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人類定義  作者: 彼岸花
12/22

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 日本に未知の部族がいた!?

 先住民族、発見か。

 ついに現れたレプテリアン! 迫る人類最後の日!


「……これらが、事態発覚から確認出来た鱗毛人に関する報道の、タイトル部分になります」


 司会進行の官僚がパワーポイントを使って説明し、疲れ切った顔を詩子含めた面々に見せた。

 此処は国会議事堂の一室に置かれた会議室。

 集められたのは、大勢の与党の政治家達と霞が関の官僚達、それと詩子や洋介などの鱗毛人研究関係者だ。詩子や洋介は落ち着いているが、多くの政治家と官僚達はざわめく。動揺し、この話を何処まで信じるべきか決めかねているようだ。

 無理もないと詩子は思う。鱗毛人の存在自体が秘密裏だったため知らない者も少なくない筈であり、知っている者からしても事態はあまりにも急速に進んでいるのだから。

 ――――三日前。

 政府に提出するため、鱗毛人に関するレポートを書いていた詩子が、民間人によって撮影されたと思われる鱗毛人の動画を見た時からそれだけの日が経った。三日といえば大した時間ではないが、あらゆる事が高速化した現代においては、世界の裏側まで届いた後、更にもう二〜三周するぐらい余裕な期間でもある。

 鱗毛人動画も世界中に拡散し、今やその存在は世界で最もホットな話題と言えるだろう。何も知らない一般人による解説動画がネット上にアップされ、自称専門家がバラエティ番組で根も葉もない推測を話し、陰謀論界隈では動画とイルミナティをどう結び付けるかで大盛りあがり。そして刻々と状況は変化している。

 故に、政府の対応も間に合わない。


「状況は?」


「様々な報道機関から、政府にこの情報の真偽を問い合わせるものが来ています」


「そうか。まぁ、来るだろうね」


 総理大臣・辰巳幸三は、官僚からの答えに納得を示す。尤もその顔に浮かぶのは、割と本心から浮かべているであろう困惑の表情だったが。

 三日前に公開された動画単体であれば、『作り物』として無視を決め込む事も出来ただろう。

 しかしこの三日間のうちに、一部の()()()()が青木ヶ原樹海近隣を撮影。その際、またも子供の鱗毛人と遭遇し、全国に報道してしまった。これもまた鱗毛人の話を世界的に盛り上げた一因である。こうなると偽物認定はマスコミとの全面闘争も同然であり、おまけに報道が『事実』である以上否定したところで分が悪い。真面目に調査すれば、青木ヶ原樹海で作戦行動中の自衛隊がいる事もバレてしまうに違いない。

 政府としては存在を公式に認めざるを得ない状況に追い込まれていた。そしてこうなった発端は一本の動画……『鱗毛人』の呼び名を知っている者による投稿だ。政府・自衛隊関係者の誰かがその情報を漏らしたとしか思えない。政治家達が苛立つのも仕方ないだろう。

 とはいえ、情報漏洩だけならまだこのような事態は防げた筈である。


「鱗毛人の監視はどうなっているんだ!? 君達が見張っていた筈だろう!」


 防衛大臣こと国木田広重が声を荒らげ、その視線を洋介……及び詩子に向けた。自衛隊の任務は詩子の護衛もあるが、鱗毛人が人目に触れないようにするという役目もある。結果的に任務が失敗したのだから、防衛大臣の怒りは尤もだ。

