れてこ」
「……れて、行くべし」
「おいたん?」
目がボーっとしてるし、途切れる声で何か言ってる。
「おいたん! ハリエットお姉ちゃん! ホリーお兄ちゃん! カッツさん! フレイ君!」
「連れて、行くべし」
「連れて行く? そうだよ! リッタをお部屋に連れて行こうよ!」
「連れて行くべし」
「みんな? どうしたの? 何言ってるの? ハナ、分かんないよ」
さっきまで普通に話してたのに!
どうして、誰も答えてくれないの?
なんか、ヤダよ……怖いよ。
「母たん……父たん……」
思わず空を見上げてみるけど、やっぱり2人とも返事してくれないよ。
誰か……。
誰か、助けてよ。
リッタ……。
『おいで……』
「っ!?」
空を見上げながら、泣くのを堪えてたら、聞いたことない声が聞こえました。
誰の声?
「だれ!?」
『おいで……つれて、おいで』
「誰なの!?」
微かな声はとても遠くから聞こえて来てるみたいです。
渦の音と一緒に聞こえるから、聞き取りにくいね。
でもハナは耳が良いから、聞き分けることが出来るのです!
『連れておいで、こっちにおいで、みんなでおいで』
「だから、誰なの!?」
『……』
空に向かってそう叫んだら、声が止んだよ。
もしかして、びっくりさせちゃったのかな?
「あ、あの……」
『誰だ……』
「あなたこそ、誰なの!?」
『誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ』
「ハナだよ! あなたは誰!?」
『なぜだなぜだなぜだなぜだ何故だ……』
この声、変だよ。
もしかして、皆がおかしくなったのって、この声のせいかな?
じゃあ、皆の耳を塞いだら元に戻ったりする?
試してみようかな。
なんて考えてたら、変な声が変なことを言い始めたのです。
『いらぬいらぬいらぬいらぬいらぬ要らぬ』
「なに?」
変な声がそんなことを言い始めたら、ボーっとしてたみんなが急に動き始めたよ。
でも、やっぱりまだ変なままだ。
「おいたん? どうしたの? なにするの!?」
「要らぬ要らぬ要らぬ要らぬ要らぬ要らぬ」
「お、おいたん、近づいて来ないでよ! 来ないで!!」
逃げたい!
でも、逃げたらリッタを置いてきぼりにしちゃう!
どうしよう。
皆に怪我させたくないし。
でも、誰も助けてくれる人なんて……。
そう思った次の瞬間。
私はおいたんに首を掴み上げられちゃった。
『ハナなど必要ない』
「要らぬ」
「おい……たん」
首が、くるし……。
逃げなくちゃ。
リッタを連れて、逃げなくちゃ。
おっきな龍に母たんと父たんが襲われた時も、私は怖くて逃げました。
逃げるように言われたから。
仕方なかったんだもん。
誰も、助けてくれる人なんかいなかったから。
私はまだ、戦えるほど強くないもん。
だから。
なんとしてでも、逃げ出さなくちゃ。
そう思った瞬間。
私は勢いよくテラスの外に放り出されちゃった。
目の前がグルグル回って、体中が痛くて、気が付いたら硬い地面の上に落ちてたよ。
ネリネが、遠ざかっていくのが見えるね。
それと同時に、変な声も聞こえなくなったよ。
良かった。
これで逃げ出せたかな。
腕とか脚とかいろんなとこが痛いけど、もう怖くは無いね。
大丈夫だ。
大丈夫……なのかな?
どんどん離れてくネリネ。
あの中にはまだ、皆が居るんだよ?
リッタもおいたんもカッツさんもハリエットお姉ちゃんもホリーお兄ちゃんもフレイ君も。
皆が、逃げ出せてないんだよ。
そう言えば、フレイ君が言ってたね。
元気が無くて、お部屋から出てこないフレイ君のお話を聞いてた時。
お礼を言われた後に、真面目な顔の彼から言われたんだ。
『お前は何があっても、大切な人を置いて逃げたりするなよ? リグレッタは、あぁ言ってるけどさ、あれは何かをやった時の後悔の話で、何もできなかった後悔のことは、きっと考えてないと思うからさ』
ネリネはどんどん先に行っちゃう。
私、追いつけるかな?
「でも、そうだね……フレイ君」
置いて逃げたりできないよ。
……今は私の方が置いてかれてるけど。
とにかく、追いかけるしかないよねっ!
だって、決めたんだもん!
ずっとずっと一緒にいるって。
まだ手も握れてないのに。
こんなところでお別れなんて、出来るわけないもん!!