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「あら? ジェフリーは?」


 仕事のないときのジェフリーは、タウンハウスで飼育している犬や猫と戯れているか、シェリーやユージンと一緒にいることが多い。——かわいいものが好きなので。


 つまり、晴れた休日には庭に行けば大抵ジェフリーに会えるのだけれど、今日に限ってジェフリーは庭にいなかった。


 仕事であればジャスパーが手伝いをしているはずなので、庭で犬と遊んでいるシェリーとユージンを見守っているのが、ジャスパーであることが少し不思議であったのだ。


「ジェフリー坊ちゃまでしたら、旦那様と同席されて、王子殿下とお話合いをされておいでですよ」


 ジャスパーがそう答える。なるほど。次期侯爵であるジェフリーなら、そういうこともあるか。


「まあ、この子がお話に出ていたわんちゃんなのね」


「我が家の愛犬ですわ。三歳になりますから、人間の年齢にすると、もうずいぶん大人ですわね」


 エイプリル王妃殿下が動物嫌いなため、『西風の宮』ではペットを飼っていない。しかしクラリッサ王妃殿下が健在だったころは犬をペットとして飼育していたらしい。その犬は老衰で亡くなったんだそうだ。それもカチュア殿下の情緒不安定に影響していたのかもしれない。


「ポプリと言いますの。名前を呼んであげてくださいますか?」


 わたくしが愛犬を紹介すると、カチュア殿下は少しためらった後、「こんにちは、ポプリ」と声をかけた。ポプリは真っ白な小型犬だ。しかしルーツをたどれば狩猟の供をする犬種であったらしく、とにかくよく遊ぶ。基本的には世話は使用人が行っているが、子供たちの相手をするにはこれくらい体力が有り余っている方がちょうどいいだろう。


 人懐っこいポプリは「わん!」と吠えるとわたくしたちの方へ駆け寄ってくる。


「カチュア様!」


 それでわたくし達の存在に気付いたシェリーとユージンもこちらに駆け寄ってくる。


「シェリー、ユージン、ちゃんとご挨拶なさい」


「ごきげんよう、カチュア様」


「カチュア様におかれましては、ごきげんうるわしゅう」


 膝を突いて挨拶するユージンの騎士ブームはまだ終わっていないらしい。


 「殿下」という敬称を付けないのは、カチュア様たってのお願いごとだ。ただ王族とそれに仕える貴族という間柄であるから、敬称を廃するわけにもいかず、女官や他の家庭教師とも相談して「様」付けを落としどころとしたのである。


「まあ! ブリジットだけじゃなくてシェリーとユージンも今日はお洒落をしているのね。ふたりともよく似合っているわ。お姫様と王子様みたいよ」


 いやあ、あなたこそお姫様なんですけどね。


 カチュア殿下、時々こういうとぼけたことを言うのよね。


 ちなみにシェリーは淡いブルーのドレス。ユージンはジェフリーのお下がりを手直しした、ブラウンのウエストコートを身に纏っている。


 うーん……この三人に犬を添えたらかわいいしかないな。


 我が家のアイドルである愛犬ポプリも、お客様が嬉しいのかその場でぐるぐると回っている。愛猫コロンは——どこにいるのかしらね。あの子はジェフリーにしか懐かないから、ジェフリーが忙しい時はご飯時以外拗ねて姿を消すのよね。


 ちなみにカチュア殿下にはお目付け役として侍女が一人、護衛騎士が二人ついている。ヒューストン侯爵家の屋敷に忍び込む命知らずは早々いないだろうが、万が一ということもあるからね。


「お兄様とジェフリーは、侯爵様と何か、難しいお話をされているのかしら? わたしが原因なのよね……?」


 カチュア殿下が少し悲しそうに眉根を下げる。


「きっかけではあったかも知れませんが、殿下が原因というわけではございませんわ。原因は、悪い図り事を企む大人たちです。さあ、王宮でのことはお忘れになって、我が家のポプリと遊んであげてくださいな」


