第10話 お隣さん家
「……どうしよう」
蜂の大群は、どうにか撒けたみたい。
でも、ここどこ?
必死すぎて、どっちから走って来たのかも分かんないし……。
あぁ。もう、最悪だなぁ。
「ハナちゃんたち、無事かな……きっと大丈夫だよね。シーツと箒もいるし」
今は人の心配をしてる場合じゃないかも。
どうにかして、ハナちゃんの所に戻らなくちゃだね。
「それにしても、前に森の中を歩いた時と、雰囲気が違うなぁ」
あの時は、ハナちゃんと2人だったってのもあるけど。
森ってこんなに暗かったっけ?
それに、さっきの蜂の魔物は、どうして私を追いかけて来たんだろう。
「うぅぅ。思い出したら、後ろから羽音が聞こえてくる気がしちゃうなぁ。考えすぎだよ、私」
家に帰っても、蜂の魔物が追いかけてきたらどうしよう……。
「あぁぁぁぁ!! 考え出しちゃったら止まんないよぉ。いないよね? どっかから見られてたりしないよね!?」
茂みとか木の裏とかに視線を向けてみるけど、何かが飛び出して来る様子はない。
良かった。
「そ、そうだよ。今までもずっと、私達を襲ってくる魔物とかいなかったんだから。きっと大丈夫だよ。落ち着け、私。落ち着こう、私」
とにかく今は、助っ人を周りに放ちながら、元来た方に引き返すのが良いよね。
って、どっちから来たのか分かって無いんじゃん。
「……高い所に登って家の方角を確かめてみる?」
背の高い木の天辺なら、周りを見渡せるかもしれないよね。
多分、父さんならそうしたと思う。
「問題は、木登りしなくちゃいけないってことだよね……そうだ。こういう時こそ、母さんのマネをすればいいんじゃん」
たしか、『ひでんのしょ』にも書いてたはず。
「何だったっけ? 歌詞はよく覚えてないけど。まぁ、大事なのは魂だよね」
取り敢えず、近くの木に手を添えて。私はうろ覚えの唄を口ずさんだ。
『ひでんのしょ』の4冊目、37頁に書かれてる唄。
エントさんの唄。
この唄を唄いながら木に魂宿りの術をかければ、エントさんになるんだ。
エントさんと一緒なら、きっと森の中も怖くないはず!
きっとそうだよね!
何だったら、リーフちゃんも呼ぼうかな。
なんて考えている間にも、手を添えてた木の根が盛り上がって、足に変化した。
寝起きなのかな、エントさんは頭をブルブルと振ってる。
「起こしちゃってごめんね。私リグレッタ。家に帰りたいんだけど、迷っちゃって。できれば、家まで一緒に着いて来て欲しいんだけど」
そう声を掛けた私を、エントさんは頭の葉を鳴らしながら覗き込んでくる。
どうするべきなのか考えてるのかな?
お、腕を前に差し出して来たけど、これって、腕に乗れってことだよね?
「それじゃあ、失礼して」
フワフワの木の葉で作られたベッドみたいな肩の上に、私は腰を下ろす。
うん、座り心地は良いね。
それに、結構な高さだから、周囲も見渡せる。
さすがに、家の方向まではわかんないけど。
「それじゃあ、あっちの方に進んでもらっても良いかな」
私がそう言うと、返事も無くエントさんは歩き始めた。
ズシン、ズシンって歩くたびに、お尻に震動が来るね。
さすがにちょっとだけ痛いけど、歩くよりはマシかな。
「それにしても、こうして高い所から見ると、魔物とか動物とか、結構たくさんいるんだねぇ」
茂みとか木の幹とか、歩いてたら視界を遮るものが多いから気づいてなかっただけなんだなぁ。
エントさんの歩く音に驚いて、沢山の生き物が逃げ出してる。
ごめんねぇ。
これじゃあ私は、静かな森を荒らしてるよそ者って感じだ。
「一応は私も、この森の住人だけどね」
森の静寂を取り戻すためにも、早く家に帰らないと。
それに、まだクマさんは見つかってないワケだし。
「どうしたらいいのかなぁ。ねぇ、エントさん。何か良い案があったりしない?」
そんなこと聞いても、エントさんは喋れないんだから、答えてくれるはずがないよね。
なんてことを考えてた私の耳に、聞き覚えのある音が飛び込んできた。
「っ!? この音は!! エントさん! 逃げて!!」
間違いないよ!
