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ニッポンラグビー夜明け前~幕末の日本人が集団で暴れる異人さんに尊みを感じた話~

作者: 真之当

ラグビー経験者として昨今のラグビー人気復刻の兆しがうれしくて書いてみました。

これを読んだ皆様が、ラグビーに興味を持ってもらえたらうれしいです。

 慶応元年(1865年)11月10日。


 開国だ鎖国だ佐幕だ勤皇だと、何かとバタバタしていたこの頃のニッポンですが、実は忙しいのはお偉いさんと血気盛んな若い武士ばかり。

 農民、職人、商売人などの、いわゆる市井(しせい)の人々は、案外平和ないつも通りの暮らしをしておりました。


 それもそのはず、世間がどんなに変わろうと、自分たちには関係ないと思っているのですから。

 国を動かすような難しくて大きな思想より、今日と明日の仕事が大事。

 気になる事は、年貢の割合(ワリ)とお米のお値段、そして今夜の晩ごはん。


 誰がお殿様になってもいいから、かわりに暮らしを豊かにしてね、というのが。


 今も昔も変わらない、ニッポン人の庶民意識ってヤツなのであります。



 さて、ここにもそんな庶民の若者がおりました。


 彼の名前はどうでもいいんですが、とりあえず太助とでもしておきましょう。

 彼の仕事もどうでもいいんですが、ここもとりあえず生糸工場の作業員くらいにしておきましょうかね。


 場所はどこかの港町。

 具体的にどこかを決めるとつじつまが合わなくなるんで、そのあたりはボカしていっちゃいましょう。

 いい加減なもんです。



 さて太助さん。

 この日は上役のお使いで工場(こうば)の外に出ておりました。

 要領のいい太助さん、お使いなんかはサッサと終わらせ、お昼過ぎには露店で弁当など買って、川沿いの土手をブラブラと歩いておりました。


「おや、あれは何をしてんだろうね」


 ふと見れば河川敷に大勢の人が見えます。

 

「地面に縄を張ってるね。今から家を建てるってわけでもなさそうだが」


 太助さんの言う通り、河川敷の人たちは地面に杭を打って縄を張り、大きな四角を描いていきます。

 大きさは1町(約109m)四方もあるでしょうか。

 さらにそれを半分に割る位置に縄を張り、他にもいろいろな線を引いていきます。


「よく見りゃ異人さんばっかだな。いったい何が始まるんだい?」


 港がある町なので異人が珍しいわけじゃありませんが、あんなに大勢が集まってるのを見るのは初めてです。

 かたや赤い服でそろえた15人、かたや青い服を着た15人。

 もしや敵味方の色分けなんでしょうか。



 ちょっぴり興味がわいた太助さん、その場に腰を下ろして弁当を食べながら眺める事にしました。


「どいつもこいつも、まあデッけぇ体してやがんなあ」


 6尺をゆうに超えるほどの体躯をしている者が、半分以上を占めているように見えます。

 しかも、腕も足も腰もぶっ()い。

 太助さんも大柄なほうですが、それでも5尺8寸といった所だし、足腰はあんなにがっしりしていません。


「水夫ってなあ力仕事なんだねえ」


 などと感心していたら、一人だけ白い服を着た口ひげの男がするどく笛を鳴らしました。


 すると、赤い服を着た男のひとりが、茶色い(うり)みたいな形の玉を蹴っ飛ばします。

 その玉を取ろうと赤青の男たちが駆け寄りますが、いかんせん玉が瓜型なので、ていんていんとアチコチ弾んで、なかなか手につきません。

 

 ようやく青の、ひときわノッポの男が玉を拾いました。

 そしたら、ノッポに向かって赤い連中がいっせいにとびかかって行きました。 


 こいつぁひでぇ、と思わず目をそむけそうになりましたが、ノッポが玉をハゲた青服の仲間に投げ渡すと、飛びかかろうとしていた赤い連中はノッポから玉を受け取った方に狙いを変えます。


 受け取ったハゲ頭の前には赤いのが一人だけ。


 ハゲ頭は勢いをつけて赤いのに体当たりをしました。


 赤いのも、ハゲ頭も、思いっきりぶつかり合ったので、すごい音がしました。

 その音に、思わず飛び上がってしまった太助さん。


 もみ合って倒れたハゲ頭と赤いのに向けて、赤と青が何人も飛びかかっての押しくらマンジュウが始まります。


「あんな中に入っちまったら、つぶされて中身(あんこ)が出ちまうよ」


 あきれた気持ちで眺めていたら、青色のチビが押しくらマンジュウから玉を引っ張りだして、後ろで待ってた、えらい男前に玉を投げ渡しました。


 男前はゆったり走りながら、駆け寄ってくる赤いのが掴みかかる前に、隣の仲間に玉を投げ渡し……そうな素振りで、急に方向をかけて駆け出しました。


 ふいをつかれた赤いのはひっくり返って、男前がぴゅーんと抜け出します。

 