 しかし詩子達にも弁明はある。


「ええ、見張っていますね〜。現在も自衛隊による監視は継続され、全個体の位置と行動を追っていると聞いてますよ〜」


「だったらこの映像は……!」


「わたし達が把握していない、六番目の個体かと〜」


 詩子の言葉に、広重は目を見開いた。他の議員達もざわめく。

 恐らく最初から予想していたであろう、総理大臣こと幸三だけが表情を崩さない。


「あの一家が全鱗毛人という保証はなかった訳だからね。そりゃあ、六人目や七人目が現れても不思議はないか」


「で、ですが総理……」


「ちなみにわたしの方で映像を解析し、撮影されたのが現在観察中の個体でない事は確認済みですよ〜」


「……確か、なのか」


「ええ、絶対に。だって大きさからして若齢個体なのに、ペニスがありましたから」


「は? ぺに……っ!?」


「わたし達が観察している家族の中で、若齢の個体は全て雌ですからね〜。若い雄個体はいませんので、確実ですよ〜」


 あっけらかんと答えると、広重は口をぱくぱくと喘がせる。やがて項垂れ、大きくため息を吐いた。


「……調査隊に落ち度がない事は理解しましたが、しかし、どうされるのですかな?」


 広重が黙ると、この場にいる面子の中でも特に年老いた男性が発言する。

 立花(たちばな)秀夫(ひでお)財務大臣だ。今年で八十を超える老人であり政治家歴も年相応に長い所謂『長老』と呼ばれる立場の者。立花派と呼ばれる派閥のトップに位置している。

 総理大臣である幸三との仲は悪くないと言われているが、果たしてどこまで本当なのか。穏やかな微笑みを向ける幸三も、心底不思議そうな顔の秀夫も、顔から本心を窺うのは困難だった。


「当面は事実関係の調査中で誤魔化すとして……どう発表するのか、という事ですか?」


「ああ。私もそこにいる彼女……一二三教授のレポートは読ませていただいた。率直に言って、くだらんな」


 秀夫はそう言うと、鋭い視線を詩子に向けた。

 読んだレポートとは、鱗毛人は人権を与えるに足る存在だというあの報告書の事だろう。

 バッサリと自分の意見を切られた詩子であるが、元より彼女は()()()()()には興味がない。それよりも、その考えに至った経緯を知りたいタイプだ。眉一つ動かさず、詩子は秀夫に尋ねる。


「あらあら。あの結論はお気に召しませんでしたか〜?」


「猿に人権を与えるなど、正気の沙汰ではない。良いか、人権というのは人に与えられるものだ。猿に与えるものじゃない」


「成程。ですが彼等の知能や文化レベルは、原始時代のヒトと大差ないように思うのですが〜」


「それがなんだね。()()()()()のだから、関係ないだろう?」


 迷いのない言葉に、周りの議員達が微かにざわめいた。

 人間じゃないから人権を与えない。

 この考えの、ある種の極地に達した思想の持ち主なのだろう。詩子個人はそこに嫌悪感など抱かない。程度の差はあれども人間なら誰しも抱いている(例えば腐肉に湧く蛆虫に人権を認めるヒトがどれだけいるだろうか? 『人間以外に人権を与える』とはこういう考えも含むものであり、何処に境界線を設けるかの違いでしかない)ものであり、ヒトをこよなく愛する詩子にとってはこれもまた興味深い思想の一つなのだから。

 ……とはいえ若い議員には反感を抱かれやすい考えではある。若いと言っても四十〜五十歳ぐらいだが、彼等は基本的に誰しも平等だと教わってきた者達だ。幼少期や青年期からネットに触れ、世界の様々な異文化や思想を見聞きしている。日本人の考え方や文化が『絶対』の真理でないと理解しているのだ。そうした価値観を否定する言動は、軋轢を生みかねない。

 ベテラン議員にも好まれる発言ではないだろう。多様性を尊重し、受け入れるのが今の世論が持つ方向性だ。『人じゃないから』という拒絶的思考が世間に好まれるとは考え難い。選挙を考えると、この発言は大きな爆弾となりかねない。

 しかしヒトというのは、自分を特別視したがる存在でもある。人間以外に人権を与える事に内心反発している者も少なくあるまい。それがマイノリティなのか、マジョリティなのかは、各々の『価値観』が判断するところ。そして政治家はマイノリティ側の立場に付く方が基本的には得だ。市民の清き一票で政治家となれる、民主主義ならば尚更に。

