振り返れば、あれは青春
「もしもし、実頼ちゃん?」
「あ、もしもし、電話めずらしいね」
「うん」
季節は一月、外は雪が舞っていて、ベランダは極寒のはずだったけれど、頬が熱くて外の気温が気
持ちよかった。
「あの…」
「はい」
雰囲気にのまれ、はい、なんて改まった返事をしてしまったから、ちょっと叫びたくなるような緊張に包まれる。
「あの、俺の気持ち伝わってるとは思うんだけど…」
しばらくの沈黙。
「付き合ってください」
「…はい」
「本当?」
「うん」
「俺、実頼ちやんの彼氏⁉」
「うんっ」
貫洞は携帯を口元から離して何か叫んでるようで、よっしゃーとか、うわーとかかすかに聞こえてくる。
「はぁ、ごめん!」
「貫洞くん外?」
「外!」
「寒いでしょ?」
「いや、全然!」
外じゃなきゃ叫ぶのは無理だろう。もう夜だけど、いったいどこにいるのか。
「実頼ちゃんは家?」
「うん、でもベランダ」
「え?ベランダ?寒くない⁉」
「全然!」
二人でくすくすと笑った。
一緒にお弁当を食べたり、帰り道駅まで帰ったり、学校生活の中でしたいことは色々あったけれど、当時のわたしたちにはなかなかハードルが高くて、朝のあいさつだけはしようと決めた。なにせ、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったんだ。
それから、中学生みたいだけど、手紙のやりとりをすることになったというわけだ。
カタン
わたしが登校すると、すでに下駄箱には貫洞からの手紙が入っている。
ルーズリーフが器用に封筒型に折られていて、ずっしりと四、五枚ありそうな手紙だった。宛名面にはピンクのペンで『実頼ちゃんへ』と書いてあり、思わず顔がほころんだ。
「おはよう~」
友達のみなみに声をかけられて、慌てて手紙をカバンにしまう。
「おはようっ」
みなみがニヤッと手紙に目配せする。その目配せには答えずに「一時間目から体育だね」なんて関係ない話をふるけど、みなみはニヤついた顔を崩さない。
わたしはわたしで、手紙のことで頭がいっぱいで、会話に意味もなければ続ける気もないのだけれど。
手紙を読むのを家まで我慢できなくて、授業中こっそりと読むのがお決まりだ。休み時間だとだれかにからかわれそうだし、手紙を読んでいるところ貫洞に見つかるのもまた恥ずかしい。
貫洞はわたしより前の席だったから、授業中に手紙を読んでいることには、気がついていないだろう。貫洞は朝が弱くて、遅刻の常習犯なのに、手紙が下駄箱に入っているのを見ると、これを入れるために早く来てくれたのだろう。
手紙の内容は、その日あった他愛もない話…ではなく、
自分が相手のことをどれだけ好きかを詰め込んだ、濃厚なラブレターだった。わたしから彼へ書く手紙も同じように、どれだけ貫洞のことを好きかということを書き記した。実際は学校で話すことも、恥ずかしくてほとんどなかったのに。だからこそ、想いは募ったのかもしれない。
貫洞は絵が上手くて、もらった手紙に、いつもイラストが描かれていて、それも楽しみのひとつだった。手紙の枚数が四枚なら、一枚に一コマずつ、全部で四コマ漫画になるようにイラストが添えられていた。
書き出しは、『実頼ちゃんへ』
『今日もルーズリーフでごめんね、実織ちゃんはかわいいレターセットどこで買ってるの?』
なんて話題から始まって、いつの間にか
『実頼―!愛してるぞー!今度一緒に帰ろうね、絶対だよ!』
なんて文章が出てきて、授業中に、カーッと顔が熱くなる。
『作文は苦手なのに、実頼ちゃんに書く手紙はスラスラ言葉が出てくる』
そう書かれた一文は、今でも愛おしく思い出すことができる。
そんなかわいいお付き合いに変化があったのは、高校一年生の終わりだった。
付き合い出して二ヶ月というまだまだこれからという時期、貫洞が学校を退学になったのだ。
貫洞が何か退学になるような悪事を働いたわけではない。
わたしたちの高校は東京でも珍しい単位制の学校で、単位が取れないと次の学年に進めない。さらに留年はなく、退学になる。なかなかシビアなものだ。それだけに留まらず、貫洞は大阪で一人暮らしをすることになった。
大阪は元々両親の出身地で、今も親戚がいて、すぐに住める部屋もあるということだった。学校に行かないなら大阪で働け、という両親からの指示だったと思う。
わたしたちは別れることを選ばなかった。