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魔界震撼

魔神アルナールは、ゆっくりと行動を開始する。

数千年ぶりの復活と、新たに得た体に慣れるために……。

 カレンを送り出したアムルは、その直後には魔神アルナールの支配下へと戻っていた。

 彼の望んだ事はただ一つ。

 それは魔界の安寧でも人界軍の撃退でもなく、ただカレンの無事を願ったものだった。


「全く、人の子は時に愉快な提案をするものよ」


 魔王の間の玉座に座り、魔神アルナールはそう独り言ちていた。

 創世の魔神でもあるアルナールは、当然の如く「人」の創造の場にも立ち会っていた。

 そして「創られた」人々の内面を見て、人の“本性”を理解していたのだった。

 誰よりも自分を愛し、何よりも自身の欲に忠実な“人”と言う存在を、この魔神は十分に得心していると思っていたのだ。

 それにも関わらず、アムルが自身の最期に望んだのは、他でもない囚われていたカレンの事であった。

 彼は魔神に、カレンの救助を要求したのだった。

 アルナールにしてみれば、それは非常に興味深い事であった。

 人の歴史と言うものに殊更興味のないアルナールだったが、その様な姿勢を見せられては知りたいと思わない訳はない。


「……セヘルマギアよ」


 魔神アルナールは、まるで呟く様にそう魔竜の名を呼び。


「……はい、アルナール様」


 まるで突然現れた様に、玉座の前に跪くセヘルマギアがそれに応じた。


「この体に馴染むにも、暫しの時間が必要だ。その間、この魔王城の警戒はそなたに任せる」


「……はい。承りました」


 恭しく頭を下げて、彼女はアルナールの要求を受け入れた。

 もっとも、アルナールの話はこれで終わりと言う訳では無かった。


「それから、この魔界はやや騒々しく好ましくない。これから、この魔界の塵掃除を行おうと思う」


 更にセヘルマギアへとそう告げて、アルナールはゆっくりとその場から腰を上げた。

 もしかすればそれは、アムルが次に望んでいた事かもしれない。

 アルナールの行動の指針には、アムルの意思も若干作用しているのではないか。セヘルマギアはその時、そう考えていたのだった。


「……お命じ下されば、即座に殲滅して参りますが」


 もっとも、その様な些事に主の手を煩わせる事を良しとしないセヘルマギアがそう提案するも。


「ふふふ……。そなたはこの城に囚われる事を是としているのだろ? それには及ばぬ。それにこれは、この体に馴染む為の過程でしかない。手出しは不要よ」


 そんなセヘルマギアの提案を、アルナールは優しい、それでいて反論を許さぬ声音で退け、セヘルマギアも深く頭を下げて了承の意を示した。

 それでこの話は終わり……という様に、魔神は歩を進めだした。

 向かっているのは、この部屋より外に通ずるバルコニーだ。


「では、暫し留守を任せる」


 振り返る事なくそれだけを言い、黒色の翼を広げた魔神は大きく飛翔した。

 その姿が見えなくなっても、立ち上がり頭を下げていたセヘルマギアはその顔を上げなかった。





 突然上空に現れた黒い存在に、人界軍は完全に浮足立っていた。


「あ……あれは、なんだっ!? 何なんだっ!?」


 上空にあり、地上の人々からは小さくしか見えない。

 それでいて、その存在を感じずにはいられない者の出現に、人界軍が受けた動揺は小さいものでは無かった。


 そしてそれは、魔族軍側も同様であった。


「バ……バトラキール殿! あれは一体!?」


 その姿を見止めたリィツアーノは、この軍をアムルより預かっているバトラキールに問い掛けるも、その答えが彼より齎される事は無かった。……ただ。


「……アルナール様。……復活なされたのか。という事は、アムル様はもう……」


 誰にも聞こえない程小さく、彼はそう呟きを漏らしていたのだった。





「この魔界に踏み込みし蛮族ども。これより、この魔界の意思による鉄槌を貴様たちに与える。最後の刻を、心静かに迎えるがよい」


 魔族軍と人界軍の対峙する戦場に、誰の耳にも届く不思議な声が響き渡った。

 抗う事を許さない程の威圧感を持ったその声に、その場の誰もが絶句してしまっていた。

 ただし、そうでない者が約2名存在していたのだが。


「……おい、マレフィクト。この声はもしかして……」


 上空の小さな黒い存在を見上げながら、その声を聴いた悪龍マロールが隣にいるマレフィクトにそう問い掛けた。

 ……いや、隣にいたはずだったと言い直した方が良いだろうか。


「……おい、マレフィクト? ……って、この野郎! どこに行くんだよ!?」


 マロールが話し掛けているにも関わらず、マレフィクトはその巨体の背より生えている翼をはためかせて飛翔しようとしていた。


「はぁ? 何って、逃げるんだよ。君も聞いただろう? あのお方が(・・・・・)ここを攻撃するって言ってるんだ。巻き添えなんて、僕は御免だね」


 それだけを言い残して、マレフィクトはあっという間に飛び去ってしまったのだった。

 唖然とするマロールだが、それもそう長い時間ではない。


「……確かに、それも違ぇねぇ。ここは、お役御免ってことで良いか」


 巨大な龍の姿であるマロールもまた、彼の言葉に一理あると考えて翼を羽ばたかせてその場から飛び去ったのだった。





 魔界に攻め込んで来た人界軍の将兵は、一人として違わぬ思いを抱いていた。……それは。


 ―――この場が、自分の生の終焉を迎える地である……という事をである。


 それもその筈かも知れない。

 今上空には、その姿をハッキリと確認出来ないが黒一色と言って良い存在が有り。

