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 カナちゃんを含めた飲み会がつつがなく終了したことにもっとも驚いたのは、彼氏であるはずの謙太郎だった。


『あいつ追い出されなかった』


 の一文は、危うく私と晃太郎の腹筋を壊しかけたけど。


「ハジメさん、今度恋バナしましょーね!」


 ぜったい嫌だよ!おい晃太郎、笑うんじゃない!


 晃太郎の肩に鋭い一発をお見舞いして、カナちゃんに向き直る。この子の空気読めなさは天下一だと思う。


 あなた、こいつに笑われてるんだよ……


「ケンくん、あたしたちもクリスマスデート楽しもーね」

「…………おう」


 謙太郎に腕を絡めたカナちゃんの、勝ち誇った顔。二秒見つめて、やっと理解した。飲み会中に始まった突然の馴れ馴れしさ、そしてこのドヤ顔。


 謙太郎から離れたカナちゃんが、いかにもわざとらしい『ちょっとだけ酔っ払っちゃった』な足取りで近づいてくる。

 やめろ、戯れるな。


 背伸びをしたカナちゃんが、私の耳元で囁いた。


「彼氏持ちになったなら、私のケンくんにこれ以上近づかないでね」


 …………え、怖っ!?


 こんな女、現実にいるの!?レディコミでしか見たことないよ、こんな女。心底、謙太郎の女の趣味を疑う。

 怖すぎてカナちゃんの顔を凝視してしまった。空気読めない子ちゃん、空気読めなさすぎて気づいていないだろうけど、後ろの彼氏が"アチャー"って顔してますよ。


 そうだ、私、謙太郎に付き纏う女狐扱いされたこともあるんだっけ。

 なら、たまには女狐らしいこともしてやろうじゃないの。


 カナちゃん肩を引き寄せて、同じように耳元で囁いてやった。


「せいぜい捨てられないように努力しなさい」



○●○●○●○



 水曜の一限が終わったあとは、カナちゃんと聖が講義室まで迎えに来る。その光景に、もはや疑問を抱く者はいない。

 聖と晃太郎は案外仲良くやっているし、謙太郎も「相手は盗撮魔だぞ、警戒しろ」なんて小うるさいことは言わなくなった。


 ただ、あのオレンジ色のアルバムを見た今だから、謙太郎がああまで警戒しろと言い募った意味が分かる。

 あれはもはやストーカーの域だし、嫌悪や恐怖を与えるには充分な行為だったのだろう。


 とくに理由もないまま、あの人は大丈夫だと言い切った私の方がおかしかった。

 今となっては笑い話だが、聖が陰から見つめる系ストーカーだったのは僥倖だった。


「あれ、今日ショウさんはー?」

「講義、いま終わったんだって」


 聖がとっている水曜一限はグループワークが主らしく、毎回十五分早めに終わる。だからこそ迎えに来てくれていた。


 試験の代わりにプレゼン形式での発表とか、面倒くさそう。


 コートを着て、カバンを手に立ち上がる。


「え、待たねーの?」

「私が迎えに行く。じゃーね」


 適当に手を振って講義室を出る。

 謙太郎とカナちゃんはとっくにいない。と思いきや、廊下の壁にもたれて何やら話し込んでいた。


 先日、カナちゃんにカウンターをぶちかまして以来、とことんまで避けられている。お門違いな危機感を覚えているらしく、好きあらば謙太郎を連行していく。


 私に被害がないので、好きにやってくれて構わない。ご愁傷様、謙太郎。


「謙太郎、カナちゃん、じゃーね」

「ん?おう。あれ、ショウさんは?」

「今から迎えにいく」


 謙太郎に手を振って、カナちゃんに微笑みかける。たぶん私、いま最高に悪女の顔をしているはず。


 カナちゃんの無意味な敵意が鬱陶しくて、煩わしくて、不快で不快で堪らなかったけれど、なぜか最近はそれすら楽しい。

 そもそも、私がカナちゃんに遠慮する理由などどこにもなかったのだ。


 謙太郎が誰と一緒にいたいか、それを選ぶのは謙太郎の自由。謙太郎が私や晃太郎といるほうが楽しいというのなら、それはカナちゃんの営業努力が足りないのである。

 そのくせ、わざわざこちらに突っ込んできて無駄に場を乱すというのであれば、私は全力で殴り返すまでだ。



 指定された講義室に入ると、見知らぬ顔が多くいた。


 中に入って見渡してみても、肝心の聖が見つからない。あ、オレンジのリュック発見。

 いつもつるんでいるらしき女子三人が近くにいるので、席を外しているだけだろう。


 とりあえず聞くしかないか。


「ねぇ、聖は?」


「……………………えッ!?」

「クロリーナ様……」


 地味な女と、ぽっちゃりした女と、メンズ服を着た女。

 あれ、いつだったか昼食に乱入してきたひと、どれだっけ。チエリさんも声なんか覚えていないから、わからないし。


 無言が続く中、三人を威圧しながら見下ろす。全員小柄だし、並ぶと聖だけ頭ひとつ大きいのでは。