蜂の羽音!!
この音が聞こえるってことは、進んでた方角は間違ってなかったんだね。
って、安心できる状況じゃないよ!
エントさんは急いで方向転換しようとしてるけど、身体が大きいから小回りが利かないみたい。
あっという間に、蜂たちに包囲されちゃう。
「マ、マズい……囲まれちゃった」
私達の周りをブンブンと飛び回る蜂たち。
あぁ……このまま私は、彼らに刺されちゃうのかな?
痛いかなぁ? きっと痛いよね。
嫌だなぁ。
「おい、そこの小娘!」
「ひ、ひゃいっ!?」
刺されるのは嫌だ、なんて考えてた私は、突然の声に思わず変な声を出しちゃった。
恥ずかしい……。
エントさんの肩に茂ってる葉っぱの中に身を隠しながら、私は声のした方を見る。
「え? 誰? どこに居るんですか?」
「白髪にエント……なるほど、そういうことか」
人の姿はどこにもないのに、声は聞こえてくる。
この場に居るのは、私とエントさん、それに沢山の蜂だけなのに……。
そう言えば、蜂の中に1匹だけ様子が違うのがいるけど。
あれ? あの蜂さん、私の方を見てるような?
「お前、解放者だな?」
「え?」
間違いない。喋ってるのは蜂さんだ。
でも、魔物って喋るんだっけ?
その辺の話は、あんまり知らないけど、もしかしたら、喋る魔物も居るのかもしれないね。
「おい! 聞いているのか!」
「あ、はい! そうです! 私は解放者で、名前はリグレッタと言います!」
「名前などはどうでも良い。それよりも解放者。貴様、どういうつもりだ!」
喋る蜂さんは、何か怒ってるみたい。
私、何かしちゃったかな……?
「あ、あの、それはどういう意味ですか?」
「貴様の放ったクマが、我らの貴重な蜜を荒らしているのだ!!」
「クマ? クマさん!?」
なんというコトを……。
「本当にゴメンなさい! 実は私も、そのクマさんを探すために森に入ってまして」
かくがくしかじか。
私は今までの経緯を、喋る蜂さんに説明した。
それでどうにか状況を理解してもらえたみたいで、クマさんの居る場所まで案内してもらうことに。
そうしてたどり着いたのは、崖の洞窟に作られた巨大な蜂の巣。
これってもしかして、お隣さんになるのかな?
そう考えると、ちょっとドキドキするね。
エントさんから降りて、地面近くの穴から中に入ったところに、クマさんがいる。
ちょこんと腰を下ろして座ったまま、壁から垂れ出て来る蜜を手に取って、ぺろぺろと舐めてるみたい。
石で出来たクマさんの身体には、沢山の傷がある。
多分、蜂さん達が蜜を舐めるのを止めさせようとした跡だよね。
それでもやめなかったんだ……。
「美味しそう……じゃなくて。こら、クマさん! こんなところで何してるの?」
私の声を聞いて、ようやくこちらを振り向いたクマさんは、フンッとそっぽを向いて蜜を舐め続けた。
「この状況でどうして舐め続けれるの?」
図太いクマさんだ。
仕方が無いね。
ここは少し、荒業で対応するしかないでしょう。
「ごめんね、クマさん。でも、クマさんも結構悪いと思うよ?」
そう言った私は、そっとクマさんの背中に手を添えて、中に込めてた魂を回収する。
動かなくなったクマの石像。
そんな石像を、蜂さん達はテキパキと、巣の外に運び出すのでした。
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