 更にその上方には、まるで黒い太陽かと見紛う程の禍々しい黒球が浮かんでいたのだ。

 自身の人生の終局、そしてこの世の終わりを感じるのに、これ以上のシチュエーションは存在しない。

 そしてゆっくりと、人型の腕が振り下ろされる。

 それと同時に、その人型の上で形成されていた巨黒塊も落下を開始したのだった。


「馬鹿な……。これだけの軍勢を、たった1人で退けようと言うのか……?」


 軍司令を務めていたアフィツェール=コールプスは、驚愕の表情を浮かべてそう呟いた。

 魔界侵攻作戦の全軍指揮を名乗り出て、意気揚々とこの地に乗り込んできた彼だが、その非現実的な攻撃を目の当たりにして戦慄を覚え指示を与える事も忘れていた。

 魔族の抗戦は織り込み済みであり、古龍の出現にある程度陣形を乱されたものの、それでもコールプスには勝利に向けての算段があった。

 人界にはまだ二陣、三陣の軍が編成途上にある。

 それらは彼の軍隊が基幹となっており、まさに本隊と言って良い部隊だ。

 例え一陣が壊滅しても、十分に戦う余力を残していたのだ。

 それでも、たったの一撃で部隊が……自軍が壊滅するなど、流石に想像出来なかったのだった。

 ましてや、その中で自分自身が戦死するなど計算外も甚だしい。


「……魔王。あれこそが……魔王だ……」


 頭上に落ちてくる黒塊球を見上げながら、彼はそう呟いた。

 そしてそれが、アフィツェール=コールプス侯爵の最期の言葉となったのだった。





 人界軍が壊滅する様を、バトラキールとリィツアーノは本陣で見つめていた。

 異界門から前線まで伸びた人界軍の戦列の丁度中間点に落下した黒い巨塊は、半円形のドームを形成して爆発を起こした。

 その中では、何人も逃れられない黒い炎が荒れ狂い、すべての生きとし生けるものを呑み込んでいる。


「……まさに、地獄絵図……ですな」


 それを見つめて、リィツアーノは思わずそう呟いていた。

 それに対して、バトラキールからの反応はない。

 ただ声も無く、2人は暫しその悪夢の様な光景を見つめていた。

 そして暫くの後、黒炎球は治まり周囲に静寂が訪れた。


「……全滅……ですか?」


 先ほど見た爆発の最中、よもや生き延びる者などいないと確信はしていても、リィツアーノはそう問い掛けずにはいられなかった。

 しかし答えは……彼の考えていたものとは違うものだった。


「いいえ、僅かに生き残っているでしょう。ですが、追撃は無用です。それこそが、あのお方の望む結果でしょうから」


「……バトラキール殿?」


 バトラキールの言い様に疑問を抱いたリィツアーノだったが、それ以上問い質す様な事はせず、今後の指示を改めて確認するにとどまった。

 今この時に、あの存在について聞く事が憚られた結果であった。

 そして数刻の後、魔族軍は全軍撤収となったのだった。





 カレンの送られた先は、魔王都レークスであった。

 そこで彼女は、マーニャ達と合流を果たしたのだが。


「そ……それじゃあ、アムルは魔神になった……って言うの……?」


 事の顛末をカレンから聞き、マーニャは改めてカレンに問い質していた。

 レギーナやエレーナ、他の者達は絶句し声も出せない。


「あの姿は……間違いないわ。あれは……以前に彼がその身に降臨させた魔神の姿そのもの……。きっとアムルは、魔力を使い切ってその身体を魔神に乗っ取られたのよ……」


 苦渋の表情を浮かべて、カレンは途切れ途切れに説明する。

 その言い様は、どこか自分を責めている様であった。


「もしかしてカレン。あんた、アムルが魔神となったのはあんたのせいだって思ってない?」


 それを察したのか、マーニャがやや厳しい口調でそう問い掛けた。

 話ぶりだけではなく、その表情もどこか険しいものとなっている。


「だ……だって……」


「だって……じゃない!」


 言い返そうとするカレンに向けて、マーニャはピシャリとそう言い放ち彼女に全てを言わせなかった。

 もっとも、カレンが何を言おうとしているのかは、マーニャでなくともこの場の全員が分かった事なのだが。


「いい? あんたがあの場に取り残されたのは、私たちを助ける為。そしてあそこでの騒動は、アムルが言った通り私たち全てに責任があるの。なら、アムルが魔神になったのも、私たち全員に責任があるわ」


 強く、ハッキリとそう言い切られ、カレンには言い返す言葉も無かった。

 そしてマーニャの真意も、ハッキリと理解していた。

 彼女は、責任を1人で背負い込むなと言っているのだ。


「……マーニャ」


「こんな所で、メソメソしてても始まらないでしょ! 今度は私たちで、アムルを助けに行くの! ……そうでしょ、カレン?」


 マーニャの台詞に、レギーナとエレーナが強く頷いている。

 それを見て、カレンもまた頷き返していた。

 カレンを助ける為にアムルがそうした様に、カレンたちはアムルを助ける為に……魔王城攻略を決したのだった。


「アムルを助ける! みんなで! どんな事をしてもよ!」


 心に火の点ったカレンは、力強くそう決心を口にしたのだった。



 了


アムルを取り戻すために、カレンたちは魔王城の攻略を決意したのだった!


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

今節はこれにて完結となります。

カレンたちの魔王城攻略や如何に!?

そして、アムルの運命は!?

続編にご期待ください!

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