「聖は?」

「けけけけけ化粧直しに」


 地味な女が故障したオモチャみたいになりながら、ギクシャクと扉を指さした。トイレね。


 じゃ、座って待とう。

 聖のリュックが置いてある席の椅子をひいて、遠慮せず座る。


 すっっっっごい視線を感じるのですが。


「なに?」

「イエ、ナンデモ」


 ぽっちゃりした女が明々後日の方に目を逸らしながら首を振った。


 いかにもオタクという感じ。高校の時にも、こういうグループいたなぁ。それで、なにかの縁で同じ班になったりすると、今と同じような態度を取られるのだ。


 おそらく私みたいな人種が怖いのだろうな、とは思う。なるべく刺激しないように立ち回ろうとするのも分かる。

 でも、この態度がまた猛烈に失礼で、むちゃくちゃムカつくって何故わからないのだろう。


「………ねぇ、チエリさん、だれ?」

「あ、はい、あたしです!」


 声でか。


 紺色のメンズパーカーを着た女だった。『ピーマンサラリーマン』の文字の下に、七三分けのピーマンが斜め四十五度のお辞儀をしたイラストがついている。


「ふぅん」

「………………………えッ!?ほかには!?」


「パーカー、どこで買ったの?」


 気になりすぎるでしょ。考えていたことが全部吹っ飛ぶくらいのインパクトだよ、そのダサいパーカー。


 なんなの、ピーマンサラリーマン。


 数秒間だけ停止したチエリさんは、突然息を吹き返したゾンビのごとく飛びかかってくると勢いつけて捲し立て始めた。


「可愛いっしょ!これね、Tシャツも同じシリーズなの!見る!?このイラストレーター、もともと趣味でブラウザゲーム作ってた人なんだけど、そのクオリティがヤバくてさ。キャラデザはめちゃめちゃゆるいのに、本編のストーリーとかキャラストーリーが超泣けるんだよね。あたしの推しはこのエビフライフライで」


 チエリさんがガバッとパーカーを捲った下から『エビフライフライ』のTシャツが出てきた。


 ハエだ、エビフライが。エビフライのハエがニヒルな笑みを浮かべている。


「カッコいいでしょ!」

「ダサい……」


「…………え」


 ふたたびの沈黙。


 いや、だって何をどうしたらエビフライのハエに格好いいなんて感想が出てくるの!?

 地味とぽっちゃりも笑ってるし!


「あ、あー、じゃあコレは!?」


 チエリさんがパッと出したのは、スマートフォンの画面。これ、聖とのメッセージ画面じゃないの。


『クロリーナ様きてるよ』

『すぐ行く!』


 の会話の下に、猫執事クロスチャンのスタンプ。

 考えないようにしてたけれど、やっぱり私この人たちにクロリーナって呼ばれてる。


「黒猫シリーズのスタンプ!同じイラストレーターだよ!」

「あ、そうなの?聖が使ってて可愛かったから私も買った。ほら」


「クロリーーーーーナ!」


 見せた画面にチエリさんが飛びついてきた。さっきから勢いが怖い。


「クロリーナ様がクロリーナのスタンプ使ってるゥ!」

「さっきから気になってたけど、私、クロリーナって呼ばれてんの?」


「…………………ごめんなさい」


 怒ってないけど。

 何度目かの沈黙が訪れそうになったとき、栗色の大型犬が飛び込んできた。


 やっと戻って来た。


「はじ、はじめちゃん!おまたせっ!この人たち、なにか無礼なことしなかった!?首打ち?首打ちする!?一族郎党皆殺し!?」

「この人たちは私の暇つぶしに付き合ってくれたから許す。待たせた聖は牢にぶち込む」

「そ、そんな!」


 ふふ、あはは!と笑いが大きくなっていく。

 聖の手を掴んで立ち上がった。


「行こう、聖」

「ぅゔん!」


「うわぁ……破壊力」


 ボソッと呟いたチエリさんと目が合ったので、ついでに微笑んでおく。私の顔面、人が殺せるらしいので。


 画面に出しっぱなしにしていたクロリーナのスタンプを顔の横に並べる。チエリさんに、首を傾げた。


「似てる?」

「超かわいいっス!」

「ウッス!サンキュー」


 聖が晃太郎たちと仲良くなりつつあるなら、私だってチエリさんたちと仲良くするのもアリかなって、それだけのこと。

 地味子とポチャ子はあまり話ができなかったけれど、チエリさんは楽しい人だった。


 突然のマシンガントークとか、ちょっと聖に通ずるところがある。


「聖、今日のご飯どこ?なに?」

「ローストビーフ丼、好き?」

「好き」


 聖の手を握って、ぅゔん!の顔をしてる聖にイヒヒと笑って、今日も昼食を食べに行く。



 講義室を出る前に振り返って、チエリさんたちにウインクを飛ばした。

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