永田町と変身ヒーロー
私が首相官邸で膨大な量の書類を整理していると、官房長官から呼び出しを受けた。私ほどの重要なポストに就いている者なら、別に珍しいことではない。しかし、今にして思えば妙な胸騒ぎがしていたのも確かだった。
途中、五階の廊下を一人で歩く若い男とすれ違った。官房長官室から出た直後のようだった。彼は本田基旗。またの名をガバメントマスター。世界統一委員会と名乗る国際テロ組織に対抗するため、我が国が講じた防衛手段であるマスタードライバーの、現状では唯一の適合者だ。
私は外務省の担当者に働きかけ、ガバメントマスターの存在というカードを最大限に活用した外交活動を実行させた。その結果、現政権の国民からの支持率は上昇傾向にある。この政権は私が維持しているのだ。この現状を維持するためには、彼にはまだまだ働いてもらわねばならない。
「君に異動を命じる」
官房長官から発せられたのは信じられない言葉だった。左遷と同義の人事異動だった。
「な、なぜですか⁉︎」
わかりやすく取り乱す私と対照に、官房長官は落ち着き払っていた。
「君は我が国のことしか考えていない。総理は直近の記者会見で『ガバメントマスターの活動を中心とした世界統一委員会への対抗措置は、地球上のあらゆる組織が協力して取り組むべきもの』と話した。それが政府としての大前提だ。にも関わらず、君は日本がガバメントマスターを運用していることを根拠に外交で強気に出るよう外務省に指示しているじゃないか。これは政府の前提に反する」
「で、ですが! 国益を守ることこそが我々の使命では!」
「地球全体の平和実現は十分に国益と言えるだろう。日本領だけが安全なら我が国の国益が保たれるとは考えられない。それに……ガバメントマスターは十九歳だ」
「彼の年齢が、なにか?」
「本来なら大学一年生なんだ。この星の未来を担うはずの若者一人を、本人の意思と関係なく我々の都合で拘束してしまっている。これは私は憲法違反だと思うし、国益に反するとも思っている。しかしマスタードライバーの適合者が他に見つからないのも事実だ。ならばできる限り速やかに、彼に元の日常を取り戻させるのが我々の使命ではないかね?」
後日、官房長官は私に正式な辞令を渡した。
「餞別の額に不満があるなら私のポケットマネーから補填しよう」
その言葉を聞いたときは『やっぱり関係国からむしり取っておけば良かった』と後悔するに決まってる、と思っていたが、委員会壊滅から数年経った今も、かつての同僚からそういった話は聞こえてこない。