物書き令嬢は婚約者の兄達に断罪される
私の夢は有名小説家になること「だった」。
私は夢が叶う直前で事故死して、このよく分からない古めかしい世界に生まれ変わったというわけである。
「前世の記憶もあるし、これはつまり前世で日の目を見なかった私の小説達をこの世界に流行らせろということなのでは!?」
そう思ったのだけれど……
「いやいやいやいや、貴族社会でBL18禁本が流行るわけあるかーーーい!」
そう、私が描いていたのは耽美モノ。この世界では閨教育でほんのりふわっと触れるだけの絶対的禁忌だ。
以前下町の春画を所持していた者は学園を退学になり、その後の消息を知るものは居ないと聞く。
「公爵令嬢に生まれ変わった私がそんな危険な爆弾生み出せるワケあるかーーー!!!!」
そんなわけで私は涙を呑んでジャンル替えに踏み切ったのだった。
しかし一口にジャンル替えと言ってもどうしたものか。この世にすでに存在する物語といえば童話か、実話をもとにした随筆ぐらいだ。
あちらの世界で流行ったものをこちらで流行らせるのは簡単かもしれないが、それだけは私の作家魂が許さない。
とはいえウケないものを書くわけにも……
「おい」
「少女マンガみたいなのが書けるといいんだけどそっちはやった事ないからなぁ……うまくネタが……」
「おい!」
「でも、恋愛モノはやっぱ王道で……」
「おい!聞いてるのか!いい加減にしろ!」
「へ?」
気づけば私は大勢の人に囲まれていた。どうやらまた悪い癖が出たらしい。
「すみません、ちょっと考え事をしていたみたいで……何の御用でしたでしょうか」
「なんの御用だと?聞いていなかったのか!」
「信じられん、なんという女だ……」
「ですから、こうして心より謝罪を申し上げているのです。これだけ謝罪をしているのですから、そちらも矛を収めてお話を頭からしてくださるのが筋ではございませんか?」
「頭から、だと……?自分の悪事をこれだけの聴衆の前でもう一度聞かせると言うのか?なにを考えているんだ貴様は」
なにを考えていると言われると、新ネタをどうしようかと考えていたのだけれど、どうもそんな呑気な雰囲気ではなさそうだ。
「ええい、分かった。何度でも言おう。公爵令嬢シャンリア゠カルカナード、お前の数々の悪事は我々の耳に入っている!よって第五王子マルヤーノンとの婚約の解消を命じる!」
「あー、あの婚約まだ破棄されてなかったんですか」
「な、何!?」
「マル様にはもっと適任の方がいらっしゃると日々進言しておりましたのに」
同い年のマルヤーノン王子は生まれた時から決められた結婚相手だ。上の王子達と違って権力争いから遠いせいか欲も無く、温厚でとてもやさしい青年だ。
「あら、マルヤーノン様もいらっしゃっていたのですか。ご機嫌麗しゅう」
「やぁシャリィ。君も、うん、なんていうか本当に調子が良さそうだ」
マルヤーノン様のことだ。私が彼らの長い話に飽きて脳内妄想が捗っていたことも察知してくれているのだろう。さすがは我が盟友だ。
「そうなんです!聞いてくださいませ、新しい話の案が……」
「本当?ぜひ聞きたいよ!今度はどんな……」
「まだ話は終わっていないぞシャンリア!!!マル、お前もだ。にいちゃんたちが折角お前のダメな婚約者を今日こそ断罪してやろうっていうのに、何を馴れ合っているんだ!」
よく見れば、なにやら喚いているのは王子連中だったようだ。
一番背が高いが力も弱そうなのが長男。さっきからガーガーうるさくてガタイもいいのが次男。三男と四男は正直未だに見分けが付いていない。多分右が三男だ(違う)。
「それで、私忙しいのですが、その罪とやらは一体何でございましょうか?」
あちらは王族だ。私がいくら力のある公爵家の人間だろうとも、さっき浮かんだネタが飛んで行かないように必死であろうとも、礼儀を欠いたりは決してしない。
「さっきも言ったが……まずは婚約者であるマルヤーノンを無下にしたことだ!デートの約束をすっぽかし、茶会でも独り言ばかり言ってマルヤーノンを愚弄したと近侍から報告を受けている!」
「他にもあるぞ!貴様は公爵令嬢であり、この国の王子の婚約者という立場でありながら、学園の問題を放置しているそうだな!コーリン子爵令嬢が自殺した件も貴様の差金だろう!」
「それだけではない!王室の馬車を私用で使い倒しているそうではないか!ある時は国王の予約があるにもかかわらず、勝手に持ち出したそうだな!」
