(28)
そして舞踏会の本番。
セオフィラス第一王子殿下がご退席なさったので、ファーストダンスはジュリアス殿下と、ジュリアス殿下がお選びになった令嬢だけで踊ることになった。
女嫌いのジュリアス殿下。これまでどの令嬢とも踊ることがなかったそうだけれど、今日は違った。
ジュリアス殿下が――わたくし、ブリジット・ヒューストン侯爵令嬢の元にやってくる。
「なかなか愉快な催しだった。我が姫君、ダンスを申し込んでも?」
「わたくし、体術は得意なのですけれど、ダンスの経験はあまりありませんの。それでもよろしいかしら?」
わたくしが淑女らしいよそいきの優雅な笑みを浮かべると、ジュリアス殿下も微笑んだ。
「もちろん。しっかりとリードさせていただくとも」
実に愉快そうな微笑みを浮かべて、ジュリアス殿下がわたくしの手を取る。
大広間に、一流の演奏家による室内楽が響き渡る。曲調は典雅なワルツ――。
ジュリアス殿下に出会うまでは、こんな風に衆目の中で踊ることなんて想像もしなかったし、絶対に無理だと思っていたけれど。
この人と一緒なら、なんでもできる、どこまででも行ける気がする。
手を取られた瞬間、そう思った。
わたくしたちの結婚はロマンスではなく、政略結婚だと周りは認識するだろう。確かにそのような側面があることも否定できない。しかし今ならはっきりとわかる。
わたくしたちはお互いに好意を抱いている。
丁寧なステップを踏みながら、ジュリアス殿下がわたくしの耳元でささやきかける。
「君は本当に、予想外のことばかりするな。義母上と兄上をやり込めるなんて」
「これからも予想外のことをいたしますわよ。だって、予想できることばかりの人生なんて、退屈でしょう?」
「確かに」
そう軽口を叩き合って、二人して笑う。
そしてダンスは佳境に入る。
「デビュタント以来踊っていなかったのですけれど、意外となんとかなるものですわね」
「俺のリードが上手いからだな」
「そこは普通、謙遜なさるところですわよ」
くすくすと微笑みながら、わたくしはそろそろ来るかな、と目算を立てる。さりげなく会場を見渡すと、あれだけ目立つ容姿のジェフリーの姿が消えている。おそらく暗殺者の襲撃に備えているに違いない。
「――ほらさっそく、予想外のことが起こりますわよ」
「ん?」
ジュリアス殿下が顔を上げた瞬間、ダンスを見守っていた観衆の中から、ナイフを持った男が飛び出してきた。
服装からして、給仕に化けて潜り込んで来たのだろう。足が速い。身体強化の魔法を使っているのだろう。そしてこの状態から、こちらが魔法の発動させるのは間に合わない。
「ッ、暗殺者か。こういう予想外は求めていないのだが」
「まあ、わたくしにとっては予想の内ですが」
恐らく給仕に扮して潜んでいたのだろう、ナイフを持った男は護衛が傍にいないわたくしたちの元へまっすぐに突っ込んでくる。ジュリアス殿下がわたくしを庇おうとするが、無意味だ。なぜなら――。
「氷よ! 静けさをもたらすものよ! 牙を遮れ! 『氷壁』!」
ガツッ!
男――暗殺者は見えない壁に阻まれ、動きを止めた。何が起こっているのかわからないのだろう。氷の中に閉じ込められたナイフを引き抜こうと、男は冷や汗をかいてあがいている。
強力な氷属性の防御魔法――ここまでの使い手は、わたくしの知る中では限られている。
「姉上に汚い手で触れることは許さんぞ、下郎」
進み出たのは我が弟、ジェフリー・ヒューストン。
『氷の貴公子』。その綽名に相応しい、凍り付くような殺気を纏っている。顔立ちが美しいだけあって、迫力が段違いだ。ナイフが氷壁に巻き込まれたのか、暗殺者は動けずに固まっている。
ああなんて、愚か。
「色々と聞き出すことがあるから、殺してはダメよ? ジェフリー」
「さあ――それはこいつに聞いてください、姉上」
わたくしの言葉に、ジェフリーがいつもよりも少しばかり荒れた口調で返す。マジで怒ってるやつだ、これ。暗殺者さん、ご愁傷様。
ジェフリーが懐から紙片を取り出す。紙片には青色の小さな魔法陣が描かれている。魔力を増幅するための魔法陣だ。主に強力な攻撃魔法を発動するときに使用するものだが、ジェフリーは少し変わった使い方をする――それは。
「――氷よ、静けさをもたらすものよ。我が意に従い、仮初の命を紡ぎだせ。『氷人形』」
ジェフリーが詠唱を負えると、暴風とともに巨大な狼が大広間に出現する。
天井のシャンデリアに触れるギリギリの体高を持つその狼は、氷で形作られ、光を反射して美しく輝く。その精緻さと美しさに、誰もが状況を忘れほうと息を呑んだ。
そして狼はその巨大な顎を開き――暗殺者を――。
バクン。まるごと飲み込んでしまった。
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