別れを予感させるメール
その日の夜も一緒のベッドに入り、優しいキスをして眠りについた。
明日は東京に帰らなければいけない。
翌朝、目覚めてまたベッドの中でキスをした。何度もキスをして、貫洞はわたしの顔や首をなぜた。
繰り返しなぜるうちに、胸へと手が伸びてきた。ビクッと体が反応する。
「ごめん!」
謝られると反射的に
「大丈夫だよ」
と言ってしまう。そしたら、意外そうな顔をして、さらに胸を触ってくるではないか。
ちがう、許可したわけじゃない!
軽くパニックになりながらも抵抗できずにいると、手がお尻に伸びてきた。
それから、お腹に…だんだんと下に降りてくる手を、パシッと捕まえた。
「あ、ごめん」
貫洞はベッドを出て、トイレへ立った。
申し訳ないことをしたと思いつつ、何もできず、わたしはその日東京に戻った。
わたしは律儀に、帰ってからクラス全員に大阪土産を配った。たこ焼き味のプリッツだ。
単位制であることと共に、クラス替えのない学校なので、一年で退学した貫洞のことはクラス全員が知っていた。
「したの?」
そんな質問を何人かから受け、してないと言うと、みんな声をそろえて貫洞がかわいそうだ、何しに大阪まで行ったんだと言った。
わたしはわたしで、あの優しいキスを思い出しては、時々赤面していた。
それからと言うもの、ドラマのキスシーンがとても特別なもの見えて、ストーリーにかかわらず、キスシーンにえらく感動するようになってしまった。
高三の夏前、貫洞は東京へ帰ってきた。
これまで何度か帰省はしていて、そのたび友達を含めた大人数で会う機会はあったけれど、今回は帰省ではない。これから貫洞は東京で生活をするのだ。
ふたりは遠距離恋愛を乗り切った。
実家に戻ってきた貫洞は、飲食店の厨房で働き出した。わたしはもちろん高校生で、それからは時々デートもした。
あんなにキスした二泊三日がうそのように、また手もつなげないふたりに戻っていたけれど。
高校生というのは忙しいもので、月曜から金曜、場合によっては土曜まで学校があり、わたしはバイトに加えて部活にも入っていた。日曜日は地元の友達と会ったりして、それが当たり前だったけれど、仕事をしていた貫洞は、そんな生活をまぶしく思っていたようだった。わたしが調整できるのは、日曜日の予定ぐらいのものだ。
加えて、わたしと貫洞の家は学校を挟んで真逆だった。それぞれの家へ行こうものなら一時間半はかかる。
そんな事情もあり、普通の高校生カップルに比べると、デートの回数はとても少なかった。
ある日、貫洞から来たメールには「実頼ちゃんの青春を無駄にしてしまっている、俺は何もしてあげられない」
とあった。文末には「話したいことがある」とも。
それは、別れを予感させるメールだった。
わたしは変わらず、ずっとずっと貫洞のことを考えていた。だけど彼が何を求めているのか、わからなかった。
それから、貫洞はわたしをお酒のある店に誘った。童顔な高校生ふたりをよく店に入れてくれたものだと思う。
「貫洞くんお酒飲めるの?」
なんとなく小声になる。
「あんまり強くないけど…実頼ちゃんは?」
「わかんない、友達の家で缶チューハイ飲んだことあるけど…」
そこはアラビアのような内装で、おしゃれな料理やよくわからないお酒が揃っていた。
こそこそと相談して、貫洞はモスコミュール、わたしはライチソーダを頼む。
「あの、これと、これを…」
やましい気持ちがぬぐえないわたしたちは、かわいい制服の店員さんの顔を見ることができなかった。
少しお酒を飲んで、緊張もほぐれてきたころ、なるほどお酒の強くない貫洞は、すぐに赤くなった。わたしの頼んだライチソーダは爽やかで、そこまでお酒の味も感じす、おいしかった。
「実頼ちゃん、お酒強いんじゃない?」
そんな風に言われたけれど、ふたりとも一杯でやめて水を頼んだ。
何か言いたげな貫洞と、何も言わないでと願うわたし。
そんなデートが何回か続いて、お酒の種類も少し覚えた。カルアミルクというのはほとんどコーヒー牛乳だ。
ある日の帰り道、貫洞はホームまで送ってくれた
いつもと少し違うのは、貫洞が何も話さないこと、それから手をつないでいること。
「何もしてあげられなくてごめんね」
電車が到着するアナウンスが流れる。
わたしは、答えられずに首をふった。それから無言のまま、電車を待った。これで終わりなんだろう、そう感じるには十分な雰囲気があった。でも、確認したい欲求にかられる。
電車がホームに入ってきたタイミングで口を開いた。
「これで、別れるってこと?」
貫洞は下を向いて
「うん」
と答えた。