 様々な思惑が複雑に絡み合い、同じ党に属していながら意見が纏まらない。正に、『政治』だ。


「(その意見を確認するための会議、ですかね?)」


 自分の意見が少数派か、それとも多数派なのか。政治家達の価値観と民衆の価値観がぴたりと一致するとは限らない。しかし一つの指標にはなる。もしも自分がマイノリティだと分かれば、考えを翻すかも知れないし、党内の主流派と異なる意見の議員には()()()()()()()事もあるだろう。

 会議自体の目的は大凡見当が付いた。しかし、ならばどうして自分は此処に呼ばれたのかと詩子は疑問に思う。勿論会議の中で知りたい事、確認したい事もあるだろうが……会議の雰囲気的に、そんな『学術的』な意見を求められる場ではないだろうに。

 詩子が抱いた疑問の答えは、総理大臣の口から明かされる。


「まぁ、その結論はこの会議で出すとして……いずれにせよ、六体目の鱗毛人の行方を探さなければなりません。出来れば、()()()()()()()()()()()()()()についても知る必要があるでしょう」


 幸三はそう言うと、詩子の顔を見遣る。

 その視線だけで、詩子は自分が何を頼まれるか理解した。

 つまり、調べてこいという事だ。六体目の鱗毛人の住処諸々含めて。

 勿論詩子が全ての謎を解き明かす、という事は期待していないだろう。されても流石に期待には応えられない。そういう仕事は警察や公安がするもので、科学者である詩子がやる事ではないのだ。

 しかし詩子は鱗毛人研究の中心的人物であり、全ての情報を握っている立場でもある。誰がどの情報を知っているのか、詩子であれば把握出来る。漏れ出た情報のピースを繋げていけば、犯人像が浮かび上がるかも知れない。

 詩子ならば、公安などよりも早く、情報を漏らした犯人を見付けられる可能性がある。

 ……期待されるだけなら、詩子としては構わない。幸三もまさか本気で期待してはいないだろう。だが本気でやれと言われれば、即答で断るところだ。詩子はヒト研究以外の事に時間を割きたくないのだから。

 しかし、これを上手く利用すれば研究予算や人員、権限の『上乗せ』が出来るかも知れない。片手間の調査でそれが出来れば儲けものというやつだ。


「そうですね〜。とはいえ今のわたし達に出来るのは、現在接触している鱗毛人の生息域周辺を、虱潰しに調べる事ぐらいなのですが〜。というか人も物も足りませんよ〜」


「勿論、調査に必要な準備はこちらでします。人員や予算も惜しまないつもりです」


「総理、流石に予算は……」


「金を惜しむ場面ではないと思うが? ここでの選択を誤れば、政権交代もあり得るというのは私の考え過ぎかね?」


 財務大臣からの指摘を、強い言葉で黙らせる幸三。ニコニコとした顔の奥底は、怒りで煮え滾っているかも知れない。

 しかし詩子はそれを怖いとも思わない。むしろ非常に興味深い。裏切りという行為に、そうした行為に慣れていそうな政治家でも激しく怒るのかと。

 良いものが見られた。益を得られたなら、相応の報いは必要だろう。詩子はそうしたものに拘りや信念はないが、人間関係を上手く回しておく方が色々と『得』なのは理解している。

 何より、鱗毛人の研究をより詳しく行えるチャンスなのだ。詩子としても、誰が研究の『邪魔』をしたのかは気になる。それを知る機会だと思えば、少しは気が乗った。


「わたしとしても、是非お手伝いさせてください。鱗毛人研究の傍らにはなりますが、頑張りますからね〜」


「ええ。期待しています」


 にこりと微笑み合う二人。

 この時の詩子はまだ知らない。

 これ以上鱗毛人に関わる事が、自分の命運を大きく左右する事を――――

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[良い点] 政府内でけん制しあうこの感じ、大好きです。 [一言] 続きをお待ちしていました。 今後の展開を楽しみにしております。
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