「さらにはだ!異国の者と内通し、傾国を企んでいるとも聞いている!」
「私は異国の者に色目を使っていたとも聞いたぞ!忌々しい奴め!」
「聞けば成績も芳しくないそうではないか!」
「どうだ!言い逃れできるのならしてみるがいい!」
どどん!……という効果音でも聞こえてきそうだ。
どうやらこの、マルヤーノンの兄たちは私の悪事を並べ立てて、私を何とかして王室から退けたいらしい。
……なんという好都合だろうか。
「どうした?本当のことで言い訳もできぬか?」
「まぁ、確かにほとんど本当のことですわね」
「なっ……!」
「マルヤーノン様は私の創作の大事な相談相手なのです。うんうんとにこやかに話を聞いてくださって、ごちゃっとしていた脳内がよく纏まるとてもとても大切なお話し相手なのです」
「そうだよ兄さん、僕は別にシャリィに不満なんてないってずっと言ってるじゃないか」
どうやらマルヤーノン様もこの断罪の場所にはいるものの、私に愛想をつかせたわけではないらしい。
私たちは婚約どうこうを抜きにして本当に良い友人なのだ。マルヤーノン様の表情から、向こうも同じように思っていてくれることが分かってとりあえず一安心だ。
「他の点はどうだ?」
「ですから、本当のことだと申し上げているではありませんか」
「何?では学園の問題を放置したというのは本当か?死者まで出ているのだぞ?」
「私、あいにく学園に明るくないものでして、どなたか亡くなられましたの?まぁ、それは残念だわ。でも社交をしない私にそれを止められると本気でお思いで?」
「その社交をしろと言っているのだ!王族の婚約者だという自覚はないのか!」
「ですから、不適格でしたら婚約破棄をと何度も進言しておりますのに……」
「そういう話をしているのではない!」
「えええ……」
折角邪魔者は消えると言っているのに、何がそういう話ではないというのか。解せぬ。
「あとは?馬車の無断借用と、成績と、異国人との交流でしたっけ?」
「あぁそうだ。どう言い逃れする気だ?」
「ですから言い逃れもなにも、事実ですからなんとも」
こちらも紛れもない事実だ。馬車は取材用に好きな時に使っていいと国王様から言われているのだ。うっかり私と同じ馬車を使おうとしていた国王様が悪いとしか言いようがない。
それに異国人は良いネタを持っているから格好の取材相手だ。良い話を聞き出そうと普段より多少の朗らかさをもって接している自覚はあるので、その点が色目を使っていると思われてしまったのかもしれないが、使えるものを使ってオモシロイ話を聞いてなにが悪いというのか。
そんなネタの宝庫みたいな人たちに食いつかない方がバカだ。
ちなみに成績の方は別に悪いわけではない。公爵家の令嬢として恥ずかしくないよう、執筆の傍らにではあるが勉強を欠かしたことはない。
優秀者表彰に乗るギリギリラインも死守しているのだから努力を認めてほしいくらいだ。
「く……そうして余裕でいられるのも今のうちだ!これらの証拠を持って父上に直訴すればお前など……!」
「あら、私は王族との婚約を解消していただけるなら、執筆する時間も自由にとれて最高なのですけれど?」
「お前の家はどうだ!お前が王族との婚約を断ればお前の家はただでは済まないぞ!」
「そんなはずありませんわ。うちの領地は貴重な観光資源も鉱脈もございますし、何より私の姉はそこで先ほどから突っ立ってらっしゃるご長男の子を身籠もっている最中ではございませんか」
「!」
なんだそのびっくりした顔は。確かに長男は影が薄いが、そのやや子が産まれようというのに忘れられていたとは、ちょっと影が薄いにも程があるのではないだろうか。
「ええい、かくなる上は不敬罪だ!第二王子たる私を侮辱した罪でお前を……!」
「あら、貴方が脳筋だなんて心で思っていただけだったのに、うっかり口に出してしまっていたかしら?」
「なっ……!」
「シャリィ、それは今初めて言ったと思うよ」
「あら、私ったら」
「貴様ッ……!」
第二王子の残念な頭が真っ赤になって今にも破裂しそうなほど憤慨している。そこまで怒らせたつもりはないのだが、王の資質としてここまで怒りっぽいのはさすがに問題ではないだろうか。
この国の第一王子は空気だし、第二王子は脳筋だし、第三第四は区別がつかないし。
