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流産にあこがれて  作者: 実鈴
4/11

忘れられない夕日の色と、例の椅子

今日一緒に帰ろうよ


三月の晴れた日、六時間目が終わって、貫洞からメールが入った。わたしは中庭で、みなみたちといつものように過ごしていた。

ケータイを出してそわそわし出すわたしは、とてもわかりやすかったに違いない。


今どこ?


メールを返すと、みなみに

「彼氏?」

と聞かれた。戸惑いながらうなずくと

「行っておいでよ」

と、送り出してくれた。もうすぐ遠く離れてしまうわたしたちをからかう友達はいなかった。


急いで戻ると、教室には貫洞一人しかいなくて、貫洞は

「帰ろうか」

と、優しく言った。   


貫洞はバス通学だったから、わたしの自転車で一緒に帰ることにした。横のりするべきか迷って、逆に恥ずかしい気がして、わたしは荷台にまたがった。スカートの下にショートパンツは履いている。


二人乗りをして自転車を漕ぎ出すと、校門で担任の佐藤先生がわたしたちを止めた。

佐藤先生は美人だけど、決して優しい雰囲気などはないサッパリした体育教師だ。 


「こらそこ!」


 だけど、貫洞の後ろに乗っているのがわたしだとわかると、佐藤先生は驚いた顔を見せた。


「意外な組み合わせでしょ?」

 貫洞は先生にそう言うと、そのまま二人乗りで校門を後にした。

一度も染めたことのない黒髪をみつあみに

したわたしと、退学の決まった貫洞の組み合わせは、不釣り合いに見えたのかもしれない。


ポカンと見送る先生に、わたしはぺこりと首だけでおじぎをした。

「降りなさいよ~!」

 先生の声がして、ふふふと笑いが漏れる。



「腰、つかんでもいいんだよ」

 夕日がまぶしい三月の帰り道、空気はまだひんやりと冷たかったけれど、風の中に春の匂いを感じた。わたしはぎこちなく、貫洞の腰に腕を回した。

 別れを選ばなかったというより、そうした話し合いをしなかった。できなかった。


「実頼ちゃん」


「ん?」


「好きだよ」


「うん」


 夕焼けに照らされて、自転車の後ろで聞いた、この言葉だけを信じて、清く正しいお付き合いは、十六歳にして、遠距離恋愛となったのだった。





不妊治療院の中待合室には、待合室の穏やかな音楽とは違う、小鳥のさえずりが響いていた。このさえずりが、妙に心をそわそわとかきたてる。


番号で呼ばれたわたしは、診察室へと急いだ。


「失礼します」

「数値いいですよ」

 院長はいつも扉が閉まりきる前に話し始める。わたしはあわてて、診察券番号の書かれた用紙を机に出して、椅子に座る。

「よかったです」

「じゃあ内膜見てみましょう」

「はい」


 今座った椅子から立ち上がって、隣の内診室に移動する。扉を閉めると、タイツと下着を脱いで、バスケットに入れる。内診がある日はスカートをはいてくるのは、もはや暗黙のルールだ。

さらに奥にあるカーテンを開けると内診用の、例の椅子がある。看護師が座りやすいように椅子の正面にあるカーテンを浮かせて待っていてくれた。


椅子と院長の間にはカーテンがあり、内診中お互いの顔は見えない。スカートをお尻で踏まないように持ち上げて椅子に座ると、目の前に院長が立った気配がした。


『イスガタオレマス』自動音声が流れる。

『オシリノマットガハナレマス』

 分娩台のように足は高い位置にかけ、まだ足は閉じているが、太ももからお尻にかけて、隠されていない不安定なとまどいがある。


『はい、見ましょうね』

 院長がそう言うと、椅子が操作されて、ゆっくりと足が開く。この瞬間は何十回、何百回と経験しても慣れるものではなく、緊張が走る。


 ウィーン


 足が開き切り、わたしの性器が丸見えになったところで、体内にエコーの棒が差し込まれる。ローションが塗られた棒はひやりと存在感がある。顔を左に向けると、エコーの映像が映っている。


「うん、大丈夫ですね」

 画面上に13.2と数字が表示される。内膜は赤ちゃんのベッドとも呼ばれ、この内膜が薄いと受精卵の着床が期待できないとされている。このクリニックの設ける基準は10ミリなので、この数値もクリアできたということだ。


これで移植ができる。


安堵と共に『イスガモトニモドリマス』と自動音声が流れた。

忙しい院長を待たせてはならないと、急いで着替えを済ませると、靴を履きながら先ほどの診察室へと戻る。


 後は二言三言、移植のスケジュールを確認されて、診察室を後にした。


 体外受精の移植も、もう七回目。今更なんの質問もなかった。今日は薬の受け渡しもないので、このまま会計依頼をして、自動精算機に料金を支払えばおしまいだ。


 会計が出来上がるのを待ちながら、夫の幸一に連絡を入れた。


『無事に移植できそうだよ』


 仕事中だろう、しばらく既読はつかなかった。

待合室にあるサーバーで冷たい麦茶をもらい、グイっと飲み干す。この待合室は暖房がきいていて、いささか暑すぎる。


すぐに、会計が終わったことがモニター画面に表示される。会計は5870円。この値段を特に高くないと思う程度には、わたしの金銭感覚は狂っていた。

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