 あんまり鮮やかな様子に、太助さんも思わず「おおっ」などと声をあげてしまいました。


 そのまま駆けてゆく男前に、しかし次なる赤いのが飛びかかりました。

 流石(さすが)にこれはかわせず、男前がとっ捕まりますが、しかし青い仲間が何人も集まってきて、また押しくらマンジュウです。

 

 もしかして、これは捕まった仲間を助けにきてんのかしら、と思った太助さんですが、それとも様子が違う事に気が付きました。


 男前は、もみくちゃにされつつも必死で持ってた玉を仲間の方に押しやっています。

 そしてまた青のチビが玉を引っ張り出すと、これまた後ろで待ってた坊主頭に玉を投げました。


 坊主頭が隣の金髪に玉を投げて、金髪がまた隣の痩せ男に投げる。

 赤いのは、玉を持ってると一目散に飛びかかるけど、玉を投げたらもう見向きもしない。


 そして痩せ男が駆け出すと……。



「なんてぇ速さだい」



 捕まえに来た赤いのを振り切って、最後に立ちふさがった赤い鷲鼻も置き去りにして、赤いほうの陣地深くに駆け込んで……そこの地面に玉を置きました。


 白服が長めの笛を鳴らして、大きな歓声と拍手が起こりました。


 どうやら勝負がついたようです。


「そうか、玉が大事なんだ。

あの玉を相手の陣地に置いたら勝ちなんだな」


 彼らが玉をつかった陣取り合戦をしているのだと分かってきた太助さん。

 続いて再開された勝負を見ていると、なんだか落ち着かない気持ちになってきました。


 最初は、鮮やかに相手をかわしたり、すばやく走ったりする姿に見とれていましたが、次第にそれ以外の所に目が行き始めたのです。

 


「あの飛びかかったヤツ、何度も必死で喰らいついてるね」


「捕まった奴は、もみくちゃになるのも構わず味方に玉を渡そうとしてるな」


「捕まった奴の仲間も健気(けなげ)だねえ、どうにかして味方に玉を渡そうと頑張ってら」


「仲間が必死でもぎとった玉を、後ろの連中はひたすら待ってんのか。

そんな大事な玉持って走るんじゃ、責任重大じゃねえか」


「ああ、玉落っことした!うーん、落とすと相手の玉になっちまうのか。

でも誰も責めちゃいねぇな、肩叩いて励ましてる」


「両方にチビっこいのが一人ずついるけど、あいつら一番忙しいな。

でっけえのに囲まれて、何回も吹っ飛ばされてるのに押しくらマンジュウに頭突っ込んで玉ぁ引っ張り出してら」


「どっちもドロドロで、ボロボロだな」


「おっ、今度は赤が玉を持ち込んだね、やった!

へへっ、仲間と抱き合って大喜びしてんじゃねえか」

 


「なんていうんだろうね。いてもたっても居られない、この感じ」



 ――無性に駆け出したくって仕方がない。

 

 ――あいつらすげぇなあ、って。

 

