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「お肉、好き?」

「んー?うん。魚も好きだけど」

「野菜は?」


 そこまででもない、と首を振る。

 私はロースカツ定食、彼女は焼きサバ定食。賑わう食堂の一角で、向かい合っている。


「味覚音痴なんだよね、私」


 ソースがかかったカツと白米は最強の組み合わせだと思う。プラス四十円でソースをおろしポン酢に変更できるが、カツにはソース。ぜったいソース。


「ジャンクフードとか大好きだもん」

「ハンバーガーとか?」

「とか。ポテトとか。ジャンクなやつも好きだし、アメリカンなやつも好き」


 似合わないと言われることもなく、目の前の彼女は何故か嬉しそうに笑った。


「ご飯のおかずにマックのポテトが並ぶ家だからね、うち」

「え、ポテトっておかずになるの?」

「なるんだよ、これが」


 我が家の食卓は別名"肥満製造場"である。従姉妹が遊びにきた際にドン引きしながらそう言った。唐揚げをおかずに唐揚げを食べますから、我が家は。

 両親の体質を受け継いだ太りにくい身体でなければ、今ごろ体重三桁も夢ではなかったかもしれない。


 コーンサラダをムシャムシャと食べながら、付け合わせのキャベツを彼女の皿にごそっと移す。だからサラダもあるのにキャベツまでいらないってば。


 移してから気がついた。謙太郎や晃太郎と食べている癖で、つい目の前の皿に乗せてしまったけれど、この人は謙太郎でも晃太郎でもない。


「えーと……キャベツ、あげる」

「えっと……?はい、もらいます」


 ついでにロースカツも二切れ乗せる。なにも言わず、サバをひとかけくれた。嬉しい。

 あぁ、そうだ、名前聞こう。


「あのさ」

「うぃーーーす!」


「……晃太」


 背中に軽い衝撃を感じて、耳元でデカい声がした。

 そっちの集まりと意図して離れたと言うのに、なぜわざわざ話しかけてくるのか。馬鹿なのかな。だから彼女が出来ないのだ。


「ちわっす!」

「あ、こんにちは」


「なにしに来たの」


 ベタベタと絡んでくる晃太郎を引き剥がして、いつも座っているテーブルを確認する。案の定、謙太郎とカナちゃんが座っていた。


「漬物プリーズ」

「はい。じゃね、バイバイ」

「ちょ、ちょ、ちょい待ち!まだ終わってない!」


 漬物の小鉢はしっかり持ったまま、押し返す手に抵抗してきた。男の力に敵うわけがない。


「なー、お前と謙太郎、ケンカしたの?」

「してない」

「カナちゃんと謙太郎もなんかすっげーギスギスしてんだけど」


 遠目で見るぶんには、ふたりの様子なんてわからない。二限の時は楽しそうにしていたと思うけれど。


 向かいの彼女がオロオロしている。


「あっちすげー空気悪いの。俺もこっちで食っちゃダメ?」

「ダメ。ぜったい嫌。邪魔しないで、マジで」

「薄情者ー!」


 小鉢を大事に握りしめた晃太郎を追い返したあと、ごめんね、と小さく謝った。

 あいつが漬物を強奪していくのは、いつも食事の終盤である。そこまで空気に耐えられたなら、あと数十分も耐えられるだろう。


 謙太郎とカナちゃんの空気うんぬんもあるが、どうせ噂の盗撮魔ちゃんが見たかっただけに決まっている。


「あのさ、すごい今更なんだけど」


「もっちゃーーーん!」

「うわっ!」


 今度はそちらさんですか。


 おそらく、彼女が行動を共にしているうちのひとり。顔の仔細まで覚えていないが、見覚えはあるので間違いない。


「どうも」

「ぉ、クロリーナ」


「は?」


 謎の一言だけ残して会釈を返すわけでもなく、盗撮魔ちゃんの耳元にこそこそ。なにか慌てたような盗撮魔ちゃんがその子の腰をバシバシ叩いているが、ニヤニヤするだけで堪えた様子はなかった。


 聞こえないけれど、私の話題だよなぁ、たぶん。感じ悪いなぁ。


「じゃ、頑張れもっちゃん」

「余計なお世話だから早く帰ってお願いします」


 ごめんねの言葉に、首を横に振って返す。先ほど、私も同じことをしたばかりだもの。


「どっちもバカな友人の被害者ってことで」


 気にしてないよと笑ってみせて、止まっていた食事を再開した。明日は邪魔も入らないよねって、そこまで考えた自分に驚いた。


「そういえば、さっき何か」

「もっちゃん」

「ぁえ!?」


 もっちゃん。

 ニイモトかシンモトのモッちゃんでしょ、これ。直接聞くまで、徹底的に名前を隠す気だな。


「って、呼ばれてるんだね」

「セイントもっちゃんとか、聖なるもっちゃんとか」


 ぶはっと吹き出した。良かった、口になにも入っていなくて。

 聖闘士もっちゃん、弱そう。


「名前、聞こうと思って」


 別にもっちゃんでも良いけれど、知らないまま友だちと名乗るのも気がひける。


「に、にいもと」

「あ、ニイモトなんだ」

「うん」


 空中に人差し指で『聖』と書く。


「聖って書いて、しょう」

「ショウ?」


「クリスマスに生まれたから。母親がショウコで、父親がショウスケだから」


 なるほど、わかりやすい。わかりやすいけど、全員不正解だったな。


 しょう、しょう、と口の中で繰り返しているうちに、顔がじわじわと「ぅゔん!」の形になっていく。


「聖」

「はぃ!」


「私の名前は聞いてくれないの?」


 悪戯っぽく聞けば、動きがぴたりと止まる。


「それとも、もう知ってる?」


 首が横にぶんぶん。とれそう。

 盗撮魔だし、もしかしたらと思ったら、どうやらそんなこともなかった。


 ふたりとも食事の手はすでに止まっていた。


「名前、おしえて」

「ニハシ」

「あ、ニハシなんだ」


 同じような反応に笑ってしまう。思っていたのだろう、なんて読むのかなって。お友だちとの話題にものぼっていたはず。


 空中に人差し指で『瑞』と書く。


「瑞々しいの、瑞で、はじめ」

「は……じ、め」

「うん。はじめ」


 本当は『端』のはずが、父親が漢字を間違えて出生届を提出したため『瑞』になった。出生届の記載ミスは、家庭裁判所に相談すれば改名手続きが出来たのだが、母親が思いのほか『瑞』の字を気に入ったので、結局このまま生きている。


「ぇと、ニハシさん」

「ハジメでいいよ」


「………………………ははははじめちゃん」



 案の定耐えきれなくて、やっぱりお腹を抱えて笑ったのだった。

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