第1話 最後の生き残り
私はリグレッタ。15歳。
人里離れた森の中でひっそり暮らしてる、うら若き乙女。
なんて言ったら、母さんと父さんはきっと笑ってくれる気がする。
『お母さんたちがいるでしょ?』
とクスクス笑う母さんと。
『うら若きって言葉の意味、ちゃんと理解してるのか?』
とからかうように笑う父さん。
1年前まで、この家で一緒に暮らしてたんだよね……。
そう思うと、やっぱりちょっと、寂しいな。
窓から降り注ぐ朝日に促されて身を起こした私は、ついさっきまで見てた夢を思い返しながら、大きくあくびをした。
まだ眠い。
眠いけど、起きなくちゃいけない。
「ふぁぁ~……二度寝しようかなぁ……」
頭では分かってるんだよ?
分かってるけど、やっぱり睡魔って強敵だよね?
特に私は、睡魔にめっぽう弱いから。
母さんにもいつも言われてたし。
頭の中で言い訳を並べつつ、ベッドの下に落ちてる毛布を手繰り寄せようとした私は、視界の端に1冊の本を捉えてしまった。
『ひでんのしょ』
背表紙にでかでかと並ぶその文字は、私の字。
その『ひでんのしょ』には、母さんや父さんから教わった沢山の知識が、詰め込まれてる。
ちなみに、今私が目にしたそれは、5冊目だったはず。
自分で作っておいてあれだけど、1冊目なんて、何が書かれてるのか分からなかったからね。
もはや、お絵描き帖だったし。
「時間は有限、だったよね、母さん」
手繰り寄せた毛布をベッドの上に放り投げた私は、そう呟いた後、大きく深呼吸をした。
「ふぅ……さぁ、そろそろ皆も起きてよね。もしかして、私に全部やらせるつもり? まぁ、サボらせるつもりなんて無いけどさぁ~」
背伸びをしながら立ち上がって、部屋を見渡した私は、いつものように鼻歌を奏でてみせる。
途端に、部屋中のあらゆる物が、一斉に動き始めた。
ベッドシーツや毛布は、宙に浮かんだかと思うと、勝手に窓を開けて物干し竿の方に飛んで行く。
床に転がってた本たちは、自ら本棚の中に収納される。
壁に立てかけられてた箒は、家じゅうの窓を開け放ったあと、掃除を開始した。
これぞ、私達一族に伝わる秘伝の技。
魂宿りの術。
『ひでんのしょ』2冊目の5ページ目に書かれてる、基礎中の基礎なんだけど。
凄く便利だよね。
この術が無かったら、この1年で家じゅうが大変なことになってたはず。
掃除とか、1人じゃ到底終わらないもん。
「さてと、それじゃあ私は、朝ご飯を作ろうかな」
昨日とれたての野菜と、干し肉、そして卵で、何か作ろう。
その後は、いつも通り庭の畑の手入れかな。
「もう少し曇ってくれたらありがたいけど……暑そうだねぇ」
爽やかな風と一緒に入り込んでくる明るい陽射しが、私の白い肌に突き刺さる。
帽子とか、タオルとか、ちゃんと用意しなくちゃダメだね。
それと水分も。
最近ホントに暑いから、気を付けないと。
倒れちゃったら誰も助けてくれないし、健康第一で行きましょう。
なんてことを考えながら、キッチンに向かった私は、開け放たれた窓に1羽の折鶴が止まってることに気が付いた。
数日前に魂宿りの術を仕込んだ子だ。
「お、帰って来たんだね。今回は何を集めて来てくれたのかな?」
風に揺れる折り鶴をそっと掌の上に乗せた私は、慎重に折り鶴の身体を開いた。
中から出てきたのは、見たことない植物の種が1つ。
「おぉ~、さすがだね。ありがとう。あとで図鑑にそれっぽいのが載ってないか探してみようかな。載ってれば、育て方も分かるかもだし」
またまた畑で育てたい子が増えちゃった。
でも、どんなのが育つのかワクワクするよね。
また今度、1羽追加で放ってみようかな。
最近、色々とやりたいことが増えすぎて困っちゃうんだよね。
術を使えば、大抵の事は出来ちゃうし。
いっそのこと、全部みんなに任せたいところだけど、私がサボってるとみなされたら、みんな言うこと聞いてくれなくなっちゃうからなぁ。
前に休憩と称してお茶を飲みながら畑仕事をサボってたら、桑が仕事をボイコットしちゃったことがある。
意外と我儘な子達なのです。
まぁ、私の魂を宿してるんだから、当然だよね。
お腹を満たして、のどを潤して、一息吐いたら庭に出る。
午前中は畑仕事をして、その後は、何をしようかな。
「そろそろ家の増築に手を付け始めても良い頃かな……読書部屋とか欲しいよね! それに研究室も! あと、大きなお風呂とかも欲しいかも。でもでも、トイレが汚いからそっちを綺麗にした方が良いかな」
あれやこれやと妄想しながら、畑の雑草を抜いていた私。
すると不意に、家の中から大きな音が聞こえてきた。
何かが倒れるような、そんな音。
「……何の音? もしかして、また何か倒したんじゃないよね!?」
少し前に掃除をしてた箒が本棚を倒したことがあったのを思い出す私。
あれは危なかったなぁ。
って、そんなことを考えてる場合じゃないよ!
急いで家の中に駆け込んだ私は、沢山の箒とお玉、そしてスポンジがキッチン付近で大騒ぎしているのを目にする。
「何があったの!?」
声を掛けながらキッチンを覗き込んだ私は、その場で固まってしまった。
赤い毛並みを持った獣人の女の子が、ロープでぐるぐる巻きにされた状態で横たわってる。
「え? えっと……どういう状況?」
涙目で私を見上げてきている女の子は、ロープに口元を塞がれてるせいで返事ができないらしい。
つまり、私の問いかけに答える人は誰も居ない。
すぐに拘束を解いてあげて。
ロープに向かってそう言おうとした私は、ふと思いとどまって口を噤んだ。
良いのかな?
私は、この子に関わっても、良いのかな?
脳裏に、母さんと父さんの声が響く。
『リグレッタ、良い? 絶対に森の外に出てはダメだからね』
『そうだぞ、森の外に住んでる人たちと関わることもダメだ』
そう言う2人に、私は質問したんだ。
『どうして外に出ちゃダメなの? 関わっちゃダメなの?』
すると2人は、少しだけ悲し気な表情を浮かべながら、教えてくれた。
『私達、解放者は、普通の人にとって危ない存在だからよ』
私の名前はリグレッタ。
人の魂を解放し、物に宿すことのできる一族、解放者の末裔。その最後の生き残り。
森の外の人々は、私達のことを死神と呼ぶんだって。
人の魂を―――命を、触れただけで奪い取ることができるから。
多分、私はこの獣人の女の子に関わるべきじゃない。
頭では、分かってるんだ。
でも、そうも言ってられない状況ってあるよね。
「っ!? ちょっと!! どうして血が出てるの!?」
彼女を縛るロープがジワジワと赤く染まり始めてる。
その様子を見た私は、気が付けば彼女を介抱してたのだった。
面白いと思ったら、「ブックマーク」や「いいね」をよろしくお願いします。