始めて学校をさぼりました
貫洞が大阪に旅立つ日、わたしは初めて仮病で学校を早退した。
新幹線の出発時間は午後だったけれど、まだ授業中の時間で、見送りに行く予定はなかった。それなのに自分でも驚くことに、新幹線の時間が近づくと、涙がボロボロと溢れてきたのだ。
四時間目が終わり、お弁当を食べようと、いつものようにマホとみなみと机をつける。「どうしたの?」
急にボロボロ泣き出したわたしに気が付いて、みなみが声をかけてくれた。
「あ、今日、新幹線が…」
「貫洞くん、大阪行っちゃうんだね」
「うん、お弁当食べよう」
自分でそう言ったのに、お弁当のふただどんどん涙でにじんでいく。
「あかない…ぐすっ」
「あんたねぇ、泣くのか食べるのかどっちかにしなさいよ!」
マホの強めの口調が今日はとても刺さる。
マホは別に悪くないけど、それをきっかけにまたうわっと涙があふれる。
「実頼…よし、行こう!東京駅!」
みなみがわたしの手をひいて立ち上がらせると向かった先は職員室だった。
「え?」
「勝手に出て行ったら問題になるから、先生に許可とって早退しよう!」
「許可、下りるかな…」
「下すよ!」
職員室にはちょうど担任の佐藤先生がいた。
「佐藤先生!」
「どうした平子」
平子みなみは、涙で目を真っ赤にしたわたしの手首を持って、仁王立ちで担任を呼び止めて、よくとおる声で言った。
「お腹が痛いので、早退させてください!わたしも、この子も!」
どうみてもお腹が痛くはないであろう、生徒ふたりを、佐藤先生は交互に見た。
「お腹?」
「はい!お腹が痛いです!」
みなみの声はますます大きくなる。
わたしは黙って見守った…というか、泣きすぎてしゃくり上げていてまともに話せそうもない。
佐藤先生がふっと目をそらす。
「ここに早退理由書いて、帰っていいよ、お大事にね」
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
みなみがお礼を言って、わたしもグズグズと後に続く。
お腹が痛いわけもないわたしたちを帰してくれたのは、一年から担任を持ちあがりで受け持つ佐藤先生の優しさ…ではなくて、短い青春を応援したいと思ってくれた情熱なのかもしれない。今ならそんな風に思える。もしかしたら、先生は貫洞の出発の日を知っていたのかな?そんな解釈はちょっと都合が良すぎるだろうか。
そうと決まればいつまでも泣いているわけにいかない。机に広がったまま手つかずのお弁当をしまい、急いでバッグに入れる。
「うちら、貫洞の見送り行ってくるから!」
みなみが声高らかに宣言すると、教室がざわめき「いってらっしゃい!」「貫洞くんによろしくね」「抱きしめてもらえ実頼!」と、歓声にも似た声が上がった。
「いってらっしゃい」
そう言ったマホの手元には、手つかずのお弁当があった。
「うん、いってきます」
サプライズなんて言ってたら、会えないかもしれない!と、みなみがわたしのケータイから貫洞に電話をかける。
「そんなに急がなくても間に合いそう!」
グシュグシュのわたしに代わって、出発時間とホームを聞いてくれた。
「うん、みなみ、ありがとう…」
「ああ、泣かないで!その涙は貫洞用にとっといて!」
「うん」
東京駅につくと、結局もうそんなに時間はなくて、駅のホームで貫洞と会うことができた。
「実頼ちゃん、平子さんもありがとうね」
「ほら、実頼」
いざ会うと、また何も言えない。
見送りはわたしたちだけではなくて、貫洞の地元の友達が五人来ていた。初対面の友達たちに緊張したこともあり、絞り出すように「元気でね」と言った。
みなみがもっと話せと小突きたいのを我慢しているような気がした。
「うん、ありがとう、実頼ちゃんも」
貫洞の優しい声に、顔を上げることができない。
「…手紙書くね」
絞り出した言葉は、少し見当違いだった。電話だって、メールだってできるのに。
「うん」
それから、貫洞が手を差し出して、わたしはそっとつかんだ。手をつないだことのないわたしたちの、初めての握手は、別れの握手だった。貫洞の手はすべすべて柔らかくて、女の子みたいだなぁと妙に冷静に感じたことを覚えている。