 ――恰好いいなあ、って。


 ――あんなおっかない事、自分にゃ絶対できないけども、せめてあいつらに声かけてやりてえって――。



()()()()()()()()!!」



 思わず出してしまった大声に、自分でもおかしな事を言っちまったと太助さん。


「しまった、みーんな異人じゃねえか。なのにオサムライはねぇだろう」


 そう思って肩をすくめました太助さんでしたが、言葉が分からなくても今の大声が激励の言葉だと分かったようで。

 勝負が終わって肩をたたき合っていた赤と青の男たちが、一斉に太助さんの方を見て、笑い合いながら手を振ったのです。


「サムラーイ?」

「オウ、サムライ!サムライ!」


 お互いを指さしあってサムライ、サムライと嬉し気に言い合う姿に、太助さんもなんだかほっこりしました。


「へへっ、なーんでぇ。

鬼みてぇな顔して、案外気のいい奴らじゃねえか」


 サムライ、サムライ、と太助さんも笑いながら手を振って、その日は家に帰ったのでした。


 その夜、布団に入っても太助さんは今日見た「異人たちの陣取り合戦」を思い出しては、カッカと体が熱くなって寝付けませんでした。



 太助さんはうまく言葉にできませんでしたが、それは「感動」していたからなのです。


 ぶつかり合う激しさや、素早く駆け抜ける鮮やかさだけではなく。


 守るために身を挺して相手に食らいつく健気さに。

 味方に勝利を託す為に、もみくちゃになって玉を奪い合う献身に。

 仲間から託された大事な玉を持って走る、誇り高さに。

 誰かが失敗をしても、責めずに慰めて助け合う優しさに。


 そして、合戦が終わった途端に敵味方が抱き合って笑い合う、その無邪気さに感動したのです。

 


 それは、太助さんのような町人が想像する「強くてかっこいいお侍さん」を思い起こさせるから。

 

 誰に習わなくとも、この国の人なら誰もが心に持っている「武士道」に似ていたから。





 -------------------------



「おやおや、またやってんじゃないか。よぅし今日は腰据えて見ていくか!」


 この日からしばらくして、また同じ河川敷を通りかかった太助さんは、同じ異人たちが陣取り合戦をしているのを改めて見て、すっかり(とりこ)になりました。



「あんたらのやってるそれ、うーん、わかんねえかな、名前教えてくれよ、なまえだよ。なーまーえ!」


 異人たちに言葉が通じない同士で話しかけ、この陣取り合戦が「らぐべい・ふーぼー」という名前だと知りました。



「お兄さん、あれはどうなってるんだい?」

「あのノッポが頑張って倒れずにいただろ?そこに仲間が来て玉を後ろの連中に渡す手伝いをしたんだよ!」

「なーるほど、満を持してあの男前さんが走るって寸法か!」


()()()()」の素晴らしさを喧伝する太助さんに惹かれて、回をかさねるごとに野次馬も増えて行きました。



「ぐっ様、がんばって~」


 青組の男前「ぐれいぐ」などは大人気で、女人たちがモジモジと声援を送るようになりました。



 「まいねぃむ いず ()()()()!ぷれーず てぃちみー らぐべー!」


 近所の少年たちも太助を通じて試合を終えた水夫たちに駆け寄ります。



 「のっこん?おふさいど?なんだか分かんねぇけど、そういう決まりがあるんだな?」


 何度も応援するうちに少しだけ言葉が分かるようになった太助さんが、ルールを教わりはじめました。



「でぱーちゃ?うーん、海に出るってことか。さみしくなるなあ」


 やがて異人さんたちも船で国に戻る日がやってきました。

 


「うぃごサムライ?おうおう、サムライだ、サムライ!

 達者でな、異国のサムライども!

 ありゃ、大麓(だいろく)ぼっちゃん、そんなに泣くない、(おい)らまでなけ、泣けてくんじゃねぇか……!」


 すっかりファンになった少年たちと太助さんが、涙と笑顔で水夫たちを見送りました。


 これにて、ちっちゃな極東の島国で初めてラグビーフットボールを目にした人たちのお話はひとまずおしまい。




 それからしばらくあと、水夫たちの船では。


『素敵な国だったな、ジャパンというのは』


『そうですね、東方の国でラグビーフットボールをあれほど楽しんでくれた人々は初めてです』


『タスケは俺たちに誇りと勇気をくれた。

 ジャパンの若者が俺たちにくれたあの言葉を、他のラガーたちにも伝えようじゃないか』



 かつて太助が思わず叫んだ「よぉっ、おさむらい!」という言葉。


 それは英国人である彼らには「You got “Some Right”」と聞こえたのです。


 意味は「君たちは権利ある者」。

 

 それは過酷な環境で働く名もなき水夫である彼らにとって、このような意味をもつ言葉となって響いたのです。 



 『我ら(We got)(")ここに(Some)在り(Right)(")!』と。

 

 

 やがて、その港を訪れる英国商船の水夫たちの間では、すっかりラグビーファンになった太助さんたちの歓迎を受けて、例の河原でラグビーをするのが恒例となっていくのです。

 

 

 それは、ニッポンの夜明け直前の出会い。

 


 奇しくも「サムライ=誇りある者」として言葉を伝え合った者たちが、この先100年以上に渡るラグビーによる交流の(いしづえ)となったのでした。とさ。




執筆BGM:(つわもの)、走る(B’Z)

1995年のラグビーW杯「ブルームフォンテーンの惨劇」から25年、ようやくここまで……という大河ドラマ並のアレコレが日本ラグビー史にはあるのですよ……。

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