怖くないのが怖い
この話を聞いたのは、悠太から 『誰が聞いても怖くない怪談』 を聞いたその日の夜だ。父が微酔で頬を少し火照らせて帰宅したと思ったら、それを冷ますように 「怖い話あるぞ」 とほぼ投げるように語りはじめたのだ。
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これは私が小学生、低学年の頃の話です。
私は昔からパパっ子でした。父子家庭であることを除いてもずっと父が大好きで、父が夜中トイレに行く為に布団から出ただけで、私は寂しくなり家中探し回るほどでした。
ある日、いつも同じ部屋で寝ているはずが、どこか知らない部屋のように感じました。まるで、わざと怖い写真にする為、色調補正をかけた部屋のように私の目には映ったのです。
(怖い) と思う直前に (誰か立っている) そう感じた瞬間、倒置法の効果のように、恐怖が何倍にも増して襲いかかり、私の心を支配しました。父が立っているだけの可能性を微塵も感じなかったのは、ほぼ直感でした。そもそも豆電球が点いているとはいえ、薄暗く橙色に光っているだけの部屋で立ち続けている意味が私には理解できません。
私は意を決して、視界の隅に在る ”それ” に目をやりました。そして、視認した瞬間、後悔しました。
目から涙を流し、濡れた長い髪を垂らし、私を見る為に顔だけをこちらに向け、無表情の女性と思しき存在が、父の布団の上に立って居た。
私にはもうその存在が人間ではないことが分かっていました。父に助けを求めるべく、声を出そうにも出ない、体を動かそうにもとてつもなく重い、まるで真っ暗な泥の中に全身浸かり、もがいて動こうとしている様でした。
そして、その存在は動く気配を感じさせない為 (まだ私を見ている) と恐怖心をさらに煽られている気分でした。幾許かの時間が過ぎた時、私は違和感を感じました。
〈何故、真っ暗なんだ〉
確かに、部屋の電気は点いていたし、目を瞑った自覚も、感覚もない。現に私は今瞬きをしている。と考えていたら少しずつ明るくなってきて (よかった、あいつはどっか行ったんだ) と私は安堵し始めました。
そして、暗くなっていた原因が明るくなるにつれて判明していったのです。
少しずつ、少しずつ、私の顔から何かが遠ざかっていく。それを顔だと認識できた瞬間、跳ね上がる心臓と共に意識が無くなった。
何かが私の肩を揺らし、気がついた時、父が心配そうに私を見ていた。どうやらうなされていたようで、心配になり起こしてくれたそうだ。
夜中の三時、徒歩で一分かからない最寄りのコンビニへ父と二人で出かけ、アイスを食べ、その日のことはすぐに忘れた。
この出来事を思い出したのは三日後、父が事故に遭い亡くなってしまった事がきっかけだ。
その日 「目に違和感がある」 と仕事を早退し、病院に向かっていた。と聞き三日前の出来事を思い出した。
”あいつ” には目が無かった。
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「...その霊が父親の目を持っていったって話?」
「どうだ、こええだろ」
「ありきたりというか、なんというか...」
「なんだよお、せっかく超怖い話してやったのに」
「今のが超怖い話ってどういう事だよ」
「実話だからな今の」
「実話?誰の?」
「俺の同級生だよ」
どうやら、今夜父が出席していた同窓会で久しぶりに会った、昔の友人に聞いた話らしい。俺とほぼ同じ歳の子どもがいたが、事故で夭折した為、話題になっていたそうだ。
彼と仲が良かった同級生が、その娘に 「関係ないとは思うんですけど、昔こんな事が」 と相談されたことをふらふら言い回していたところ、父が酒の力を借りて、詳しく聞いてしまったそうだ。
「そして、その話を聞いたって事だね」
「そうそう。 お前こういうの好きだろ」
「嫌いじゃないけど...」
「じゃあいいじゃないか! 感謝しろよお。 父ちゃんは寝る!」
父は話しながら缶ビールを煽っていたので、さらに酔いが回ったのかフラフラしながら寝室へ向かった。
それにしても、今日悠太に聞いた話と似ている。似ていると言っても
〔最終的に事故で亡くなっているという点〕
〔さほど怖くないという点〕
だけだが。何故か、切って離せない自分がいる。
「悠太にMINEするか」
『~~ って話』
『なるほどねえ。 で、それ本当?』
『本当だ。 ついさっき親父から聞いたばかりだって』
『ああ、それは疑ってないんだけど、その話は本当に、和也のお父さんの友人の話なの?』
『どういうことだ?』
『その話、 6ch にさっき投稿されてた』
『...今日の同窓会に出席してた人間じゃないのか?』
『それか亡くなった方の娘』
『あんまり怖くない怪談を投稿する意味あるのか』
送信した直後に 「あっ」 と声を出してしまった。
『和也も聞いて、話して、薄々感じてただろ』
『勘違いだろ』
『ただつまらない怪談に共通点があっても不思議じゃないが、この2つは明らかにオチが弱い』
悠太の言いたいことはわかる。
『オチが弱いってことは、下手に脚色されてないって見方もできるよな』
『そう思うのも仕方ないけど、あまりにも突拍子すぎやしないか』
『あと、それにその霊には目が無かったというのも未解決で気になる。 何が目的で、何故目が無かったのか... こういうのは怪訝に思っていても仕方ない。今度和也のお父さんにその娘の連絡先聞いておいてくれ』
『ええ! 面倒臭い』
『まあまあ、今度のオカ研発表会の材料だと思ってさ』
『気が向いたらな』
適当に悠太との連絡を終わらせ、ベッドに横たわる。一向に肩の力が抜けない。
今日聞いた二つの話、確かに偶然ではない様に思える、だが怪談なんてものは星の数ほどあり、派生し、オリジナルが生まれたりするものだ。少しくらい似た話があっても、なんら不思議なことではない。と、強引に思考を停止させ、床に就いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一見ただの面白くない、怖くない怪談ですが、妙な共通点ともいえない共通点。
和也と悠太はこれからどうしていくのでしょうか。
鳥海 友戛