 そう言ってわたくしは侍女さんに視線を向ける。侍女さんは何も言わず小さく頷いた。つまるところ、カチュア殿下にポプリと遊ぶ許可が出たということである。


「カチュア様、ポプリは遠くへ投げた棒を拾ってくる遊びが大好きなのですよ」


「棒を引っ張り合いっこするのも大好きです」


 シェリーとユージンが競うように言うと、カチュア殿下は目を丸くする。


「まあ、ポプリはそんなことが楽しいの?」


 カチュア殿下はおっかなびっくりながらも、手渡された棒を手に取って、えいっと力いっぱい投げる。


 飛距離はあまりないけれど、芝生の上に落ちていく棒を、ポプリは喜び勇んで追いかけていく。


 地面に落ちた棒を加えると、ポプリはカチュア殿下の元へ戻ってくる。そして、褒めて褒めてといわんばかりに尻尾を振るのだ。


「まあ、ちゃんと取ってきてくれたのね。偉いわ、ポプリ」


 カチュア殿下がポプリを褒めると、ポプリは嬉しそうに「わん!」と鳴いた。


「触っても平気かしら?」


「ええ。頭を撫でるとびっくりするので、顎の下を撫でてあげてくださいな」


 わたくしが笑みを浮かべて言うと、カチュア殿下は恐る恐るポプリの顎の下を撫でた。ポプリは「もっともっと」と言わんばかりにカチュア殿下の手に顎をこすりつける。


「ふわふわ……でもちょっとよだれがついてしまったわ」


「犬ですから、そう言うものです」


「そうなのね」


 カチュア殿下はもう一度、今度は恐れることなくポプリの顎の下を撫でてやった。高貴なお人であることがわかるのだろうか? ポプリはうっとりとした顔で顎の下を撫でられている。


「カチュア様、ユージンは棒を投げるのがとても上手なのですよ」


「コツをお見せします」


「そうなの? でもただ棒を投げるだけのことではないの?」


「いいえ、ただ棒を投げるのにもコツがあるのです。ポプリ、取って来い!」


 ポプリが地面に落とした棒を、ユージンが拾い上げる。拾い上げた棒を、ユージンはしっかり回転をつけて放り投げた。くるくると回転しながら、さきほどより棒きれは高く、遠くまで飛んでいく。


 投げられた棒をポプリはジャンプして空中でキャッチ! 再びわたくしたちのところへ駆け戻ってくると、それはもう自慢げに胸を反らした。


「まあ、素晴らしいわ! 空中で棒を取るなんて、そんなことまでできるのね! ユージンもポプリもすごいわね!」


「ユージンはすごいんですよ。勉強もできるし、優しいし、剣や弓も上手で、もう馬に乗れるんです!」


 シェリーがなぜか誇らしげに言うと、ユージンは照れてもじもじする。


「シェリーはユージンが大好きなのね。大きくなったらユージンのお嫁さんになるの?」


「えっ、ええと、それは、その」


「ぼ、僕は……お館様さえお許しいただければ……シェリー様がお嫁に来て下さると、とても嬉しいですけど……侯爵と男爵では……」


 おお、言い切った。偉いぞユージン。でも侯爵と男爵では家格の差が確かに厳しいわよねえ。


 シェリーはと言うと顔を真っ赤にしている。……色事に奥手なのは、姉弟揃って同じなのかも知れないわね。


「ならユージンが手柄を立てて出世すればいいのよ!」


 ユージンのような領地なしの貴族が出世するなら、何らかの手柄――手っ取り早く言えば戦功をあげる必要がある。平時にそのような機会はなかなかない。戦功を立てられるということは、戦争が起きるということだ。


 隣国からの干渉。不穏な気配はあれど……戦争が起きることをわたくしは望まないし、ユージンに危険な目に遭って欲しいとも思わない。


 ままならないものだな、とぼんやり思った。

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