悲しい曲と、チャーハンと、甘すぎるポッキー
パジャマに着替えて、同じベッドに入ると、
貫洞は音楽をかけた。それはいつも聞いていると言っていた歌手の歌で、ベッドの中で音楽の話をしたりした。
「俺、寝るとき音楽かけて寝るんだ」
「毎日?」
「そう、静かなの、さみしいじゃん」
「そっか」
そのうち会話が止まり、貫洞がこちらに体を向けたのがわかった。
彼のほほがわたしのほほに触れる。
よけていいものか、受け入れていいものか判断がつかず、固まっていると、貫洞が言った。
「ずっと考えてたんだけど、キスしてもいいですか?」
「…はい」
貫洞のやわらかい唇が、わたしの唇に当たる。
これが、キスか。
付き合いだしてから一年以上がたっていた。
何度か唇が当たるキスをしてから、貫洞の舌が、口の中に入ってきた。とまどいながらも受け入れると、それはとても暖かく、とてもとてもやさしいものだった。
さっきの訂正、これがキスだ。
わたしは幸福感で体中がいっぱいになった。好きな人の匂いに包まれて、この人のことが本当の好きだと改めて感じ、体も心も好きでいっぱいになっていった。
「好きです」
思わずこぼれ出た言葉に、貫洞は優しい声で返した。
「僕も好きです」
僕なんていつも言わないのに。
それから何度もキスをして、わたしはいつの間にか眠りに落ちた。
雨の日も風の日にも
眠れない嵐の夜も
一人になることを怖がってる
失った恋などもう
忘れたんだと笑っては
手当たり次第電話をかけて
ごまかしてる本当はすごく…
泣きたいくせに
貫洞がかけていた曲が、夢の中でもずっと流れていた。ファーストキスのテーマソングは、改めて思い出すと、あまり幸せそうな曲ではなかったな。
翌日の昼は近所においしいラーメン屋があると言う貫洞に連れられて、ラーメンを食べに行った。
壁に向かっているカウンター席に通され、ふたりで肩を寄せてメニューに目を落す。醤油ラーメン、塩ラーメン、各種トッピングも選べるようだ。餃子や、定食メニューもあって、中華店に近いラインナップが並んでいた。
「俺、醤油、実頼ちゃんは?」
「ええと…」
「塩もうまいよ」
わたしが悩んでいるのは、ラーメンを頼んだら、貫洞くんの隣でゾゾゾゾと音を立ててラーメンをすすらなければならないことだ。
はるばる大阪までやってきたけど。昨日キスしたけど。ラーメンをすするのはどう考えても恥ずかしい。
「えっと…」
貫洞はせかさずに待ってくれる。
「チャーハンで!」
「え?チャーハン?」
貫洞はクスクス笑うと、店員さんを呼んで醤油ラーメンとチャーハンを頼んでくれた。
「チャーハン好きなの」
言い訳をしているようで、なんとなく気まずくて、耳が熱くなるのを感じた。
それから京都まで足を延ばした。
念願の京都に貫洞はとてもうれしそうだったけれど、わたしはラーメン屋の一件のせいで、何を見たかよく覚えていない。ごめんね貫洞くん。
その日帰宅すると、貫洞からしてみたいことがあると言われた。
「なになに?」
「これ!」
貫洞が出してきたのは、抹茶味のポッキーだった。昼に京都で買ったらしい。
「ポッキーキスしてみたい」
「え!」
いたずらにそう言われ、驚いたけど、断る理由はないだろう。なにせわたしたちは昨日キスをしたんだから。
「はじから食べるやつ?」
改めてそういうと、貫洞が恥ずかしそう「そう」に返事をして、袋を開ける。
ものすごく恥ずかしい空気だけど、もうこれはやるしかない!
貫洞がわたしの口に抹茶ポッキーを入れる。
「ん」
これは食べ進めればいいのかな?
などと思っていたら、貫洞が逆側を口にして、ポリポリ食べ始めた。その顔は真っ赤だ。
うつむきたい気持ちを奮い立たせ、わたしも食べなくちゃ!と必死に食べ進める。
貫洞の顔が近づいてきて、思わず目をつぶる。それと同時に、柔らかい唇が当たった。
顔が離れると、やっと甘い抹茶の味がしてきて、ふたりでうつむいて、そのままポリポリとポッキーを食べた。
これはラブラブなカップルは一袋食べきるのか?そんな風に思いつつ、恥ずかしさは限界を迎えていた。
「…夜、何食べる?」
貫洞も同じように感じていたようで、残りのポッキーを食べ始めたので、わたしはへへっと笑い返した。