やっぱりこの国の王にふさわしい資質を持つのはマルヤーノン様しかいないと私は思うのだ。
となると、私は王妃になってしまう。それはまずい。王妃は激務で執筆などしている場合ではないのだから。
「ええい、誰でもいい、不敬罪でその者を捕らえよ!」
「そこまでじゃ」
パッと人並みが割れたかと思うと、たっぷりとした口髭を豊かに蓄えた初老の男性が現れた。
「父上!」
「国王様!」
「おい、何の騒ぎだ?」
気づけば先ほどよりさらに多くの人が集まってしまっている。学園と王宮を繋ぐ回廊で呼び止められてしまったせいだが、ここで騒ぎを起こしては多くの人の通行の邪魔になってしまっていたことだろう。
「父上にご相談をと思っていた案件です。このシャンリアが……」
「よいよい、話はおおよそ側近らから聞いておる」
そう聞いて次男の瞳はパッと輝いた。
「でしたら今すぐにでもあの女を破談にして縛り首に……」
「ならん!」
「……ッ!何故ですか父上!あのような者に王家の妻は務まりません!」
「ふむ……」
国王はそう言うと、指をぱちんと弾いた。するとどこからか黒衣の男が現れ、黒いファイルを手渡した。
「これはワシの直下の者に作らせたシャンリアの近況報告書なのじゃが……どれどれ、彼女にマルヤーノンの婚約者としてふさわしくない行いが無かったかどうか、改めてよく見てみるとしよう」
国王は調査書を高く掲げると、回廊に集まっている聴衆に聞こえるように少し声量を上げて今回の騒動の元であるシャンリアの再評価を自ら行うことを宣言した。
「ふん、父上の調査員はどんな不正をも見逃さない!お前の悪事などお見通しだ!」
「……ほう、自殺をしてしまった生徒とは面識が一切無かったか。コミュニティも随分遠い存在だったようじゃな」
「申し訳ございません。私の力が及びませんでした」
「いや、悔しいことだが人の守れるモノはそれほど多くはない。それは王侯貴族も変わらんよ」
「恐れ入ります」
「父上、こちらの独自調査では、令嬢は死の間際にシャンリアの名を口にしていたとあります。その点はどう説明するおつもりで?」
「うーむ、乙女の秘密を暴くのは忍びないが、彼女はどうやらマルヤーノンに横恋慕しておったそうしゃな。じゃが、シャンリアとの深い仲を悟って絶望したと侍女が証言したそうじゃ」
「そんな……」
「私も存じ上げませんでした……」
「ふん、女子ともあろうに社交をせぬからそうした話題に疎いのではないか?」
第二王子が痛いところを突いてきた。
「確かにお茶会を主催する頻度はあまりにも少ないのう、お主には色々な者の声を聞いてもらいたいのじゃが……」
「はい、今後は善処致します」
「うむ」
国王は満足げに頷くと、次の資料に目を通し始めた。
「ふむ、お主すごいな」
「そうでしょう父上!その者はとんでもない悪事の数々を……」
「いや、そうでなく……くくくっこれは、本当にすごいものだな」
「へ?」
「テストの点が全教科80点ピッタリじゃ」
「!!!」
「王家の嫁としてはちと成績が物足りんと聞いておったが、この点数を取り続けるというのも至難の業であろう?」
「恐れ入ります」
「シャリィはいかに短い時間で効率よく勉強してこの及第点を取るのかに命をかけてるんだ。その時の集中力ったら、本当にすごいよ」
「ほう、その集中力をぜひ、国のために生かしてもらいたいものだ……」
「父上!誉めてどうするのですか!もっとこの者の問題点をよく見て下さい!」
「うむ、そうか?」
資料はまだまだあるようで、国王が次の資料をめくる。次は何かと期待する聴衆から面白がるような歓声が上がった。
「聴衆諸君、次は彼女の王宮馬車の使用についてじゃと……いやぁ、あの日はすまんかった」
「いえ、私も国王様の使いの方と入れ違いになってしまい、申し訳ありませんでした」
「あの日いつものクッションでなくワシの馬車用のおざぶが載っておったであろう?」
「はい、お尻がとても痛かったです」
「ふぉっふぉっふぉ、ワシの方は其方のを借りて随分快適じゃった、今度どこで買ったか教えてくれんかの?」
「あ、でしたらマルヤーノン様に」
「おぉ、そうか、ではマルはあとでワシの部屋へお茶にくるとよいぞ」
「はい」
国王様とマルヤーノン様のお茶会はほっこり系なので私は大好きだ。のんびりと大好きなおやつについて語ったりするので、ふたりともとても可愛い。
今晩はもふもふクッションについて語る王家の2人を想像してちょっと笑ってしまった。
これはいいネタになるだろうか。ウケるかは分からないけれど、読者を癒すこと間違いなしだ。
「もう良いか?」
「まだです、父上様!最後に最も重要な謀略罪の容疑が残っております」
「ふむ、謀略罪か。それは大変じゃのう」
確かに謀略罪となれば、さすがの公爵家もタダでは済まないだろう。
「ふむ、ここにはエーレル国の王子に取り入って、彼の野望を暴いたとあるが?」
「あぁ、あの方第18王子でして……」
「すごい、5番目の僕より序列が下だ!」
「そうなの。だから、他の国の女王様に婿入りを狙ってるみたいで」
「まぁよくある話だな」
そうなのだ。野望があると言うからいい話のタネになるかと思いきや、ありきたりでとてもがっかりした覚えがある。
「で、『レナール国の公爵令嬢のオマエでも十分取り入る価値はありそうだが、ポートレソーシアの王女が一番チョロそうだ』なんて非道いことをおっしゃるものですから、ポートレソシアの大使の方には気をつけるよう伝えておいたのですが…」
「なんと!そうであったか!どうりでこの前ポートレソシアの国王がお礼にとレアカードを譲ってくれたわけじゃ。わしゃてっきり……」
「れ、レアカード!?」
「あー、いや、うむ。なんでもないぞ」
脳筋の次男は知らないようだが、今各国の首脳の間でカードゲームが大流行しているのだ。
先々週頃に国王が超高額レアカードを手に入れたと小躍りで話していたことがあったから、多分それだろう。
「外交に一役買うなんて、さすがシャリィだね」
「ふふふ、偶然ですわ」
「マルヤーノンとシャンリアは本当に仲がいいのう。どうじゃ、もうキッスはしたか?」
「キッ……!?」
「や、やめてくださいよ父上!」
真っ赤になって慌てるマルヤーノン様が可愛らしくて、群がっていた聴衆からドッと笑いが起きた。
聴衆は次男の味方だと思っていたけれど、いつのまにか国王様とマルヤーノン様のペースに呑まれてのんびりとした雰囲気が漂っている。
「ではまた茶会でな」
「はい、国王様」
「お、お待ちください父上!まだ話は終わっていません!」
「なんじゃ、まだお主そんなところにおったのか。で、何の話じゃったか?」
「この者が私を侮辱したのです!これは紛れもない不敬罪です!」
確かに王族への礼を欠く行為は死刑にすら相当する重罪だ。
「シャリィよ、こやつになんと言ったんじゃ?」
「はい……脳筋と、つい」
「ふぉっふぉっふぉ、ワシもそう思うぞ!おい脳筋よ、ワシを不敬罪で捕らえてみるか?」
「そんな、父上……あんまりです」
とうとう次男は膝から地面に崩れ落ちた。
折角今日こそは私達の婚約を破談にして、執筆に専念できるようにしてくれると思っていたのに残念だ。
次男は「僕はただ、おにいちゃんとしてマルのことを思って……」だとか、「別に本当に断罪したいわけじゃ……シャリィが心を入れ替えてもっと王妃になる自覚を持って欲しいだけなのに……」などとぼやいていたが、私の耳には残念ながら届かなかった。
「おっと、シャリィそうじゃった」
「?」
回廊を出て行こうとしていた国王が回れ右をして私のそばまで来ると、小さな声で耳打ちした。
「それでその……ワシと亡くなった王妃の恋物語の第5章の執筆は順調かのう」
「!はい、明後日には!」
国王は私の答えに満足そうに頷くと、「楽しみにしてますよ、先生」と一言残して颯爽と執務室への通路の角を曲がっていったのだった。
国王が去ると、聴衆は緩やかに散って行った。
残されたのは私とマル様と王子たちと、先ほどのやりとりのせいでげっそりしている王子を見て面白がっている聴衆だけだ。
「ねぇシャリィ、えっとその……たまには昔みたいに手を繋いで帰らないかい?」
「まぁマル様、お部屋までもうすぐそこですのに……ふふふ、でもそれも良いかもしれませんね。マル様のふくふくの手に触れるととても心が温かくなって良いアイデアがたくさん浮かぶのです」
「えへへ、じゃあいこっか」
「はい」
がっくりと項垂れて未だ立ち上がることの出来ない王子達を尻目に仲良く回廊を後にする2人には後光が差し、それはまるで王国の明るい未来を照らすかのようだったとのちに聴衆達は語ったのだった。
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